稀代の天才出現と、ヨーロッパでブームを巻き起こしている指揮者がいる。ギリシア人のテオドール・クルレンツィスだ。その音楽は華麗で斬新、聞く者の魂をじかに揺さぶる。初来日した彼が自らの音楽について語った

BY MAKIKO HARAGA

 譜面どおりに再現するのが正統派。それ以外は異端者――。そんな考えが根強く残るクラシックの世界で「革命」を起こしている音楽集団が、ロシアの片隅にいる。ギリシャ出身の鬼才テオドール・クルレンツィスと、彼がみずから世界各地の精鋭を集めてつくりあげた若いオーケストラ「ムジカエテルナ※1」だ。本拠地は、ウラル山脈のふもとにある工業都市ペルミ。冬が長く、世間から隔離されたようなこの地に引きこもるようにして、彼らはひたむきに音楽と向き合う。

 チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」(2017年)、マーラーの交響曲第6番「悲劇的」(2018)と、2年連続でレコード・アカデミー賞(音楽之友社「レコード芸術」主催)の大賞を受賞し、日本でも大きな話題になったが、これらはライブ録音ではない。何度もテイクを重ねるセッション録音だ。古典の作品を演奏するときは、弦楽器はガットに張り替え、管楽器は当時のものを使う。リハーサルは昼夜ぶっとおしで続く。チェロ以外の奏者は、ステージでも立ったまま演奏する。

画像: 「作曲家の魂と波長を合わせる」クルレンツィスの指揮。テオドール・クルレンツィスはアテネ生まれ。ギリシャ国立音楽院で学び、1994年にロシアへ移住。リムスキー=コルサコフ記念サンクトペテルブルク国立音楽院で、イリヤ・ムーシンに師事。2004年から2010年まで、ノヴォシビルスク国立オペラ・バレエ劇場で首席指揮者を務め、2011年からはペルミ国立オペラ・バレエ劇場の芸術監督を務める © KOICHI MIURA

「作曲家の魂と波長を合わせる」クルレンツィスの指揮。テオドール・クルレンツィスはアテネ生まれ。ギリシャ国立音楽院で学び、1994年にロシアへ移住。リムスキー=コルサコフ記念サンクトペテルブルク国立音楽院で、イリヤ・ムーシンに師事。2004年から2010年まで、ノヴォシビルスク国立オペラ・バレエ劇場で首席指揮者を務め、2011年からはペルミ国立オペラ・バレエ劇場の芸術監督を務める
© KOICHI MIURA

画像: 2月に行われたサントリーホールの公演より © SUNTORY HALL

2月に行われたサントリーホールの公演より
© SUNTORY HALL

 圧倒的なエネルギーによって放たれる彼らの音楽は、しばしばロックの熱狂にたとえられる。伝統的な解釈とは違うと物議を醸す一方で、新鮮で美しいサウンドは世界中の聴衆を魅了する。そんな彼らが2月、チャイコフスキー・プログラムを引っ提げて初来日した。公演の合間を縫って行なわれたトーク・セッションで、クルレンツィスは開口一番、こう言った。「私たちはむしろ保守的なオーケストラ。作曲家がそばにいたら、喜んでいるはずです」

 自分たちの使命は「楽曲の生命と魂を蘇らせること」であり、それは単に音を再現することとは違う。作曲家とのスピリチュアルでエモーショナルな対話なのだと、クルレンツィスは強調する。「音楽学校では、『ここはこうやって、感情をこめて弾く』というふうに教わるけれど、それは表面的で偽物の音楽だ」と手厳しい。作曲家の意図を深く理解し、奏者がひとつになって最高の演奏をするためには、「ラジオの周波数を合わせるように、ぴったりと合うシグナルを探し当てなければならない」と言う。

 セックス・ピストルズ、60年代のグアテマラのサイケデリック、70年代のインダストリアルなど、さまざまな音楽を聴いて育った。誰も知らないようなディープなアンダーグラウンドが大好きで、レコードやテープを大量に集めていたという。そんな彼がテクノやロックではなく、クラシックの道を歩み続けたのは、「クラシックがいちばん刺激的で、最高の音楽だから」だ。「即興ができなければバッハの音楽はわからないし(あの時代の音楽家は、つねに即興演奏を求められた)、傷心して壁に頭を打ちつけるような体験をしていない人には、シューベルトは理解できません」

画像: トークセッションにて。ジャーナリストからの質問にもユーモアを交え、当意即妙に言葉を繰り出す © KATSUMI OMORI

トークセッションにて。ジャーナリストからの質問にもユーモアを交え、当意即妙に言葉を繰り出す
© KATSUMI OMORI

 1994年に指揮を学ぶためにロシアへ渡ったのは、20年代のパリのように、とてもロマンティックな場所だったからだという。80年代後半の欧州は進歩的で、若者たちはベルリンの壁を崩壊させようと心をひとつにしていた。グローバル化や資本主義に抵抗する気概もあった。だが90年代に入り、誰もがパソコンを持ち始めると、西側諸国は退屈な場所になったと感じた。そこにはもう、彼が求めるロマンティシズムは存在しなかった。

 そして今、コンサートホールという場所で、クルレンツィスは聴衆とのあいだの「壁」や「鉄のカーテン」を取り払い、魂のやりとりをしているのだという。「超自然的なエネルギーを感じたとき、人は自分の心の動きが変化することに気づきます。胸の奥底にしまいこんだ感情が、天使が歌う言葉に翻訳され、他者と共有される。まさにそれこそが音楽なのです」

※1 ムジカエテルナ
2004年、クルレンツィスによってノヴォシビルスクで創設された。現在は、ペルミのレジデント・オーケストラであり、ペルミ国立オペラ・バレエ劇場の第1オーケストラ。2017年、ザルツブルグ音楽祭にデビューし、2018年には同音楽祭でベートーヴェンの交響曲全曲ツィクルスに挑んだ

 

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