配信というプラットフォームが浸透したおかげで、良質なドキュメンタリー作品を観られる機会が増えている。やらせや忖度にうんざりしてしまっている人々の心を惹きつけるのは、生々しくリアルな実話なのだ。エンターテインメントとして楽しめるのはもちろん、社会へ疑問を投げかけ、知的好奇心を刺激するドキュメンタリー作品を紹介する

BY KANA ENDO

これまで観てきた映画の見方が変わるほどのインパクト――『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』

 #METOO運動をきっかけにして、ホモソーシャルであったアメリカの映画業界やTV業界は変化を求められている。この作品は、そんな映画やTV番組でトランスジェンダーがどのように描かれ、扱われてきたのかを当事者たちのインタビューを通して語っていくドキュメンタリーだ。例えば、スクリーンの中のトランスジェンダーは、いつも精神を病んだドラッグ中毒者か、笑いの対象にされるか、あるいは殺人事件の被害者にされてきた。メディアでそのように描かれることにより、トランスジェンダーたちは実世界でも同じような目で見られる被害に遭ってきたという。また、たくさんのトランス女性、トランス男性の俳優がいるにも関わらず、それらの役は女装もしくは男装したシスジェンダーの俳優が演じてきたことにも疑問を投げかける。

画像: 『オレンジ・イズ・ニューブラック』でトランスジェンダーのソフィア役を演じたラヴァーン・コックス ©︎AVA BENJAMIN SHORR/NETFLIX

『オレンジ・イズ・ニューブラック』でトランスジェンダーのソフィア役を演じたラヴァーン・コックス
©︎AVA BENJAMIN SHORR/NETFLIX

 多くの人は自分は差別主義者ではないと思っているかもしれないが、この作品を観ると、上記のような作品を無自覚に消費することで、トランスジェンダーを傷つけてしまっていた事実に気づき、ショックを受けるだろう。作品冒頭で、オプラ・ウィンフリーがトランスジェンダーに対してウケ狙いで辛辣なインタビューをするシーンが紹介されるが、作品後半ではトランスジェンダーを笑いものにすることはなく真摯に話を聞く姿が描かれる。エディ・レッドメインはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた『リリーのすべて』で、世界で初めて性別適合手術を受けたトランスジェンダーの女性を演じたことは間違いだった、と後に明かしている。誤りを認め、意識を変えていくことで人は進化してきた。当事者の視点でしか見えないことを教えてくれる貴重な作品だ。

画像: 1952年に性別適合手術を受け、初めて世界的に有名になったトランスジェンダーのクリスティーン・ジョーゲンセン。そこから60年もの間、トランスジェンダーに関する話題は手術のことばかりだったと、ラヴァーン・コックスは語る ©︎NETFLIX

1952年に性別適合手術を受け、初めて世界的に有名になったトランスジェンダーのクリスティーン・ジョーゲンセン。そこから60年もの間、トランスジェンダーに関する話題は手術のことばかりだったと、ラヴァーン・コックスは語る
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画像: Netflix映画『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』 独占配信中 ©︎NETFLIX 予告編はこちら

Netflix映画『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』
独占配信中
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宇宙を自分ごととして捉えられるようになる――『宇宙へのカウントダウン:ミッション・インスピレーション4』

 イーロン・マスク率いる宇宙関連企業スペースXによる、世界初の民間人乗組員のみによる宇宙飛行を追ったドキュメンタリー。インスピレーション4と名付けられたこのミッションの乗組員には「リーダーシップ」「希望」「繁栄」「寛大さ」を象徴する一般人が選ばれた。リーダーを務めるのは実業家のジャレッド。彼は地球が直面する問題に貢献できなければ宇宙へ行く意味はないと考えており、このミッションを通じて小児病院建設のため2億ドルの募金活動を行った。うち1億ドルは彼自身が寄付した。

画像: 地球に帰還した直後のクルーメンバー。左からヘイリー、ジャレッド、サイアン、クリス ©︎NETFLIX

地球に帰還した直後のクルーメンバー。左からヘイリー、ジャレッド、サイアン、クリス
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 ヘイリーは希望を象徴する乗組員として選ばれた。彼女は幼少期に骨肉腫を克服した癌サバイバーで、今は子供の頃に入院していた病院に医師助手として勤務している。癌サバイバーが宇宙へ行くのは世界初な上に、体内に人工物が入った人物が宇宙へ行くのも初。宇宙飛行士といえば、頭脳明晰で健康でなければならないというイメージがあるが、彼女のように癌を克服した人物でも宇宙へ行けると、病気の子供たちに見せることができるのは希望にほかならない。小児病院建設のために募金をしたクリスは寛大さを、地質学者で父親がアポロ計画に携わっていたサイアンは繁栄を象徴するメンバーとして選ばれた。

 遠心分離機や雪山登山など、どんなにハードな訓練でも常にポジティブで弱音を吐かないメンバーや、無事戻ってくるかわからないという不安を抱えながらも明るく全力でサポートする家族の姿に感動を覚える。身近になったとはいえ、まだまだ自分には関係のない言わば金持ちの道楽と捉えられている宇宙旅行に、正しい目的や明るい夢を見出すことができる作品。

画像: ヘイリーは癌治療中の自分の写真を宇宙へ持っていった。また病気で入院中の子どもたちと宇宙からビデオ通話するシーンは子供だけでなく大人も勇気をもらえる ©︎NETFLIX

ヘイリーは癌治療中の自分の写真を宇宙へ持っていった。また病気で入院中の子どもたちと宇宙からビデオ通話するシーンは子供だけでなく大人も勇気をもらえる
©︎NETFLIX

画像: Netflixシリーズ『宇宙へのカウントダウン: ミッション・インスピレーション4』 独占配信中 ©︎NETFLIX 予告編はこちら

Netflixシリーズ『宇宙へのカウントダウン: ミッション・インスピレーション4』
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お年寄りのピュアな心に笑って泣ける――『83歳のやさしいスパイ』

 妻を亡くしたばかりの83歳のセルヒオは、新しい生きがいを求め、スパイ募集の新聞広告に応募する。依頼内容は老人ホームに潜入し、入居する依頼主の母親が虐待されていないか調査するというもの。カメラ付き眼鏡やスマホの使い方を教わるシーンはまるでコメディのよう。いざ潜入を開始するも、調査対象者が写真よりずっと老けているため見つけられなかったり、女性たちばかりの施設内でモテモテになったりとドタバタ劇が繰り広げられる。一方で、調査のため一人一人にじっくり話を聞いていくうちに、家族にずっと会えていない寂しさや、どこにもいく場所がない孤独感、衰える体力への不安など、老人たちが感じる人生終盤の悲しさを目の当たりにしていく。

画像: 一人一人と丁寧に対話していくうちに、ホームを出て帰る場所がある自分がいかに恵まれているか痛感していくセルヒオ © 2021 DOGWOOF LTD - ALL RIGHTS RESERVED

一人一人と丁寧に対話していくうちに、ホームを出て帰る場所がある自分がいかに恵まれているか痛感していくセルヒオ
© 2021 DOGWOOF LTD - ALL RIGHTS RESERVED

 監督のマイテ・アルベルディがかつて探偵事務所で働いていた時に、老人ホームの内部調査の依頼が多かったことから、老人ホームや老いについてのドキュメンタリーの制作を思いついたそう。本作の撮影にあたっては、施設や入居者にスパイの依頼内容は伏せ、老人ホームのドキュメンタリーを撮影するという体で行なっているので、誰もカメラを意識せず自然な日常が切り取られている。たとえ施設に仲間がいても家族が近くにいないことは孤独にほかならず、コロナ禍で家族に会えない高齢者が多くいることを思うと胸が締め付けられる。愛する人の声が彼らにとってどれだけ大切かが心に響く、まるでヒューマンドラマのようなドキュメンタリー。第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネート。

画像: セルヒオは次第に虐待の調査という依頼を完了することよりも、もっと大切なことがあることに気づいていく © 2021 DOGWOOF LTD - ALL RIGHTS RESERVED

セルヒオは次第に虐待の調査という依頼を完了することよりも、もっと大切なことがあることに気づいていく
© 2021 DOGWOOF LTD - ALL RIGHTS RESERVED

画像: 『83歳のやさしいスパイ』 Amazon Prime Video、U-NEXTなどでレンタル配信中。配給・宣伝:アンプラグド © 2021 DOGWOOF LTD - ALL RIGHTS RESERVED 公式サイトはこちら

『83歳のやさしいスパイ』
Amazon Prime Video、U-NEXTなどでレンタル配信中。配給・宣伝:アンプラグド 
© 2021 DOGWOOF LTD - ALL RIGHTS RESERVED

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