「一番好きな料理はイタリアン。お菓子は、あんこよりも断然クリーム派。趣味は「旅」で も、国内旅行は仕事で訪れる撮影ロケ地くらいの経験値。日本の伝統文化や和の作法に触れないまま、マチュアな年齢となってしまった私ですが、この度、奈良の煎茶道美風流に入門させていただくことになりました。」そんなファッション・ディレクター、菅野麻子さんが驚きと喜びに満ちた、日本文化「いろはにほへと」の学び路を綴る。連載第九回目は、はじめての和菓子づくりについてのお話です

BY ASAKO KANNO

 実は、煎茶道美風流に入門するまで、和菓子を好んで食べた記憶がほとんどありません。口や喉が乾く「すごく甘い食べ物」という認識どまりで、どちらかといえば苦手なお菓子だったことを白状しましょう。さらに告白してしまえば、「煎茶道」という名前を知る以前に、自らすすんで緑茶を口にしたこともないかもしれません。私にとって至福の飲み物といえば、紅茶やコーヒー。一緒にいただくチョコレートやクッキーのなんと美味しいことか。以前、イギリスの友人の家で、日本ツウの夫婦が朝食に緑茶を飲んでいるのを目にして心底驚愕し、「私はカフェラテが飲みたい」と懇願したこともありましたっけ。私のかたくなな嗜好性に変化がみられたのは、美風流お点前による煎茶と、お家元のお嬢様の手作り和菓子をはじめていただいたときでした。

画像: お嬢様お手製の雛人形の上生菓子。食べるのがもったいないほど

お嬢様お手製の雛人形の上生菓子。食べるのがもったいないほど

 お稽古でいただく上生菓子は、いつもとても愛らしく、思わず笑みがこぼれてしまいます。そして、四季折々の移ろいを視覚的に伝えてくれる繊細なお菓子は、甘すぎず、とっても優しいお味。自然栽培の茶葉を使用する美風流の煎茶を引き立て、素直に「煎茶って美味しい」「和菓子って美味しい」と感じさせてくれるのです。そんな、にわか和菓子好きへと変貌した私が、お嬢様じきじきにお菓子づくりを習う機会に恵まれました。

 お家元のお嬢様の茅さんと華穂さんは、美風流本部のビルで、「茶・アートカフェうつぎ」を運営する仲良し姉妹です。カフェで提供されるお菓子に加え、美風流のお茶会やお稽古のお茶菓子は、10年以上前からすべてお嬢様の手づくりだそう。お茶会では、お家元のテーマが決まると、お嬢様が掛け軸や設えをもとに、お菓子の制作イメージを膨らませていくのだとか。

画像: お嬢様たちがお茶菓子を作り始めたきっかけは、近所の老舗の和菓子屋さんの閉店にともない、道具を一式譲りうけたことだそう。大学生の頃から独学で作り始めてはや10年以上と、若いのにキャリアが長い!

お嬢様たちがお茶菓子を作り始めたきっかけは、近所の老舗の和菓子屋さんの閉店にともない、道具を一式譲りうけたことだそう。大学生の頃から独学で作り始めてはや10年以上と、若いのにキャリアが長い!

 さらに、さすがお家元の志の高さを引き継いでいらっしゃる…と、うなったのは、お嬢様からお稽古用のお菓子のテーマをいただいたときのこと。ただ季節のお花をつくるのはつまらないので、「どんなお菓子をつくるか自分で考える」という出題。しかも、題材は、前日に参加するお家元のお稽古の講義テーマから引用するように、とのこと。その講義のテーマは「陰陽五行」です。この間まで和菓子が苦手だった和菓子づくり初心者には、だいぶハードル高くないでしょうか?笑 
 さて、お家元の講義後に、どんなお菓子をつくるか茅さんにご相談です。個人的に大好きな花“八重桜”をモチーフにしたいこと、ひとつのお菓子に陰陽の要素を組み入れていきたいということを伝えます。そこから、“八重桜”の立体的に表現する花びらと、平面で表現する“大地”を、ひとつのお菓子のなかに融合させてデザインする、という方向が決まりました。

画像: 右は、茅先生のういろう。綺麗なグラデーションを描き、まるでリボンのよう。左が、私のういろう。八重桜の花びらを目指すも、なぜかベーコンの脂身と赤身になってしまった不思議

右は、茅先生のういろう。綺麗なグラデーションを描き、まるでリボンのよう。左が、私のういろう。八重桜の花びらを目指すも、なぜかベーコンの脂身と赤身になってしまった不思議

 
 わくわくしながらうかがった和菓子づくり当日。簡単な絵を描いて、色や形を決めていきます。
木と大地は五行を、
花びらのピンクと大地の緑は、陰陽を色にて、
花びらのフリルの立体感と大地の平面で、陰陽を高低で表現。
などなど、陰陽五行の学びも浅い身ながら、知恵を絞ります。
好きな菓子皿を選んだら、さあ、お菓子づくりのはじまりです。

 使用する材料は、事前に準備してくださった、白餡、ういろう(米粉、餅粉、片栗粉)、練り切り(餡子と蒸した大和芋)。色づけは自然素材の食用色素と、煎茶を細かく粉状にした、粉茶です。  
 大地の部分は地層のような縞模様をイメージして、緑色に染めた餡と、白の練り切りを交互に重ね、長方形の土台を作ります。花びらは、ういろうを濃いピンクとうすいピンクに染めわけ、それを白のういろうとともに1本につなぎ、色のグラデーションを作ります。これを丁寧にめん棒でのばしてリボン状にしていきますが、このういろうの弾力がなんとも思い通りにいかず。もはやベーコンにしか見えなくなってきた時点でギブアップ。茅先生に手直ししていただきます。

画像: 菅野作「陰陽五行」をテーマにした、八重桜と大地のお茶菓子。大好きな色合わせのピンク×グリーンにうっとり。ガラス作家のイイノナホさんの器がとても素敵なので、お菓子まで美味しそうに見えます

菅野作「陰陽五行」をテーマにした、八重桜と大地のお茶菓子。大好きな色合わせのピンク×グリーンにうっとり。ガラス作家のイイノナホさんの器がとても素敵なので、お菓子まで美味しそうに見えます

 茅先生に軌道修正していただいたら、ついに八重桜の花びらづくりにとりかかります。大好きだった実家の八重桜をイメージしながら、ギャザーをふんだんに寄せていくと、華やかな花が咲きほこるよう。地層をイメージした土台の右端にぽんと花を置くと、なんて可愛いんでしょう! 鳥のさえずりが聞こえてきそうなほどに、春爛漫。この八重桜を見ていると、気のせいかうっすら生ハムの映像が脳裏にちらつきもしますが、生ハムは大好物ですから、それはそれでよしとしましょう。

画像: 先生作のお茶菓子のなんと美しいこと。まるで羽衣をまとった天女が舞い降りたかのよう。つくる人の心がお菓子に映し出されるものですね。右奥のお菓子が、私と同じデザインには思えないところも、大きな見どころです。笑

先生作のお茶菓子のなんと美しいこと。まるで羽衣をまとった天女が舞い降りたかのよう。つくる人の心がお菓子に映し出されるものですね。右奥のお菓子が、私と同じデザインには思えないところも、大きな見どころです。笑

画像: 自分で考えたテーマのお茶菓子を作り終えたあと、菊の上生菓子の作り方を教えていただきました。模様をつける作業が、無心になれてとても楽しい時間

自分で考えたテーマのお茶菓子を作り終えたあと、菊の上生菓子の作り方を教えていただきました。模様をつける作業が、無心になれてとても楽しい時間

 お菓子ができあがったあとは、美味しいお茶を飲みながら、自分の作った和菓子をいただきます。茅さん、華穂さん姉妹の清らかな心と、うつくしい奈良ことばに触れていると、なんだか私まで浄化されていくかのような錯覚におちいります。生まれながらに煎茶道の精神と作法を身につけて成長されたお嬢様たち。若くして日本の豊かな文化を人に伝えていける姿がまぶしくもあり、日本の未来への希望すら感じます。私はといえば、学びのスタートはだいぶ遅くなりましたが、「遅くとも、せぬには勝る」という言葉を胸に、日本文化の学びを重ねていきたいと心新たにしました。いつかは、あの英国の友人に、お点前による煎茶を淹れ、和菓子を作ってあげたらどんなに喜ぶかとひとりほくそ笑んでしまいます。
 和菓子づくりや、煎茶美風流のお点前体験のワークショップは、「茶・アートカフェうつぎ」までお問い合わせください。きっと、まだ見たことのない日本に触れることができるはずです。

茶・アートカフェうつぎ
奈良県奈良市西木辻町200-62 ナカタニビル 1F
080-9123-4829
公式インスタグラムはこちら

菅野麻子 ファッション・ディレクター
20代のほとんどをイタリアとイギリスで過ごす。帰国後、数誌のファッション誌でディレクターを務めたのち、独立し、現在はモード誌、カタログなどで活躍。「イタリアを第2の故郷のように思っていましたが、その後インドに夢中になり、南インドに家を借りるまでに。インドも第3の故郷となりました。今は奈良への通い路が大変楽しく、第4の故郷となりそうです」

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