やがて来る時代の転換点。そのときに向けて、未来を担う世代は、今、どのような力を培うべきか。独自の視点を持って、“幸福に生きるための力”を育むことに尽力するデザイナー・山縣良和に話を聞いた

BY MAKIKO HARAGA, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE

可能性は、あらゆるもののなかにある

「ここのがっこう」は、writtenafterwards(リトゥンアフターワーズ)のデザイナー・山縣良和が主宰するファッション表現の実験と学びの場だ。職業や年齢も多様な受講生たちが大きな荷物を抱え、東京・東日本橋にある教室にやってくる。海外出身者も、デザイン未経験者もいる。最年長は80代だ。

画像: 山縣良和

山縣良和

 つくってきたものや集めた資料を、机や床の上に広げる。制作の過程をみなで共有し、意見を言い合うのだ。広い教室は、熱気に満ちている。車座になって講師と熱く議論している集団。黙々と手を動かす人。仲間の作品に見いっている人も。

 別室で、受講生の中村英が制作中の作品を山縣に見せていた。テーマは「家族の記憶」だ。青写真の技法を使って家族の写真を焼きつけた布、それをほぐした糸束。「記憶はその人の身体に取り込まれ、解釈され、別のかたちで残る。糸は、つながっていてもどこかゆるさがある家族の関係性に通じる」と中村は語る。「いいね」を連発していた山縣は、次回までに服のかたちにしようと、最後に発破をかけた。

画像: 試作したプリントを山縣に見せる中村英(右)。大手企業で働く彼は、大学院で認知症患者と家族の関係を研究した

試作したプリントを山縣に見せる中村英(右)。大手企業で働く彼は、大学院で認知症患者と家族の関係を研究した

画像: 中村が染めた布

中村が染めた布

 山縣もほかの講師も、決して作品を否定しない。「僕たちのアドバイスどおりにやってこなくてもいい。彼らが考えて行動したことを尊重します」。なかには「求められているもの」を質問して探ろうとする受講生もいる。「デザインやクリエーションは、言われたことをやる作業ではなく、自分で考えることが大事。それを習慣づけていくのです」と山縣は言う。

画像: 講師は第一線で活躍するプロフェッショナル。パタンナーの青鹿知恵子(左)にドレスを見せる金子圭太。青鹿は、ほかでは「いかに美しく、快適に着こなせるように仕立てるか」を重視して教えるが、ここでは優先順位が異なる。「本人のやりたいことを尊重しつつ、どうすれば人が着て美しいものになるかを一緒に考えます」。金子は生きづらさを抱えていたとき、ファッションに出合った。「つくっている時間はラクになれた」と言う。講師の大草桃子は金子の成長に目を見張る。「会うたびに発想力が高まっていて、話を聞くと面白い」

講師は第一線で活躍するプロフェッショナル。パタンナーの青鹿知恵子(左)にドレスを見せる金子圭太。青鹿は、ほかでは「いかに美しく、快適に着こなせるように仕立てるか」を重視して教えるが、ここでは優先順位が異なる。「本人のやりたいことを尊重しつつ、どうすれば人が着て美しいものになるかを一緒に考えます」。金子は生きづらさを抱えていたとき、ファッションに出合った。「つくっている時間はラクになれた」と言う。講師の大草桃子は金子の成長に目を見張る。「会うたびに発想力が高まっていて、話を聞くと面白い」

 英国の名門セントラル・セント・マーチンズ美術大学のウィメンズウェアコースを首席で卒業した山縣だが、日本ではずっと落ちこぼれだったという。「コンプレックスだらけで自信がなく、自分のどこに取り柄があるのかもわからなかった」。現状を打破したい一心で渡ったロンドンで、ファッションデザインをやりたいと思った。セント・マーチンズで出会った講師たちは「やってみろ」と学生の背中を押す役割に徹していて、変な服をつくっても「面白い!」と認めてくれた。

「1 秒でも身にまとったら、それは服としての可能性がある」。なんでもファッションと捉え、さまざまな表現に挑んできた山縣がそう確信するに至った原体験は、ジョン・ガリアーノとの出会いだ。当時クリスチャン・ディオールのデザイナーだった彼のチームで、在学中にデザインアシスタントを務めた。「ガリアーノは、一度、ありとあらゆるものを、既存の価値観を省いたフラットな状態にして、見る。そこから、自分たちの新たな価値観を探っていくんです」と山縣は回想する。「世間で“いいもの・悪いもの”とされているものや、たいていの人が『それはちょっとどうなの?』と言うものにも可能性を見いだし、そこからデザインを生み出していく。その経験の残像が今も強くあるから、(受講生に向かって)『あれはダメ、これはダメ』とは、やっぱり言えない」

 帰国後、かつての自分と同じように悶々と悩む学生たちと出会う機会があり、ファッションについて、自由に考え、学ぶ場をつくろうと思った。自分のいる場所を示す「ここ」、ひとりひとりを指す「個々」。それを校名にした。

 教室の一角に、羊毛を用いたソフト・スカルプチャーを着せたトルソーが見えた。ヴォーグダンサーとして活動する松岡義宜の作品だ。テーマは「全裸の身体性」。ドラァグの感性と流動する身体を表現した。男女二元論で発展してきたファッションに一石を投じ、多様な性のあり方が尊重されるようにしたいという。「LGBTQのパレードで着て歩き、『何あれ~?』と注目されるようなインパクトを持たせたい」と松岡は話す。自分が感じてきた生きづらさや悩みを昇華させ、「装いを通じてメッセージを発信していきたい」

画像: 松岡義宜の作品

松岡義宜の作品

「ここのがっこう」では、最初にマインドマップをつくり、自分自身と向き合う。「取るに足りないと思ったり、コンプレックスだと感じているもののなかに、案外と武器になるものが見えたりする」と山縣は言う。「自分の問題を突き詰めると、社会の問題につながるんです。自分は表現において何ができるのだろうと考えたとき、過去の経験や境遇、歩んできた道のなかから、社会に問いたい課題が出てくる」

画像: シャツや軍手をロウで固めたオブジェ。制作者は石川祐太郎。きっかけは、コロナ禍で困窮した友人から買い取った服に、その人を思い出す香水やタバコの匂いが残っていたこと。その“大切な瞬間”を閉じ込める表現を模索するなかで、香りをつけたロウに浸すことを思いついた。靴下を固めた作品でデンマークのファッションブランドGANNI(ガニー)の「気鋭のアーティスト5人」に選ばれた。石川は工学部出身の経営コンサルタント。日頃は定量分析と論理的思考で最適解を導き出す。仕事に不満はないが、「このまま一生を終えるのが怖くなり、生きている意味を探そうと思った。それがアートだった」と言う

シャツや軍手をロウで固めたオブジェ。制作者は石川祐太郎。きっかけは、コロナ禍で困窮した友人から買い取った服に、その人を思い出す香水やタバコの匂いが残っていたこと。その“大切な瞬間”を閉じ込める表現を模索するなかで、香りをつけたロウに浸すことを思いついた。靴下を固めた作品でデンマークのファッションブランドGANNI(ガニー)の「気鋭のアーティスト5人」に選ばれた。石川は工学部出身の経営コンサルタント。日頃は定量分析と論理的思考で最適解を導き出す。仕事に不満はないが、「このまま一生を終えるのが怖くなり、生きている意味を探そうと思った。それがアートだった」と言う

画像: 後藤蕗のデザイン画とリユースの帯あげでつくったパンツ。テーマは「みんなが妖怪になった世界で幸せに生きる」。前向きに100歳まで生きようというメッセージだそう。後藤は“死の先にあるもの”に関心がある。前回のテーマは「あなただけの死に装束を提案します

後藤蕗のデザイン画とリユースの帯あげでつくったパンツ。テーマは「みんなが妖怪になった世界で幸せに生きる」。前向きに100歳まで生きようというメッセージだそう。後藤は“死の先にあるもの”に関心がある。前回のテーマは「あなただけの死に装束を提案します

画像: 安藤龍樹は、いつもどんな作品をつくるべきか悩みながら、頭に浮かんだものを編み続けている

安藤龍樹は、いつもどんな作品をつくるべきか悩みながら、頭に浮かんだものを編み続けている

 受講生の顔ぶれは、実に多様だ。ときに、「バグってる人」や「ぶっとんだ絵を描く人」も参加する。「でも、その人の存在がほかの受講生によい影響を与える。“こうあるべき”から脱線してもいいと思える。それぐらい自由な人がいるほうが、息苦しくなくて、世界としてはチャーミング」と山縣は言う。多様性を許容することを、「価値観を球体にする」と表現する。「物事を多面的に捉え、自分とは異なる価値観を柔軟に受け入れ、リスペクトする姿勢。それはどんな場所においても、生きる力になる」

山縣良和(YOSHIKAZU YAMAGATA)
1980年鳥取県生まれ。2007年、writtenafterwardsを設立。物語性のある独自の世界を発表しつづける。2015年、「LVMH Prize」にノミネートされる(日本人初)。2019年、The Business of Fashionの「世界のファッションをつくる500人」に選出

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