旧東ドイツのスーパーマーケットで働く人々の、慎ましくも温かな絆を描く映画『希望の灯り』。ドイツ生まれでダンサー、振付師でもある注目の俳優フランツ・ロゴフスキが、母国を描いた主演映画に寄せる思いを語った

BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPHS BY KEISUKE ASAKURA

 夜の巨大スーパー。ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」に乗って、フォークリフトがワルツを踊る。そんな印象的なオープニングで、映画『希望の灯り』は観客を東ドイツ、ライプツィヒ近郊のとあるスーパーに誘(いざな)う。

 旧東ドイツの作家クレメンス・マイヤーの小説を、同じく旧東ドイツ出身の新鋭トーマス・ステューバーが映画化した物語の主人公は、このスーパーで働き始める無口な青年クリスティアン。従業員用の青い作業服の手元、首元からはタトゥーがのぞき、ヤンチャだった昔をうかがわせる。それでも父親ほど年の離れた同僚のブルーノは、詮索することなく彼に仕事を教える。また、陳列棚を挟んで目があった途端に惹かれたマリオン(『ありがとう、トニ・エルドマン』のザンドラ・ヒュラー)とは、コーヒーマシーンのある休憩所で少しずつ距離を縮めてゆく。

画像: 壁に常夏の海が描かれた休憩所で、クリスティアンはマリオンの誕生日を祝う。ささやかなサプライズによってマリオンの気持ちもほころぶ © 2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

壁に常夏の海が描かれた休憩所で、クリスティアンはマリオンの誕生日を祝う。ささやかなサプライズによってマリオンの気持ちもほころぶ
© 2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

 クリスティアンを演じたのは、1986年ドイツ、フライブルク生まれのフランツ・ロゴフスキ。ミヒャエル・ハネケの『ハッピーエンド』でイザベル・ユペールの息子を演じ、本作と『未来を乗り換えた男』の2作でベルリン国際映画祭のシューティング・スター賞、ドイツアカデミー主演男優賞に輝いた注目俳優だ。

「プロのダンサー、振り付け師として6年間働いているあいだに、身体の動きだけでなく、ストーリーテラーとして言葉でも物語を伝え、心の動きを表現していくことに惹かれていきました。大学時代の友人に映画監督がいて、彼に誘われ、5分の短編、10分の短編、30分の短編、そして長編と出演し、ほかの監督からも声がかかるようになって。ダンサーとして舞台の上で大胆に動き回ることよりも、今は役者として日常的な生活の中の動きに魅力を感じています。僕自身、性格的に“隠れる”のが好きなので、おおっぴらに身体を使って表現するより、細やかな動きの中に隠れた感情を表現することが気に入っているんです」

画像: フランツ・ロゴフスキ 1986年ドイツ、フライブルク生まれ。2007年からクロアチア国立劇場、ベルリンHAU劇場などの演目でダンサー、振り付け師を務める。2015年にベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した『ヴィクトリア』に出演し注目を浴び、ミヒャエル・ハネケ監督作『ハッピーエンド』(2017)にも出演。2018年には本作と『未来を乗り換えた男』の2作品で主役を務め、ベルリン国際映画祭のシューティング・スター賞、ドイツアカデミー賞主演男優賞を受賞するなど、目覚ましい活躍をみせている

フランツ・ロゴフスキ
1986年ドイツ、フライブルク生まれ。2007年からクロアチア国立劇場、ベルリンHAU劇場などの演目でダンサー、振り付け師を務める。2015年にベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した『ヴィクトリア』に出演し注目を浴び、ミヒャエル・ハネケ監督作『ハッピーエンド』(2017)にも出演。2018年には本作と『未来を乗り換えた男』の2作品で主役を務め、ベルリン国際映画祭のシューティング・スター賞、ドイツアカデミー賞主演男優賞を受賞するなど、目覚ましい活躍をみせている

 確かに観客は終始、無口なクリスティアンの言葉の代わりに、目線の動き、首の傾け方、指の動き、ひとつひとつに宿る彼の心の動きを追うことになる。
「僕は、いつも肉体的なことから役作りに入っていくんです。タトゥーがあちこちある、がっちりした身体が過去を表し、その身体で窮屈そうにきっちり作業着を着ているのが今のクリスティアン。その対照的な部分を物語るのが興味深くて。フォークリフトを操るときも、まるでリフトを自分の腕の延長のように思い描いて演じました」

 やがて、そのフォークリフトの運転試験にも合格し、クリスティアンはブルーノをはじめ、同僚たちから仲間として受け入れられる。彼がマリオンに好意を寄せていると気づきながら、同僚たちは立ち入ることなく、そっと見守り、一方でマリオンの置かれた状況をも気遣う。そんな慎ましやかないたわり合いや優しさが、彼らの小宇宙に希望の灯りをともす。

画像: クリスマスの飾り付けが施されたスーパーマーケット。静かにともる灯りが、えも言われぬ映像美を浮かび上がる © 2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

クリスマスの飾り付けが施されたスーパーマーケット。静かにともる灯りが、えも言われぬ映像美を浮かび上がる
© 2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

「ブルーノは、東西ドイツの統一によって文化、故郷と呼べるものを奪われ、尊厳まで奪われたと思っています。だから過去を振り返って、昔を懐かしむ。僕が思うに、彼らのあいだにある絆は、彼らのあいだの秘密でもある。愛も、寂しさも、哀しさも。家族も人生も。お互いを失えば、すべてを失ってしまうと、彼らは身に沁みてわかっている。トーマス(・ステューバー監督)は、あの小さな世界に、彼らの人生のすべてが詰まっていることを描き出したかったと思うんです」

 問いかけに熟考しながら真摯に発せられる彼の言葉によって、ドラマに流れるやさしさが、いかに孤独と隣り合わせの、切実なところから発せられているかがわかる。そしてこの孤独が、映画の夜の風景を美しく震わせる。

画像: 出演作ごとに身体づくりをしているというフランツ。筋肉質で引き締まった身体、しなやかで機敏な身のこなしはいかにもダンサーらしい

出演作ごとに身体づくりをしているというフランツ。筋肉質で引き締まった身体、しなやかで機敏な身のこなしはいかにもダンサーらしい

「以前、一緒に仕事した舞台演出家の岡田利規さんが、『映画の中の孤独がとても理解できる』と言ってくれて。ドイツ映画に描かれた孤独に日本の方が共感してくれたことが、僕には意外でした。この映画は東西ドイツを描いています。そしてこの映画に出た僕が西のヨーロッパから東の日本にやってきて、映画について語っている。世界の西と東をつなぐアンバサダーのようで、とてもうれしいです」

『希望の灯り』
4月5日(金)よりBunkamura ル・シネマほか全国順次公開
公式サイト

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