版画、絵画、キルト制作、彫刻など幅広い創作活動で知られるアーティストのフェイス・リングゴールド。91歳を迎えてもなおアートに対する熱意を持ち続け、これまでの創作活動を振り返る日々について語る

INTERVIEW BY LOVIA GYARKYE, PHOTOGRAPH BY SHIKEITH, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

フェイス・リングゴールド(アーティスト)の2:00 P.M.

 私が版画作りを始めたのは高校生の頃だった。それ以来、自分のアートのひとつの手法として、版画をずっと作り続けてきた。版画制作は常に難しくて骨が折れる作業だけど、私は決してひとつの技法だけに自分を限定しないようにしてきた。エッチング(註:銅版画を酸で腐食させて製版する手法)、木版画、リトグラフ(石版や金属板を使用する平版画)、さらにシルクスクリーン(孔版画)などの手法を使って、長年多くの作品を生みだしてきた。版画制作は手間がかかり、高度な技術が必要な作業だが、さまざまな人たちとコラボレーションすることができる手法でもある。私がまだ駆けだしの頃は、私の母でファッションデザイナーのウィリー・ポージー・ジョーンズと共同で、キルトやソフト・スカルプチャーを作った。1980年代には、名版画家のボブ(ロバート)・ブラックバーンと抽象作品のシリーズをともに制作し、私はキルト作品を担当した。

画像: リングゴールド、91歳。ニュージャージー州イングルウッドの彼女のスタジオで、2022年2月22日に撮影

リングゴールド、91歳。ニュージャージー州イングルウッドの彼女のスタジオで、2022年2月22日に撮影

 1970年代には、アーティストたちの間では自分の作品に署名を入れないのが流行だった。彼らは自分たちがとても有名で、その作品が十分周知されているから、あえて署名する必要はないという一風変わった考え方をもっていたのだと思う。私は、そのやり方ではのちのち問題になるだろうと思っていた。そして、多くのアーティストたちの作品が、そのことが原因で消滅してしまったのだ。私はそんなやり方をいいと思ったことはない。実際、私は《Ego Painting(エゴ・ペインティング)》(1969年)という、自分の名前だけをデザインした作品を作り、当時の風潮に抵抗の意を表明した。私は自分が作った全作品に、いつも署名をしてきた。作品を創作したのはこの私だと人々に知ってもらいたいと願うのは、当然のことだと思っていたのだ。

 若い頃は朝6時に起きて、一日中スタジオで過ごしていたものだ。昼の休憩が終わるとすぐ仕事に戻った。先駆者たちの技術を学び、そのエッセンスを自分の作品に取り入れた。過去に目を向けて反芻(はんすう)し、過去に起こった出来事を題材に作品を作ったりもする。だが、独自の作品を作るためには刺激も必要で、今この瞬間を生きている人々や実際の場所や、私の周囲で起こっている出来事などが、私のインスピレーションの源になっている。

 これまで何年もの間、私はいったい何を作品に反映させてきたのだろうか。それは「世界」だ。世界の現状と、この現実世界がどんな状況になりうるかを表現してきた。世界がどうなるのかを心配すると同時に、私は希望ももっている。なぜなら世界は、私自身の居場所であり、それならば最高の姿であってほしいからだ。ときには理想とまったく違う現実を目のあたりにしてしまうこともある。でも、状況はきっとよくなるという希望をもっている。

 私は今、休暇中で、スケジュールに少し余裕がある。私の夫が2020年の2月に亡くなり、それ以来、作品を作るよりも、回想したり、人の話を聞いたりすることのほうに重きを置いてきた。仕事をしないことに慣れていないから、ここ数年はすごく不思議な感じの日々を過ごしている。今は自分が作ってきたものを見直すのに時間を費やしている。これまで多くの作品を創作してきて、今、ゆっくり座って自分の作品への反応を味わえるのは幸せなことだ。異なるシリーズやさまざまな手法で表現した作品がひとつにまとめられているのを見ると、こんなにたくさんの作品を作ることができたのだと深い充足感を覚え、どんな逆境にぶちあたっても、自分の主張を表現できる自由を手にしていたことに満ち足りた気持ちになる。私の人生がすべてのアーティストたちにとって、刺激になってほしいと思っている。

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