戦国時代の石垣職人を主人公に据え、人はなぜ争うのか、そして平和への想いなど圧巻のストーリーテリングで数多くの読者を魅了した『塞王の楯』で、第166回直木三十五賞を受賞した作家・今村翔吾氏。そのパワフルな執筆活動へと駆り立てるものについて話を聞いた

BY T JAPAN

 直木賞ノミネート3回目にして、ついに『塞王の楯』で受賞を果たした今村翔吾氏は、常にニュースなどから着想を得て、普遍的な題材を歴史小説を通して面白く、分かりやすく表現することに注力しているという。長編小説であるにもかかわらず、読む者を一瞬でその世界に引き込み、最後まで飽きることなく思考し続けさせる圧倒的な物語は、どのように生み出されているのか。

画像: 作家デビューする前は、ダンスインストラクターとして若者や子どもたちにダンスを教えてきたという経験も持つ今村氏。若い世代へ本の楽しさを伝えていくプロジェクトも準備中だ PHOTOGRAPH BY MAYUKO YAMAGUCHI

作家デビューする前は、ダンスインストラクターとして若者や子どもたちにダンスを教えてきたという経験も持つ今村氏。若い世代へ本の楽しさを伝えていくプロジェクトも準備中だ
PHOTOGRAPH BY MAYUKO YAMAGUCHI

――『塞王の楯』では、戦の攻防や心理戦などのドラマティックな展開と、「人はなぜ戦うのか」という普遍的な課題、この両輪が最初から最後まで走り続け、読後の面白さが非常に濃密でした。執筆時は常にこの両輪を意識されていたのですか?

今村 「面白い」の幅って、とても広いですよね。エンターテインメント的にワクワクする面白さ、知識を生み出す面白さ、自分の思考と向き合う面白さとか、多様な面白さを包括したものを書きたいと思っています。執筆しているときのイメージは、お香の調合に近いかもしれません。常にいろいろな面白さのパーセンテージを維持しながらずっと走り続けるみたいな感じですね。エンタメに寄せすぎていたら、一旦思考する方に行って、主人公は何を学んだのか、などに短くてもいいから触れてみる。自分は作家としての雰囲気は豪快系ですけど、やることは意外と繊細っていう(笑)。

 僕は心配性の人の方が小説家には向いていると思うんです。さっきの調合も、“ところで今のバランスで大丈夫か”と常に確認しつつ、その作業だけではいい作品には仕上がらない。試行錯誤して悩み抜いた末に、最後に腹を括って一歩先に踏み出す勇気も必要で、その両方が合わさったときにいい作品が生まれる。『塞王の楯』では、最後のところで納得して振り切れたかなと思いますね。完成前は編集者たちが、ここにもう少しこういうエッセンスがほしいです、とかみんな好き放題言うんですよ(笑)。でも人の意見に耳を傾けるのも大切かな。言われたことを一旦自分の中で咀嚼して、これはいい仕上がりになると思うことは取り入れる。小説を書くのはチームワーク的な作業でもあり、よほどの天才じゃない限り、支えてくれる方たちとのコミュニケーション能力というのも大切な要素のひとつですね。

――ページが残り少なくなってくるのが分かると「いつまでもこの物語の中にいたい」と思わせる魅力のある一冊でした。

今村 自分自身も子供の頃に読んでいた他の先生方の本で同じことを考えていたんですよ。だから読者の方たちに自分の作品がそう思ってもらえるのは本当に嬉しい。そういえば僕、小学生のころ変わったことしてましてね。読書していて真ん中を過ぎると残りの方が少なくなる、そうなると読み終わった方のページを手でギュッと押さえつけて「まだ楽しみの方が多いぞ」って、残っている方のページをふわふわさせて。意味ないんですけどねぇ(笑)。『塞王の楯』は、読み終わったあと、またいつか皆さんの人生の必要となったタイミングで、書架からポンと飛び出てくるような本になってくれたらいいなと思っています。

――連載されていた期間が2019年の夏から2021年の夏とのことで、コロナ以前の日常を過ごしていた時期から激動のコロナ禍の時期と重なりますが、執筆する上で影響はありましたか?

今村 ひとりで部屋にこもって書き続けている作家からすると、直接的な影響は受けにくい職業なんじゃないかと思いますね。ただ、世の中の喧騒みたいなものが僕の狭い6畳そこらの書斎にまで響いてくるくらい、今回のことは大きかった。人の嫌なところがいっぱい出てきたなあ、ということでしょうか。ただ、これも歴史的に見れば、ずいぶん人って良くなっているんだとも思います。よく自粛警察とかで済んでるなあって。だから人間というのは心配しなくても、少しずつだけど進化してますよ。歴史上の長い長いスパンで見ればやっぱり人間て良くなってるなあって、ちょっと“神目線”ですけど(笑)。

 ただちょっと危惧するのは、すごくいいことですけれど、日本においては平和な時代が長く続いているから、考えることが減ってきているかもしれないな、と。何か答えを出すことではなく“考えること”が進歩だ、と僕は思っているので。そういう意味では、この作品が「自分は戦争や平和についてどう考えているのか」という思考のきっかけになるような一冊であったら嬉しい。僕の本は、読者の皆さんにとって何かを考えるきっかけであって、それぞれの読者の中で完結するように、というのを心がけています。だから本の中で結論を出すのは、おこがましいというか、それは小説のすべきことではないと思っていますね。

――大人のみならず、若い世代の人からの支持も高まっているようですが。

今村 最近、若い読者がちょっと増えてきたなと感じています。きのしたブックセンター(註:今村氏が経営する大阪府箕面市の書店)にも直木賞決定の後に、小学5年生の男の子が薔薇を幸運のレインボーみたいに自分で染色して花束にして持ってきてくれたり、20代の男の子がテレビ局で出待ちしてくれていて(笑)。「サインお願いします、生放送見て今しかないと思って来ました」って。すごく目がキラキラしてたなあ。果たして自分は今あんな目ができるのかと思いましたね。若い読者が増えてくれるのは嬉しいです。僕より下の世代の人が読んでくれるということは、自分が本という文化を微力ながらも繋いでいけているんだ、という実感がありますね。

画像: 小学生のころに時代小説と出会い、池波正太郎や司馬遼太郎、吉川英治など数々の作品に夢中になったという PHOTOGRAPH BY AKIHIRO SAGA

小学生のころに時代小説と出会い、池波正太郎や司馬遼太郎、吉川英治など数々の作品に夢中になったという
PHOTOGRAPH BY AKIHIRO SAGA

――5月までにあと5冊刊行されるそうですが、多数の作品を精力的に執筆していく上での工夫や、面白い作品を書き続ける秘訣は?

今村 常にその作品で何をするのかというハードルを設けて、それを越えていくようにしています。これまでの作品にないハードルを課す。こういう取り組みをしてみようという冒険だったり、大小は問わず用意してそれをクリアする、というのをやる。するとそれが血肉となり自分の基礎能力が上がりつつ、また新たな挑戦に繋がる。どんな仕事でもそうかもしれませんが、自分が越えなければいけないハードルを最初に明確に設定するんです。よく「成長できる職場です」って聞くけれど、成長するというのは「何をクリアしていくか」だと思うんです。しっかり細分化して、自分が理解できる具現化した目標を越えていくことが大切だと思うので、常にそういう目標を設定していますね。

 小説は書きはじめから最後まで、『塞王の楯』だったら約560ページかけてそのハードルを越えていくので、気が抜けない。さじ加減や調合って難しいですよね、無限の組み合わせがあるから。お香でもひとつのブレンドにこういう名前をつける、今回はそのひとつが『塞王の楯』になったのであって、また次の作品ではブレンドも変わる。常にそのときが最高のブレンドになるように書いていきたいと思っています。

――作家になる前はダンスのインストラクターをされていて、子どもや若者たちと長い時間を過ごされてきました。今、将来を不安に思う若い人たちが多い時代ですが、彼らにむけてメッセージを。

今村 これまで多くの若い人と接してきたから分かるんですけど、今の若者たちは結構捨てたもんじゃないと思います。「僕たちが頑張ったって何も変わらないじゃないか」と思う若い人の気持ちも痛いほど分かる。でも歴史を振り返ると「それでもやるんだ」と生きていたのが、たぶん高杉晋作とかなんですよね。そういう人が出てきたときに、また大きな時代のうねりになり、今度は彼らこそが主役になるときが来る。今、頑張れって言いづらい時代ですけど、僕はあえて若い人たちに頑張ってほしいと言いたいかな、僕自身も頑張るって言うし。自分はどこまで小説を書けるか分からないけれど、自分が踏み台になる覚悟は、今から決めていかなきゃいけないと思っています。いつか僕が下の世代の踏み台になって「ああ、そういう奴もいたっけ」と言われたりする覚悟もあるし、それくらいの気持ちで若い人たちには来てほしいなあ、こと歴史小説に関しては。

 僕も次の夢を叶えることをやろうかと。実は今、公益社団法人の設立を目指してみようかと思っているんです。学校にボランティアに行って、子供たちと一緒に地元の書店での本の選び方や楽しみ方を伝えていけたらと考えていて。僕は作家になった当初から、そういった、そのときの自分の身の丈に合ったことを実現させるために売れたいと思っていたんです。だから今回直木賞を受賞して、今まで以上にチャレンジできることが増えたなあと。直木賞作家となったら、行政や自治体などの人たちも、一緒にやろうと思ってくれるひとつのきっかけにはなるんじゃないかと思うんです。今後はこれをフルに生かして、もっといろいろなことに挑戦できたらと思っています。

画像: 『塞王の楯』 今村翔吾 著/集英社 ¥2,200 ©️SHUEISHA 特設サイトはこちら

『塞王の楯』
今村翔吾 著/集英社 ¥2,200
©️SHUEISHA

今村翔吾(いまむら・しょうご)
1984年、京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。2018年『童の神』で第160回直木賞候補に、2020年『じんかん』で第11回山田風太郎賞受賞、第163回直木賞候補。2022年、3回目の候補となった『塞王の楯』で第166回直木賞受賞。小説執筆のみならず、大阪府箕面市にて廃業の危機にあった「きのしたブックセンター」の経営を引き継ぐなど、本や書店の文化継承にも尽力している。

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