未曾有の大震災で失われた街と日常。その中から、ひとつのハーモニーが立ち上がった。坂本龍一と東北の若き音楽家たちは、ともに時を重ね、失われた春を越えていく

BY MICHIKO OTANI, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE

 それから3カ月後、東京都心のホテルの一室で、再び坂本に会った。

 年明けから世界をじわじわと侵食した新型コロナウイルスの被害は、2月、3月と時を経て日本国内に広がり、多くのコンサートやステージが公演中止を余儀なくされた。東北ユースオーケストラの定期演奏会も、東京、福島の両公演が中止。東京の空には、練習の日とは対照的な快晴が広がっていた。

「こうしてガラス窓で遮断されているけれど、昔の人は石を積み上げて城壁を築いて都市を形作ったわけですよね。それは、人間がコントロールできない自然や、他者に対する恐怖からくるもの。でも、どんなに守りを厚くしても、自然の力は圧倒的に強い。津波もそうだし、ウイルスも、平気で壁を飛び越えて、国や人種も関係なく人に襲いかかる」

画像: 本を読む。音楽を聴く。5年前に病と向き合ったときも、そうして時を過ごした。「子どもたちひとりひとりが実りのある時間にしてくれたら」と坂本

本を読む。音楽を聴く。5年前に病と向き合ったときも、そうして時を過ごした。「子どもたちひとりひとりが実りのある時間にしてくれたら」と坂本

 新曲につけられた「いま時間が傾いて」という謎めいたタイトルは、ドイツの詩人・リルケの『時祷詩集』に収められた詩の一節から採ったという。時間が傾いて私に触れる、私の感覚が震える――詩に綴られた状況は、まさに今、日本で、世界中で、生きている誰もが感じていることのように思える。そしてきっと、あの震災の直後も。
「震災にしろ、今回のような感染症の蔓延にしろ、人間の歴史を見れば、常にそういうことが起こっていますよね。だからこのことは、3.11同様、自然というものを考えるひとつのきっかけになるんじゃないかと、僕は思っています。人間だけは違うんだという錯覚に陥っているかもしれませんが、自分も含めて誰もが自然の一部であるということを」

画像: 初演が待たれる『いま時間が傾いて』の総譜。練習に参加した三浦千奈は「楽譜に書いてあるとおりに弾けばできるという曲ではなく、こう弾きたい、こう表現したいと考え、感じながら完成させる音楽だと思いました」と、感触を語った

初演が待たれる『いま時間が傾いて』の総譜。練習に参加した三浦千奈は「楽譜に書いてあるとおりに弾けばできるという曲ではなく、こう弾きたい、こう表現したいと考え、感じながら完成させる音楽だと思いました」と、感触を語った

 しかし、リルケの詩は、こんなふうに続く。私は感じる、私にはできると――。未曾有の大震災を乗り越え、志をもった大人たちと子どもたちが東北ユースオーケストラに集ったように、子どもたちもまた、この事態を受け、おのおのが確かに心を動かし始めている。

 震災で福島と熊本というふたつのルーツをもった三浦千奈は、LINEグループのメッセージで演奏会の中止を知った。「ほかの被災地の方と一緒に演奏ができる機会だったので、残念です。でも、昨年の12月の熊本公演では、向こうのユースの方と一緒に演奏ができてうれしかった」。得られた縁は大切にしていきたい、と語った彼女は、進学する先に熊本の大学も考え始めているという。

 パーカッションを担当していた高校3年生の塘 英純(つつみ えいじゅん)は、この春から東京藝術大学音楽学部作曲科へ進学する。坂本の後輩となる彼は「現代音楽の魅力を伝えられるような曲を書きたい」と語り、来期以降も東北ユースオーケストラへの参加の意思を示した。

画像2: 時と人をつなぐ音
坂本龍一と東北ユースオーケストラ

 東北ユースオーケストラ第5期のキャプテンを務める、ホルンの田嶋詩織。音楽大学に在学中の彼女は、「普通にできていた演奏会に出られなくなった今、自分に何ができるんだろう? と考えさせられています」と、複雑な胸の内を明かした。
「でも、今は練習するしかない。そして、本もたくさん読みたいです。そうして来年、震災から10年目になる節目の年に、今自分たちはここまで来れたよ、という成果を、それぞれが見せられたらいいのかな、と」

画像3: 時と人をつなぐ音
坂本龍一と東北ユースオーケストラ

 時間は単に刻々と過ぎ去ってしまうのか? 常々、坂本はそんな疑問を抱いていたという。しかし、人にとって、とくに若い日々を過ごす人々にとって、時は傾き、また離れることを繰り返しながら、確実に彼らを前へ前へと運んでいるようにも思える。そしてまた音楽も、芸術も、きっと同じままではいられない。

「3.11のあとにも感じましたが、水や食料、医療を得られたあと、非常に抑圧された状況でいる人間にとっては、砂漠のひとしずくの水のように、音楽や文学が潤いをもたらすんだろうと。だから人類は、一度も途切れずにアートを生み出しつづけてきたんでしょう。

 震災から10年がすぎて、東北ユースオーケストラがなぜあるのか? とこの先問われたとき、『東北だから』『災害があったから』ということは、もう通用しない。何が通用するかというと、やはり音楽性でしょう。このオーケストラの音、演奏する音楽に存在意義があるものになるよう、毎年のように少しずつ新しい曲に挑戦して、より強く高めていくことが、僕の役割だと思っています」

 

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