“紙”の本に未来はあるのかーー。二次元から三次元へ波及し出来事を生むパフォーマティブなメディアとしての本がもつ可能性を、坂本龍一との対話を軸に手繰り寄せる

BY KEI WAKABAYASHI, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE

 さらに同時期に、朝日出版社から本本堂の「未刊行図書」を目録化した『未刊行図書目録』という本も出版している。それは実現不可能な本のアイデアを集めたものだった。「高松次郎さんとか、井上嗣也(つぐや)さんといった方々に、実現不可能でもよいので本のアイデアを出してくださいとお願いしてつくったものだったんです。なかでもいちばん好きだったアイデアはページに菌が塗ってあって、時間がたつにしたがって菌がどんどん増殖してカビだらけになるというものだったんです。あとは、たとえば中上健次さんの小説を毎日更新していくという本というものもありまして、これは当時はインターネットもありませんでしたので実現できなかったんですが、今から見れば、LINE小説の先駆的アイデアと言えなくもないですよね」

画像: 1984年に坂本さんが出版した『本本堂未刊行図書目録』は、今まさに時機を得たアイデアの宝庫だ

1984年に坂本さんが出版した『本本堂未刊行図書目録』は、今まさに時機を得たアイデアの宝庫だ

「紙の本はやがて別のデバイスに取って代わられていく」ということが言われはじめたのは、奇しくもメディアミックスというものが喧伝されるようになった80年代だったと坂本さんは回想する。そうしたなか古いメディアであった「本」というものを新しいメディアとして再定義しようという目論見が、これらのアイデアの背後には走っている。

「アクセスしやすくて、どこからでも読めて、どこに飛ぶこともできるといった本の面白さを、デジタルメディアが出てきたことによって、より明確に捉えることができるようになったんですね。だから本というものを『メディアパフォーマンス』の対象として扱うことができると思ったし、今でもそう思っています」

画像: 本を読む時間を五感で味わえる設えに。坂本図書の室内で手に取った本のページをめくる坂本さん。 「本には“もの”としてのよさもあると思います。表紙や背のたたずまいの美しさを眺めるのも好きですし、必ず一度カバーをはずして中表紙も綴じ方もチェックします。本の匂いも嗅ぎます」

本を読む時間を五感で味わえる設えに。坂本図書の室内で手に取った本のページをめくる坂本さん。
「本には“もの”としてのよさもあると思います。表紙や背のたたずまいの美しさを眺めるのも好きですし、必ず一度カバーをはずして中表紙も綴じ方もチェックします。本の匂いも嗅ぎます」

 坂本さんの最新プロジェクトとして「坂本図書」というアイデアが今、実現を間近に控えている。それは、坂本さんの蔵書を保存し一部の会員に向けて共有すべく設立される「図書空間」には違いない。けれども、ここまでの話の流れから考えると、ただの「図書空間」としてではなく、一種のメディアパフォーマンスとして理解すべきもののように思えてくる。それは、本と、それが置かれた空間を、ひとつの新しいメディアとして体験するためのインスタレーションと言っていいものなのかもしれない。それ自体が「本」を使ったパフォーマティブな空間なのだ。そして、そうした「空間」への興味は、坂本さんの現在の音楽活動とも分かちがたく結びついている。

画像: 坂本さんは、本を読む時間の過ごし方や空間も大切だと言う。「坂本図書」には音楽を美しく再現するドイツのムジーク製のスピーカーが据えられている。また読書をするときに傍らにおいしい珈琲やお茶、ワインなどがあるとうれしいとのことで、吟味されたそれらも楽しめる

坂本さんは、本を読む時間の過ごし方や空間も大切だと言う。「坂本図書」には音楽を美しく再現するドイツのムジーク製のスピーカーが据えられている。また読書をするときに傍らにおいしい珈琲やお茶、ワインなどがあるとうれしいとのことで、吟味されたそれらも楽しめる

「音楽にとって空間が重要なファクターだと自分が気づいたのは、2007年に《LIFE-f ii...》というインスタレーションをやったのが大きかったんです。それは天井に9つのスクリーンと水槽、それに付随したスピーカーを吊り下げ、見上げて体験するものだったんですが、同じひとつの音であっても、それを9つの位置の異なるスピーカーから出すと、まったく違って聴こえますし、二次元として聴いていたものが、空間というファクターを入れることによって無限に楽しめるものになることに気づいたんです。10人のリスナーがいたら、10通りの聴き方ができます。また、9個のスピーカーだけでもその使い方の組み合わせは天文学的な数字になりますから、たったひとつの素材でも、こんなに面白いことができるのかって思ったんです。文字どおり二次元を三次元にすることで、やれることが驚くほど広がるんです」

 本というものも、同じように空間の中で遊ばせてみることはできないだろうか。本を二次元から三次元に解放し、それをメディアパフォーマンスとして扱うこと。どうすればそれができるのかすぐにアイデアは出てこない。けれども、それはどんな擁護論よりも、「本」というものの可能性を指し示しているように思えてならないのだ。

 

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