写真家の若木信吾が今秋、絵本レーベルを立ち上げた。同じ本であっても写真集を作り出すのとはまったく真逆のクリエイションであったと語る絵本作り。その先に見えてきた、清々しい景色とは

BY ASATO SAKAMOTO, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO

画像: オーナーを務める書店のある浜松と東京を行き来しながら活動する若木。東京オフィスをシェアする建築事務所「サポーズデザイン」にて ほかの写真をみる

オーナーを務める書店のある浜松と東京を行き来しながら活動する若木。東京オフィスをシェアする建築事務所「サポーズデザイン」にて
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 故郷・浜松に生きる家族や友人を被写体に、また雑誌等のメディアでは俳優や女優にレンズを向け、その本質に迫り、自然体な姿を写しとってきた写真家・若木信吾。映画監督としても活躍する彼がこの秋、絵本の出版レーベル「若芽舎」を立ち上げた。5組のクリエイターとタッグを組み作る絵本は、来年1月までに5作品を一挙にリリースする。その5作品を読んでまず驚くのは、真っ向から絵本作りに挑んでいるところだ。彼がこれまで出版してきた写真集や、いわゆる大人向けの洒落た絵本では決してない。

「これまで作ってきた写真集などとは真逆ですよね。だから、おもしろい」
 若木は、絵本を作ることとなった動機のひとつをそう話す。
「写真家として作る写真集は、誰かに向けて作るというよりは自分が満足できるかどうか。作家としていかに爪痕を残すか、といったことがどうしても先行してしまうじゃないですか。もしかしたら、僕はそのことに少し飽きていたのかもしれません。絵本は逆に子どもというお客さんが完全に見えていて、その人を喜ばせるためにどうしたらいいのか、ということだけに向かっていく。それが気持ちいいというか、今の自分に必要だったんだと思います」

 もうひとつのきっかけは、若木自身が父親になったことだ。写真集や画集を手に取るのと同様に、絵本もまた、気になる作家や世界観が気に入ったものをこれまでも手に入れてきた。しかし4年前に子どもが生まれてからは、読み聞かせをするため、というシンプルな目的で絵本と向き合うようになった。すると、まだ言葉の通じない親子にとって、絵本がいかに有効で頼れるコミュニケーションツールであるかを知った。そしてその体験は、若木がオーナーを務める書店「BOOKS AND PRINTS」でイラストレーターの個展を開催したことで具体的に絵本づくりに繋がっていった。若木は2〜3年前から、注目しているイラストレーター数名を浜松に招き、一定期間滞在させる、いわゆるアーティスト・イン・レジデンスの形で作品を制作してもらい展示を行ってきた。その反響は大きく、写真とはまた違う強さと可能性をイラストやドローイングに感じたという。

「そこで展示したオカタオカさんの作品のひとつに、クマが生きたシャケを掴んでいる絵がありました。それを見たときに、ここに『ギョエ!』とか『ガシッ!』とか言葉が添えてあったら子どもは喜ぶかもしれないと、絵本を作ることを思いつきました。そして、やるならば、自分の中に読み聞かせの記憶と体験が実感として残っているうちにやらなければいけない。そう思ったんです」

画像: オカタオカ作・絵「しんまいぐま」。クマがシャケを掴むこのカットを見たとき、若木は絵本を作ることを思いついた ほかの写真をみる

オカタオカ作・絵「しんまいぐま」。クマがシャケを掴むこのカットを見たとき、若木は絵本を作ることを思いついた
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 若芽舎の絵本は、2歳前後の子どもを主なターゲットにおいて作られている。ページ数はどれも12ページ。CDジャケットサイズの小さな版型で、ページをめくるという行為に手が慣れていない乳児でもつまみやすい紙の厚さと質感が採用されている。

「1歳から2歳くらいまでが楽しめる絵本をいざ探そうとすると、どの書店も昔からある知られたものばかりを置いていて、意外と選択肢がないことに驚きます。3歳を超えると言葉でコミュニケーションが取れるようになり、理解力もグッと上がるので選べる絵本の幅は広がるんですが……。1〜2歳の子どもって、特に男親にとってはまだツボが分からないというか、どう接したらいいのか分からないときも多い。そんなときこそ絵本の出番であって欲しいと思いました」

 ターゲットを2歳前後に設定した理由はそれだけではない。未知なる世界を生きる乳児を相手にモノづくりをするというチャレンジに、若木の好奇心が動いた。

「1〜2歳の子どもは今日と明日の違いがまだ分からず、記憶の整理やストックもできない。だから、親が読み聞かせでどれだけ良いパフォーマンスをしても本人の記憶には残らないんですよね。写真は“読み手や観客の記憶にいかに残るか”を考えて作るから、まったく逆です。それが面白いと思ったし、どうせ絵本をやるんだったらそこに挑戦してみようと思ったんです」

 若芽舎の絵本第1作目として今年9月に発売した『しんまいぐま』(作・絵:オカタオカ)は、狩りが苦手なクマが主人公。先輩グマの真似をして川に入るが、なかなか上手く魚を獲ることができない。奮闘するクマの姿はオノマトペを多用して表現され、見開きもしくは1ページごとに山場が設けられ、どんどん状況が変化していく作りになっている。そこに分かりやすい起承転結はない。

「2歳児に起承転結のあるストーリーは通用しません。それよりも、1ページごとの絵や状況に対して、いかに親が解説できたり書いていない音をつけて読んであげられるか。たとえば、絵本に書いてあるのは『ギョエ!』だけだけど、そこに『うわー、食べられるー!』まで付け加えることができるかどうかなんです。そうやって親が感情移入して読むことで子どもは盛り上がる。2歳児向けの絵本作りはそこが重要だと僕は思っていて、1ページ1ページの絵や言葉がそういう状況を作れているかどうかを見極めながら作っていきました」

画像: 「今回一緒に絵本を作ったイラストレーターの中には、子どもがいない人も。でも、そんなことは関係ないっていうことがよく分かりました。彼らの豊かな想像力、クリエイティブマインドの高さには本当に感心しました」 ほかの写真をみる

「今回一緒に絵本を作ったイラストレーターの中には、子どもがいない人も。でも、そんなことは関係ないっていうことがよく分かりました。彼らの豊かな想像力、クリエイティブマインドの高さには本当に感心しました」
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 12月に発売される『スノーマン』(写真:黄瀬麻以 絵:リーバイ・パタ)も同様だ。北海道で撮影されたという雪景色の写真の上にさまざまな模様や顔がドローイングされているのだが、そこに“ストーリー”は存在しない。狭いページのなかに散りばめられているのは小さなアイデア。読み手はそれを見つけ出し、指を差しながら話を進めることで自然なリアクションが取れるようになっている。ある意味、1ページごとに完結しているので、大人も子ども最後まで飽きることなく読める。気に入った本はすぐにリピートしたがるのがこの時期の子どもの特徴だが、全12ページなら繰り返し読む大人も、それほど苦にはならない。若木はそこまで考えて絵本作りを進めていた。

 5組のクリエイターと取り組んだ5冊の絵本作り。若木はディレクターとして全体を指揮するだけでなく、佐伯ゆう子氏が絵を手掛けた『わたしのゴールデンベル』では、作者としても参加している。これまで写真エッセイのような形で言葉を綴ることはあったが、作家として創作するのはこれが初めてとなる。

「まずは叩き台となるストーリーや言葉の集まりを自分が用意して、そこから佐伯さんと詰めていきました。絵に乗ったときに違うなと思ったところを書き直したり、声に出して読んだときにリズム感や音感が良いかどうかを何度も確認して。引き合いに出すのも畏れ多いけれど、村上春樹さんの作品の良さって半分は言葉のリズム感の良さだと思うんですよね。絵本は特に言葉のリズムや音の感じ方が重要です」

「本って、これでいいのかもしれない」
 絵本という領域に足を踏み入れた若木が、写真家として持ち帰った答えだ。

「もともと写真もプリント派ではないというか、展覧会で写真を発表するというより、本などのメディアに写真を落とし込んで見せることが好きで今までやってきました。そうするとどうしても本の装丁にこだわり過ぎてしまったり、フォーマットとしてのメディアの在り方が気になってしまうんですよね。でも、今回絵本を作ってみて、そこから一気に抜け出せた感じがしています。そんなことより、もっと写真の力を信じよう。信じてあげなきゃと思うようになったんです」

 装丁やメディアフォーマットの力に頼らなくとも、写真やイラストそのものが強い力を持っていれば伝わるものがある。明確なターゲット(=2歳児)を設け、あえてフォーマットを決め込み作品を作ったからこそ得ることのできた感覚だ。自分自身がまずその力を信じなければいけないという気付きはまた、作家としての原点回帰とも言えるかもしれない。

画像: 来年3月から、また新たな絵本を5冊発表する予定。現在はその制作の追い込み中だという ほかの写真をみる

来年3月から、また新たな絵本を5冊発表する予定。現在はその制作の追い込み中だという
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 若木はこの若芽舎で、絵本をもう5冊発表するべく計画を進めている。その先のことはまだ決めていないが「その時にやってみたいと思ったことをやり続けたい」と話す。
「絵本を作ることを決めたとき、実は最初に使う予算を決めたんです。要は“このお金でどこまで遊べるか?”ということです。これからも銀行口座と相談して“いけるかも?”と思ったらどんどん新しい遊びにチャレンジしていきたいですね」

 その遊びの舞台はこれからも必ず“メディア”である、と彼は断言する。
「家や車を買っても自分の楽しみにしかならないけど、メディアだったら誰かと共有することができるでしょ? 売れた、売れないでドキドキするしね(笑)。それに、ずっとメディアに関わる仕事をしてきたわけだから、そこで遊べたら一番いいなと思っています。クリエイティブに関してはいつも真剣だけれど、そうやっていつまでも遊びが続いていくことが僕の理想です」

 若木信吾の“大人の遊び”は、これからも続いていきそうだ。その展開は、若芽舎の絵本のように、起承転結も脈略もないものかもしれない。けれど、彼の真面目で純粋な遊びは、世代やメディアの枠組みを越えて、いつも誰かの瞬間を楽しさで満たしてくれるに違いない。

「若芽舎」ミニ絵本シリーズ

第1弾『しんまいぐま』作・絵:オカタオカ
第2弾『バゲットさんのオープンカー』作・絵:ボブファンデーション
第3弾『わたしのゴールデンベル』絵:佐伯ゆう子 作:若木信吾
第4弾『スノーマン』写真:黄瀬麻以 絵:リーバイ・パタ(2018年12月19日発売)
第5弾『オーロラロケット』作・絵:とものかなこ(2019年1月29日発売)
※発売日は変更になる場合がございます。

問い合わせ先
BOOKS AND PRINTS
TEL. 053(488)4160
公式サイト

若木信吾(SHINGO WAKAGI)
写真家/映画監督。1971年静岡県浜松市生まれ。ニューヨーク州ロチェスター工科大学写真学科卒業。雑誌・広告・音楽媒体など幅広い分野で活動中。雑誌「youngtreepress」の編集&発行を務め、浜松市の書店「BOOKS AND PRINTS」のオーナーでもある。映画監督としても活動し、作品に『星影のワルツ』『白河夜船(原作:吉本ばなな)』などがある。
www.shingowakagi.net

若木信吾がT JAPANのためにセレクトする
「大人も子どもも楽しめる絵本10選」

若芽舎の絵本づくりにつながった若木の愛読書から、大人のT読者のために厳選。


1.
『おおきなおおきなおいも』¥1,200
作・絵:赤羽末吉
発行:福音館書店

「今回絵本を一緒に作った佐伯ゆう子さんにいただきました。ウチの子どもが大好きな一冊で、実際に画用紙をつなぎ合わせて大きなイモを一緒に描きました」


2.
『きみはうみ』¥1,400
絵と文:西加奈子
発行:スイッチ・パブリッシング

「西さんは小さなお子さんをお持ちだと思うのですが、そうとは思えない暗い絵の世界がおもしろいなと。後半の絵がとても綺麗でそこに向かって行く感じも好きです」


3.
『せかいでさいしょのポテトチップス』¥1,620
文:アン・ルノー 絵:フェリシタ・サラ 訳:千葉茂樹
発行:BL出版

「本屋で出会った一冊です。食育というと大げさだけど、絵本を通して新しいことを知るって、子どもたちにとっては大きな体験だと思います」


4.
『つきよのおんがくかい』¥1,200
作:山下 洋輔 絵:柚木 沙弥郎
発行:福音館書店

「音楽の部分をスキャット風に読まなきゃいけないという、なかなかハードルの高い絵本。でも、その気分で読んで行くと盛り上がるし、子どももかなり喜びます」


5.
『ともだち』¥1,200
文:谷川俊太郎 絵:和田誠
発行:玉川大学出版部

「これは名作です。友達というものを認識はじめる2〜3歳から読めると思いますが、後半はかなりシビアな話になってきて、親も子も同じ気持ちで読み進めることができます」


6.
『みえるとか みえないとか』¥1,400
作:ヨシタケシンスケ そうだん:伊藤 亜紗
発行:アリス館

「近年を代表する作家の1冊ですが、これは絵本の新しい境地に触れていると思っています。センシティブな題材を扱っていますが、説教くさくならず落とし込めたのがすごい」


7.
『ラシーヌおじさんとふしぎな動物』¥1,500
作・絵:トミー・ウンゲラー 訳:田村隆一、麻生九美
発行:評論社

「『すてきな三にんぐみ』で知られるトミー・ウンゲラー。ストーリーがあり得ない!と思うオチになっているのですが、子どもには簡単に通じてしまうんですよね」


8.
『水の生きもの』¥3,800
作:ランバロス・ジャー 訳:市川恵里
発行:河出書房新社

「世界一美しい絵本を作ると言われているタラブックス社によるもの。これこそ、大人のための絵本。印刷も装丁もかなりこだわっています。子どもは図鑑のように楽しめます」


9.
『Cars and Trucks and Things that Go』
作:Richard Scarry
発行:Harper Collins

「アメリカ人の友人からもらったものですが、アメリカではスタンダードな絵本で、70年代からあるそうです。好きなページを開いて眺めるだけでも楽しむことができます」


10.
『FOOD TRUCKS!』
作:Mark Todd
発行:HMH Books for Young Readers

「いろいろなフードトラックが出てきます。英語で読むと、韻を踏んでいたりダジャレになっていたりするので、外国人に読んでもらうとおもしろいと思います」

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