歌舞伎ワールドへようこそ。劇場の扉、時空の扉、そして心の扉を開いて、絢爛たる異世界へと誘う連載。第六回は中村七之助さんに、「納涼歌舞伎」への思いと、女方屈指の大役に挑む心境をうかがった

BY MARI SHIMIZU

 歌舞伎座の「八月納涼歌舞伎」は中村七之助さんにとって、思い入れの深い公演のひとつだ。「父(十八世中村勘三郎)や(十世坂東)三津五郎のおじさま、そして(中村)福助の叔父、(中村)芝翫の叔父が、お互いに協力しあいながら古典の大役や新作に挑戦している様子を間近で見て来ました。そして食事の席などで、もっと多くの方々に歌舞伎に興味をもっていただくにはどうしたらいいかを熱く語りあっていた姿が強く印象に残っています」

画像: 中村七之助(NAKAMURA SHICHINOSUKE) 歌舞伎俳優。1983年生まれ。十八代目中村勘三郎の次男。1986年9月歌舞伎座『檻(おり)』の祭りの子で初お目見得。1987年1月歌舞伎座『門出二人桃太郎』で二代目中村七之助を名乗り初舞台。繊細な中にも強さを秘めた美貌、芯のある演技で、立役もこなすが、とくに女方としての近年の活躍は目覚ましく、2018年10月歌舞伎座『助六曲輪初花桜』で揚巻を演じるなど、大役に次々挑んでいる。2013年に第20回読売演劇大賞杉村春子賞、2015年に第36回松尾芸能賞新人賞を受賞 © SHOCHIKU

中村七之助(NAKAMURA SHICHINOSUKE)
歌舞伎俳優。1983年生まれ。十八代目中村勘三郎の次男。1986年9月歌舞伎座『檻(おり)』の祭りの子で初お目見得。1987年1月歌舞伎座『門出二人桃太郎』で二代目中村七之助を名乗り初舞台。繊細な中にも強さを秘めた美貌、芯のある演技で、立役もこなすが、とくに女方としての近年の活躍は目覚ましく、2018年10月歌舞伎座『助六曲輪初花桜』で揚巻を演じるなど、大役に次々挑んでいる。2013年に第20回読売演劇大賞杉村春子賞、2015年に第36回松尾芸能賞新人賞を受賞
© SHOCHIKU

 歌舞伎座に行けば毎月必ず歌舞伎が観られる。今となっては至極当然の事実が具現化したのは平成という時代が始まったばかりの1990年のことだった。前年までは貸館による公演が続いていた8月に、当時の若手を中心とした顔ぶれで公演を開催したところ大盛況となったのである。そのフレッシュな舞台は評判を呼び、毎年恒例の名物公演となっていくなかで歌舞伎ブーム到来とまで報道されるまでになった。中心となって牽引していた勘三郎さんと三津五郎さんは当時30代半ば。初回に子役として出演していた七之助さんは今、当時の勘三郎さんと同世代である。

今年の「納涼歌舞伎」では第一部、二部、三部すべてに出演し、第一部で上演される『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』では乳人(めのと)政岡という女方の大役に初役で挑む。「この年齢で政岡をさせていただくとは思っていませんでした。本当にたいへんなお役だと実感しています」

 最初にそれを痛感したのはポスターのためのスチール撮影の時だった。兄の中村勘九郎さんが主演するNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』や、NHK・BSプレミアムドラマ『令和元年 怪談牡丹燈籠』への出演のため、七之助さんは映像の仕事が続いていた。そのため衣裳や鬘をつけて歌舞伎の扮装をするのは、じつに3カ月ぶりだったそうだ。「帯を締めただけでも苦しくて、役の扮装をして写真を撮るだけでくたくたでした」

 指導を仰いだのは人間国宝でもある名女方の坂東玉三郎さんだ。「玉三郎のおじさまは撮影の現場にも立ち合ってご指導くださって、その恰好のままお点前の稽古をしましょうということになりました。長い時間ではなかったのですが、帰宅したら動けないほど疲れ果てていました。精神的プレッシャーも含めて、政岡がそれだけ大役であるということなのだと思います」

 

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