カンヌで監督賞を受賞、アカデミー賞で監督賞、撮影賞、外国語映画賞の3部門にノミネートされた話題作『COLD WAR あの歌、2つの心』が公開に。ポーランド生まれのパヴェウ・パヴリコフスキ監督が、物語の秘められたバックグラウンドを語った

BY KURIKO SATO

「伝記映画は嫌いです」と、パヴェウ・パヴリコフスキ監督は言う。「人生の物語を綴ることなんてできません。そこに因果関係の理屈を押しつけると、とても安っぽくなってしまうから」。だがそれでも、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『イーダ』(2013年)の次に、彼がどうしても語りたかったストーリー、それが『COLD WAR あの歌、2つの心』だ。

 1959年、ポーランドの音楽学校で出会ったピアニスト、ヴィクトルと、彼の生徒で歌手志望のズーラ。ふたりは磁石に引きつけられるように惹かれ合い、恋に落ちる。共産主義下の状況に息が詰まりそうなヴィクトルは、自由を手にするためにパリへ亡命しようとズーラを誘う。ポーランド、フランス、ドイツ、ユーゴスラビアと、東西を股にかけ、「2つの心」が交差しては別れ、時代に翻弄されながらも、その宿命的な恋をまっとうする。

画像: ポーランドの音楽舞踏団のオーディションで出会った教師ヴィクトルとズーラは、一目で恋に落ちる。ヴィクトルは彼女に、一緒にパリに亡命しようと誘う

ポーランドの音楽舞踏団のオーディションで出会った教師ヴィクトルとズーラは、一目で恋に落ちる。ヴィクトルは彼女に、一緒にパリに亡命しようと誘う

 細部は異なれど、じつはこのふたりのキャラクターは監督自身の両親をモデルにしているという。「私は長いこと、彼らの物語を映画にしたいと思っていました。私の母はバレエを学んでいた17歳のときに、10歳年上の医師であった父に出会いました。ふたりは激しく惹かれあいながらも感情をコントロールできず、そのため長く一緒にいることができなかった。ヨーロッパを転々としながらくっついたり離れたり、その途中には互いに別の恋人と一緒になったりしながら40年あまりを過ごし、最後は再びよりを戻してこの世を去りました。わたしはそんな彼らの、激情のラブストーリーを描いてみたいと思ったのです」

 こう聞くと、なんとロマンティックな夫婦だったのか――と誰もが想像することだろう。端正なモノクロの映像で綴られた本作は“安っぽい”どころか格調高く、ふたりの激しい恋愛譚はうっとりと見とれてしまうほど魅力的だ。だが監督はこうつけ加える。「実際の両親の間柄は、ロマンティックというよりは常軌を逸していたと言った方が合っているかもしれません(笑)。もしもこの映画がとてもロマンティックに感じられるとしたら、それは無意識のうちに私の中から出てきたもののせいでしょう。ヨーロッパには、トルバドゥール(中世、南仏の恋愛詩人)や19世紀ロマン派の芸術が存在し、私もそれらに影響を受けてきましたから。

 それにこの映画では、音楽が重要な役割を果たしています。私は時代や場所、ふたりの道行きを説明的なセリフに頼らずに物語りつつ、映画に統一感をもたらしてくれるものが欲しかった。それが音楽だったのです。音楽はこの映画の第3の登場人物と言ってもいい」

画像: メランコリックで美しい調べをもったポーランドの民族音楽を歌う舞踏団。本作をきっかけに、ポーランドでは民族音楽が再びブームになったという

メランコリックで美しい調べをもったポーランドの民族音楽を歌う舞踏団。本作をきっかけに、ポーランドでは民族音楽が再びブームになったという

 そう、本作のもうひとつの魅力はポーランドの民族音楽と、50年代のパリを舞台にしたジャズという、ふたつの音楽の対比にある。ヴィクトルがズーラと出会って歌手の訓練を始める音楽舞踏団の養成所では美しいポーランドの伝統的な音楽が、そしてパリでは狂熱とメランコリーの混ざり合うジャズの調べが響く。

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