新型コロナウイルスの出現とともに、私たちを取り巻く社会は一変した。ウイルスとの共生が求められるなか、私たちの日常はどのようなものになってゆくのか。先の見えない世界を生きてゆくヒントを、さまざまな分野で活躍する識者の方たちが一冊の本を通じて語る

BY JUN ISHIDA

新しい感覚のもとで生まれた音楽

 コロナ禍のもとで、僕たちは独特な時間の過ごし方を経験しました。新しい感覚を味わった人は世界中で多いと思う。世界中の動きが減速しました。マンハッタンの通りには人がおらず車も動いていない、JFK空港にも誰もいない。SF映画を見ているような光景です。人間活動が抑えられ、人間の発する音が非常に静かなので、鳥の声がとてもよく聞こえます。よく聞こえるだけでなくて、鳥が生き生きとしている。9.11、3.11は、原因は異なるけれど大きな力が働いて、身体だけでなく心も硬くしてそれに立ち向かう感じでした。しかし今回は、目に見えないし、どう対処すればよいかわからない。スローダウンして活動を抑えざるをえない。すると、身体が緩くなる。脳科学的に正しいかはわかりませんが、緊張状態の時は感覚が狭まるけれど、このような状況下では感覚が開いて、いろいろな音が聞こえてくる。日々そういったことを経験しながら、僕の中で9.11とも3.11の時とも異なる独自の感覚が生まれました。

 僕は言葉の人ではないので言葉では表現できないのですけれど、それを詩人だったら詩にする、文筆家だったらエッセイを書くでしょう。それと同じように記録しておきたくて、「incomplete」のプロジェクトを始めました。一人で日記のようなものを書いてもいいのだけれど、世界のあちこちで状況は違っても同じ大きな変動の中に生きている、僕の信頼するミュージシャンたちの感じ方も聴いてみたかった。彼らに音を送ってもらい、僕も音を足して、という発想でやってみました。

画像: 「incomplete」 コロナ禍を受け、坂本龍一が10名の音楽家の友人に声をかけ立ち上げたコラボレーション企画。5月8日より6月1日まで、坂本龍一YouTube公式チャンネルで順次公開された youtu.be

「incomplete」
コロナ禍を受け、坂本龍一が10名の音楽家の友人に声をかけ立ち上げたコラボレーション企画。5月8日より6月1日まで、坂本龍一YouTube公式チャンネルで順次公開された

youtu.be

コロナ禍が証明したこと、世界は減速できる

 これまで何度も考え、3.11の時も大きなテーマとして直面し、未だに答えはないですが、これは自然対人間の大きな対立から起きたことです。自然に即していない人間の生き方、文明、経済のあり方の問題です。僕自身も繰り返し発言してきましたし、警告を発した先達、具体的に変えようとした人はたくさんいましたが、良い方向には向かっていない。悪い方向に加速していることを改めて強く感じます。何とかしないと先がないような気持ちです。僕は気候変動、気候危機が及ぼす影響は、コロナ禍より遥かに大きいと思っている。コロナ禍でも食糧危機が一部で起きていますが、気候変動がもたらす危機はこれどころではないはずです。

コロナ禍は、人間が起こした気候危機の1エピソードでしかなくて、今後10エピソードぐらいがドカンと一気にやってきた時には、それがどんなものか僕の想像力を超えます。乗り越えるのは難しいのではないかと思います。ただ一つ言えることは、コロナ禍という1エピソードでここまで減速できた。経済のために減速なんかできないよと言っていた人たちもストップせざるをえなかった。やればできることが証明されたのです。

 

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