ギリシャのパトモス島で英気を養う
ピエール・アルディの夏休み
【アーティストたちの24時間】

24 Hours In the Creative Life ー The artist’s Way: accessories designer PIERRE HARDY
エルメスをはじめ,自身のブランドのアクセサリーやシューズのデザインを手がけるピエール・アルディ。水平線を見つめてひねもすのんびり過ごす”島時間”がもたらすものは—-?

INTERVIEW BY NICK HARAMIS, PHOTOGRAPH BY ANARGYROS DROLAPAS, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

ピエール・アルディ(アクセサリーデザイナー)の8:00 P.M.

 私がギリシャのパトモス島を訪れるようになってもう10年になる。こんな美しい場所はほかに見たことがない。ここには車も、看板も、スーパーマーケットもスポーツジムもなく、あるのは必要最低限のものだけだ。だからこそ、この島に引き寄せられる。なかでも、ごく小さな間口(シングルルームぐらいの横幅だ)の奥深い入り江が、私にとっての完璧なスポットだ。その遠方には、水面と青空の間に横たわる岩々と水平線だけが広がって見える。

画像: アルディ、66歳。ギリシャ、パトモス島の預言者エリアスの丘にて、2021年8月24日に撮影

アルディ、66歳。ギリシャ、パトモス島の預言者エリアスの丘にて、2021年8月24日に撮影

 夏も終わりに近づくと、19時半には日が傾き始める。光の色が変わり、そろそろ帰らなくてはと思っているうちに、太陽は突然ひっそりと姿を消してしまう。日中の私は、ビーチでトカゲに変身する。海辺にじっと座り込み、本を読み、景色に見とれていると、6時間、7時間、いや8時間くらいあっという間にすぎてしまう。私が夏を好きなのはセンシュアルだからだ。手つかずの自然に包まれた、地上の楽園のようなこの島は、心よりも身体の感覚に訴えかけてくる。パリという都会で生まれ育った私は、ここに来ると、自分の存在より深大で、はるか昔から脈打ってきたような〈何か〉を思い起こすのだ。この〈何か〉がなければ私は存在すらしない。

 パトモスでは仕事をせず、パリにいるときとは真逆のことをする。私の仕事は〈どんな服とアクセサリーを身につけるか〉を考えることだが、ここでは服なんて着ないし、いるとしても数着あれば十分だ。このギャップが何よりも魅力だ。しばらくの間この島で心を空っぽにして、その後再び、ファッションの楽しさを見いだし、創作にいそしむ。ファッションは私にとってゲームだからだ。この島で過ごす時間が〈のどかで深遠で不可欠なもの〉であるなら、私の仕事はそれと正反対とはいえないまでも、まあそれに近いものであろう。美術を学んでいた若い頃、ファッションはどちらかというと〈遊び〉みたいなものだと感じていた。私の中には、今もそんなふうに見ている部分がある。

 島でもスケッチをするが、紙やペンについてマニアックなこだわりはなく、その辺で手に入るものを使う。かといってスケッチをしながら次のコレクションのアイデアを練っているわけではなく、単にメモを取っているような感じだ。私はよく「インスピレーションとは考古学の地層のように、いくつもの層で構成されたものだ」と表現する。考古学者が地面を掘り起こして見つける、地層の断面図のようなものだ。その深層部には何年も前から自分の中に堆積されてきたさまざまな要素が、ほかの層には街角で見かけた小さなヒントが詰まっている。核となるぶ厚い層のひとつには、パトモスの島特有の風土やムード、地中海ならではの空気や色やニュアンスが詰め込まれている。ある日、すべての本を読み尽くし、昼寝をし尽くし、あらゆる景色を見尽くした私はふと思うのだ。「そろそろ人間らしい生活に戻ろうかな」と。

INTERVIEWS HAVE BEEN EDITED AND CONDENSED.

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