音楽やドラマ、映画に小説と韓国エンタメの快進撃が止まらない。今回は、さまざまな環境の中で強く生きる韓国人女性の姿を描いた映画を厳選。男性にのみ兵役義務のある韓国は、ジェンダーバランスに対する意識が複雑化しやすい可能性を秘めており、最近は女性の生きづらさを主題にした映画や小説が増えている。自分や周囲の人の苦しみに気づいたり、次の世代のためにできることを考えたりするきっかけになる3作品を紹介する

BY KANA ENDO

少女の目を通して社会を見つめ、女性の生き方を考える ──『はちどり』

 舞台は1994年の韓国、ソウル。中学2年生のウニは餅店を営む両親と兄姉の5人家族で暮らしている。学校では孤立しており、他校に通う彼氏と、漢文塾で出会った女友達と過ごす時間にだけ笑顔を見せるウニ。母に話しかけても上の空、兄には暴力を振るわれ、父には怒鳴られ、ウニの目を見て話を聞いてくれる大人は誰もいなかった。そんな中、新しく漢文塾にやってきた女性教師ヨンジだけはウニに寄り添ってくれる。大学を休学し職を転々として、タバコを吸っているヨンジに、ウニは心を開いていく。そして1994年10月21日にある事故が起きる。これをきっかけに韓国社会や人々、そしてウニの家族も変化の兆しを見せ始める。

画像: 主人公のウニを演じたのはパク・ジフ。この役で第18回トライベッカ映画祭の最優秀主演女優賞や第39回韓国映画評論家協会賞の新人女優賞などを受賞した ©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

主人公のウニを演じたのはパク・ジフ。この役で第18回トライベッカ映画祭の最優秀主演女優賞や第39回韓国映画評論家協会賞の新人女優賞などを受賞した
©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

 監督は本作が長編デビューとなるキム・ボラ監督で、自身の少女時代の体験を元に描いた人間ドラマだ。登場人物が多くを語らず、セリフではなく視線で語っていく。通常こういった作品は見る側の想像力が必要となるが、まなざしによる繊細な演技や視線に注目した画角により、彼らの心情が手に取るように伝わってくる。むしろ多くを語らないからこそ、声をあげることができないウニの息苦しさや抑圧をひしひしと感じることができるともいえるだろう。

 描かれるのは誰にでも経験のある思春期のありふれた日常だが、家父長制や暴力、学歴社会など、そこには女性ゆえに感じる生きづらさが丁寧に描かれている。例えば、兄に暴力を振るわれ、両親にそのことを訴えるも、「喧嘩しないの」と取りつく島もなく一蹴されてしまう。ウニの友人もある日、顔にあざを作って塾に現れることから、長兄を重んじる家父長制や男尊女卑の風潮が社会に根強くはびこっていることを示す。とはいえ、一方的に男性が悪であるとは描かない。後半、兄が泣く場面があるが、社会や父親からの期待を一身に受けた彼にも相当な重圧がかかっていることがうかがえる。

画像: ある日、ウニは耳の下にしこりがあることに気づく。それはウニの不安や孤独を吸い取るかのようにだんだんと大きくなっていく ©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

ある日、ウニは耳の下にしこりがあることに気づく。それはウニの不安や孤独を吸い取るかのようにだんだんと大きくなっていく
©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

 ヨンジとの出会いがウニの心境に変化をもたらす。大学も休学し、結婚もせず、職を転々としているヨンジは変わり者扱いされているが、ウニはヨンジにこれまで出会った大人とは違う雰囲気を感じ取る。おそらく彼女はこの男女不平等社会で声をあげるも挫折した経験をもつのであろう。ヨンジはウニに、殴られても黙っていてはダメ、声をあげてと伝える。自分はうまくいかなかったけど、次の世代のあなたはこうならないでね、と目線で語りかける。目を見て話してくれるヨンジに出会ったことで、ウニはそれまで理不尽ながら仕方がないと思っていたことが、違うのかもしれないと気づき始めるのだ。

 1994年の韓国は、87年に軍事政権が終わりを告げ、民主化が進められている過渡期にあたる。著しい経済成長を遂げる中、手抜き工事が一因となり聖水大橋崩落事故という大惨事が起きてしまう。古い体質と新しい時代の狭間で、期待と同時に不安や戸惑いを感じていた社会はウニの心情ともシンクロする。とても小さな鳥であるはちどりのように、小さな体で必死に羽を動かし続け世界に羽ばたこうとしているのはウニのようでもあるし、1994年の韓国社会のようでもある。本作が描いた世界から約30年後の今、世界はどう変わっただろうか。現代の日本に生きる私達にも、感じることの多い作品だ。

画像: 本作はベルリン国際映画祭など、多くの映画祭で50以上の賞を受賞。韓国では単館公開規模でありながら、公開1か月で観客動員数12万人を超える異例の大ヒットを果たした ©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

本作はベルリン国際映画祭など、多くの映画祭で50以上の賞を受賞。韓国では単館公開規模でありながら、公開1か月で観客動員数12万人を超える異例の大ヒットを果たした
©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

画像: 『はちどり』 Amazon Prime Videoなどでレンタル配信中 Blu-ray(6380円)、DVD(4180円)発売中 発売元:アニモプロデュース 販売元:TCエンタテインメント ©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED. 公式サイトはこちら

『はちどり』
Amazon Prime Videoなどでレンタル配信中
Blu-ray(6380円)、DVD(4180円)発売中
発売元:アニモプロデュース
販売元:TCエンタテインメント
©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

公式サイトはこちら

胸を締めつけられるシーンの数々に、己の行動を見直すきっかけになる『82年生まれ、キム・ジヨン』

 キム・ジヨンは夫のデヒョンと二歳になる娘アヨンと暮らしている主婦。出産するまでは広告代理店に勤務し、意欲的に働いていたが、今は家事と子育てに追われる毎日。正月に夫の実家に帰省するも、嫁の立場であるジヨンは台所に立ちっぱなしで座る暇もない。するとジヨンに何者かが乗り移ったかのように別人格が現れ話し始める。夫の家族は突然の豹変にあ然とするも、以前からジヨンの不調に気づいていた夫はジヨンと娘を連れ実家を後にする。当のジヨンはこの“憑依”を覚えておらず、最近物忘れが多いと言う。夫は精神科へ通うことを提案するも、疲れているだけ、となかなか足が向かない。そんななか、元上司の女性が起業し、また一緒に働かないかと誘われる。生きがいを見出し生き生きとし始めるジヨンだが、義母に知られ激怒されてしまう。

画像: 原作はチョ・ナムジュ著の同名のベストセラー小説。主人公のジヨンと夫のデヒョンを『トガニ 幼き瞳の告発』でも共演したチョン・ユミとコン・ユが演じる © 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

原作はチョ・ナムジュ著の同名のベストセラー小説。主人公のジヨンと夫のデヒョンを『トガニ 幼き瞳の告発』でも共演したチョン・ユミとコン・ユが演じる
© 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

 本作では、女性が日常的に体験する生きづらさに着目し、それらを積み重ねていくことで、当たり前すぎて違和感を感じなくなってしまっている不平等な現実を知覚することができる。夫は一見ジヨンに寄り添っているように見えるが、どこか中途半端。実家に帰った際、嫁であるジヨンが忙しくしている様を見て母親に「もうひとり息子を生んでくれていたら、嫁が増えて楽になったのに」と発言する。妻を気遣う優しい夫ではあるのだが、問題の本質が理解できていないのだ。

 またジヨンにとってロールモデルとなりうる元上司の女性は、男性上司から「仕事で成功しても子育てに失敗したらおしまいだ」と言われるが、言い返さず笑ってその場をやり過ごす。彼女はこのように心をすり減らし我慢を重ねて、キャリアを築いてきたのだろう。「私は良き母ではないし、良き妻であることも諦めた」という。女性が社会で活躍するには、かくも犠牲を払わなければならないのかと心が苦しくなる。

画像: ジヨンの母親は優秀で教師になる夢を持っていたにもかかわらず、男兄弟の進学を支えるために工場に働きに出て夢を諦めたという © 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

ジヨンの母親は優秀で教師になる夢を持っていたにもかかわらず、男兄弟の進学を支えるために工場に働きに出て夢を諦めたという
© 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

 一方でジヨンが学生時代に痴漢にあいそうになった際、父親から「スカートが短い。危険な目に遭うのは本人の不注意のせい」と咎められる。なぜ女性の側が短いスカートを履く自由を奪われなければならないのか。咎められるのは短いスカートではないはずなのに。このように日常的に繰り広げられるさまざまなエピソードで、女性の生きづらさや男性の配慮の無さを示していく。

 ただそこには小さいながら希望もある。デヒョンはジヨンが働くなら自分は育休を取る、と申し出るし、長兄として重んじられてきたジヨンの弟も、優しく手を差し伸べてくれ、ジヨンや彼女を取り巻く環境も少しづつ変化していく。本作では、自分が無自覚に我慢してきてしまっていることや、また逆に無自覚に配慮のない発言をしてきてしまったことに気づくことができるだろう。女性にも男性にも、性別を問わず何らかの気づきを与えてくれる。

画像: キム・ジヨンという名は、82年生まれの女児に最も多かった名前。この話は誰にでも当てはまるストーリーであることを暗示している © 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

キム・ジヨンという名は、82年生まれの女児に最も多かった名前。この話は誰にでも当てはまるストーリーであることを暗示している
© 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

画像: 『82年生まれ、キム・ジヨン』 Amazon Prime Videoなどで配信中 Blu-ray(6380円)、DVD(5280円)発売中 発売元:クロックワークス 販売元:ハピネット・メディアマーケティング © 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED. 公式サイトはこちら

『82年生まれ、キム・ジヨン』
Amazon Prime Videoなどで配信中
Blu-ray(6380円)、DVD(5280円)発売中
発売元:クロックワークス
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
© 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

公式サイトはこちら

ユーモアたっぷりに韓国社会の闇に切り込むアクション・コメディ『ガール・コップス』

 ミヨンは女性刑事機動隊という部署で活躍し、持ち前の行動力と腕っぷしの強さで凶悪犯を次々と検挙していた凄腕刑事だった。が、結婚と出産を機に、市民の苦情を取り扱う相談窓口でデスクワークをしていた。ある日、義妹で刑事のジヘが不祥事を起こし、相談窓口に一時的に配属されることに。そんな窓口に、怯えた様子の女学生が訪れるが、携帯電話だけを置き逃げるように去っていく。ミヨンは彼女を追いかけるが、女学生は交通事故にあってしまう。すると残された携帯にメッセージが表示され、それは彼女がレイプされた動画が3日後、アダルトサイトにアップされるという通知だった。組織的な犯罪だと考えたミヨンはジヘとパソコン操作に長けた同僚のジャンミとともに、犯人を追うことに。

画像: ミヨンの役柄はラ・ミランに当て書きされている。ラ・ミランは本作が映画初主演。同僚のジャンミは元少女時代のスヨンが演じる ©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

ミヨンの役柄はラ・ミランに当て書きされている。ラ・ミランは本作が映画初主演。同僚のジャンミは元少女時代のスヨンが演じる
©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

 本作は、終始コメディタッチで痛快で軽快にストーリーが展開していくが、ところどころに現代社会を風刺するスパイスが散りばめられている。敏腕刑事だったミヨンは家族のために自分のキャリアを犠牲にし、物足りない毎日を過ごしているし、男性刑事たちは手柄優先で、検挙の見込みの薄い捜査には協力してくれない。おとり捜査でミスをしたのは男性刑事なのに、ジヘが異動させられる。女性たちが犯人と格闘しているのに、そこにいた野次馬はスマホで撮影するだけで誰も助けようとしない。また相談窓口で働いているのは、凄腕刑事のミヨンを始めインターネットギークのジャンミや女性刑事機動隊の出身の上司など、優秀で能力の高い女性ばかりというのにも皮肉が込められている。

画像: 大胆なアクションシーンやカーチェイスを織り交ぜ、ユーモアたっぷりにテンポよく展開していく ©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

大胆なアクションシーンやカーチェイスを織り交ぜ、ユーモアたっぷりにテンポよく展開していく
©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

 ドラッグやサイバー性犯罪を扱った本作の事件は、NETFLIXでドキュメンタリーが製作された「n番ルーム事件」や、「バーニングサン事件」などを彷彿とさせ、韓国社会に潜む闇を映し出す。ミヨンが危険を犯してまで捜査をする理由を問われると「被害者が気の毒だからじゃない。女性が自業自得だと、自分を責めるしかない状況に腹が立つから」と答える。性犯罪では被害者が泣き寝入りしてしまうことも多いが、女性にとって決して許すことができない事件を、女性たちが共闘し解決していく姿に勇気をもらう。あくまで気楽に観られるアクションコメディとして作られているが、シスターフッド要素もあり、裏テーマもしっかり設定された見事な一作だ。

画像: インスタグラムのフォロワー1400万人を誇るモデル出身のイ・ソンギョンの見事なスタイルも見どころのひとつ。また『哀しき獣』や『チェイサー』のハ・ジョンウや、『小公女』、『シークレットジョブ』のアン・ジェホンらがカメオ出演している ©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

インスタグラムのフォロワー1400万人を誇るモデル出身のイ・ソンギョンの見事なスタイルも見どころのひとつ。また『哀しき獣』や『チェイサー』のハ・ジョンウや、『小公女』、『シークレットジョブ』のアン・ジェホンらがカメオ出演している
©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

画像: 『ガール・コップス』 デジタル配信中 DVD(4180円)発売中 発売元:GAGA 販売元:GAGA ©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

『ガール・コップス』
デジタル配信中
DVD(4180円)発売中
発売元:GAGA
販売元:GAGA
©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

*今回紹介している3作品の配信状況は、すベて2022年8月25日時点のものです。

▼こちらの記事もチェック

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.