「一番好きな料理はイタリアン。お菓子は、あんこよりも断然クリーム派。趣味は「旅」で も、国内旅行は仕事で訪れる撮影ロケ地くらいの経験値。日本の伝統文化や和の作法に触れないまま、マチュアな年齢となってしまった私ですが、この度、奈良の煎茶道美風流に入門させていただくことになりました。」そんなファッション・ディレクター、菅野麻子さんが驚きと喜びに満ちた、日本文化「いろはにほへと」の学び路を綴る。連載十一回目は、お稽古のお話です

BY ASAKO KANNO

「奈良までお稽古に通うのって大変じゃない?」
よくそんな質問をいただきます。たいてい1泊か2泊の奈良滞在。仕事の調整をしなければいけないという意味では、出発前はばたばたで確かに大変かも。でも、東京を脱出して未知の世界に逃避できるお稽古は、私にとっては、とても魅力的な時間です。

画像: 活け花のお稽古で、椿とロウバイを活けました。お家元に手直しをしていただくと、お花もいきいきと嬉しそう

活け花のお稽古で、椿とロウバイを活けました。お家元に手直しをしていただくと、お花もいきいきと嬉しそう

 お家元が情熱をもって、3時間から4時間近くもの時間をかけて教えてくださるお稽古。その内容は、お点前、活け花、盛り物、掛け軸の観賞、そして煎茶道の楚となる文人の思想や哲学まで多岐に渡ります。日によって、そこにお香や、骨董、茶道具の話も加わり、楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。また、運良くお稽古日の前後でお家元主宰の水墨画教室が開催されていれば、そちらにも参加させていただいたり。まさに、どっぷりとお茶と芸術の世界にひたれる滞在となります。

画像: 山居から摘んできてくださった季節のお花。お花にまつわる話、扱い方、そして花入れの説明まで、学びの多い時間

山居から摘んできてくださった季節のお花。お花にまつわる話、扱い方、そして花入れの説明まで、学びの多い時間

 活け花は、お家元の山居や、美風流本部のテラスガーデンに咲く季節の花を用い、文人花の思想を教えていただきます。初めて知ったのは、花と、その花入れにも「格」があるのだということ。青銅器や金属器、磁器、陶器のほうが、木や竹などの天然素材よりも一般的には「格」が高いとされているのだとか。お花でいえば、よく見慣れた椿や梅は「格」の高いお花なのだそう。それにしても、着物の着こなししかり、この「格」という単語は入門してからよく耳にするようになりました。しかしながら、その定義はいまだによくわからず。まだ学びの途中というか、入り口にもたどり着いていないかも。

画像: お家元に花の名前を聞かれた際、堂々と「リンドウです!」と答えた私も、今はこの花がキキョウだとわかるようになりました…汗

お家元に花の名前を聞かれた際、堂々と「リンドウです!」と答えた私も、今はこの花がキキョウだとわかるようになりました…汗

 お花の活け方も、目から鱗。自然界で咲いている姿のままに活けることを教えていただきました。「日頃から、自然のなかで咲く、花々の姿をよく覚えておいてくださいね」とお家元。太陽のほうへのびやかに顔を向ける木々や花。その自然のありようを、そのまま花入れへ活けていきます。「花を家のなかへ招き入れる」と表現するお家元の言葉の意味が、活け花を学ぶとすとんと腑に落ちます。理解できることと、花を素敵に活けられることは、また別なのですが…。

画像: 盆点前のお稽古。白い麻布が茶碗を拭く「茶巾」、青い麻布が「盆巾」です。お点前の流れは、写真やビデオ撮影は禁止で、お稽古のあとにメモ書きして覚えます

盆点前のお稽古。白い麻布が茶碗を拭く「茶巾」、青い麻布が「盆巾」です。お点前の流れは、写真やビデオ撮影は禁止で、お稽古のあとにメモ書きして覚えます

 さて、茶道のお稽古といえば、「お点前」を思い浮かべる方も多いはず。私にとっても、優美な所作で淹れるお茶はまぶしいばかりの憧れです。現在、初心者が最初に習う「盆点前」を習得中です。が、ここで驚くほどの自分の鈍くささと対峙することになろうとは。まったくもって、動作の流れが覚えられないのです。

 お稽古1回目は、目の前のお家元の動きにあわせて、“お点前をしている自分”にすっかり酔いしれ、気がつけばお稽古終了。もちろん、何ひとつ記憶はありません。「まあ、ゆっくりいきましょうね」というお優しい言葉に甘えます。ただ、お稽古3回目終了くらいから、鈍感な私でもぼんやりと、あれ、なんだか、ものすごく覚えが悪いかも…と自覚しはじめるもの。お点前の一連の動きについていけない自分。ふと、遠い記憶が脳裏によみがえります。そう、それはまるで小学生の頃に遊んだ旗揚げゲームみたい。「赤上げて、白下げないで赤下げる」。致命的に才能がなく、最下位争いの常連だったような。「左手で盆巾をとって、右手に持ち替えて、右手のひらに。左手で茶托をもって右手の盆巾の上にのせて、左手の上に茶托をすべらせて〜〜〜」と、延々に旗揚げゲームは続いていくのですが、だいぶ歳を重ねた今、あの頃以上の鈍さと飲み込みの遅さに、自分でも冷汗がでるほど。

画像: お稽古で淹れたお茶と食べる和菓子も楽しみのひとつ。お家元のお嬢様の手づくりの上生菓子が眼福です PHOTOGRAPHS BY ASAKO KANNO

お稽古で淹れたお茶と食べる和菓子も楽しみのひとつ。お家元のお嬢様の手づくりの上生菓子が眼福です
PHOTOGRAPHS BY ASAKO KANNO

 それでも、お家元も、近頃お点前のご指導をくださるお嬢様も、そんな劣等生の私になんと心が広いことか。顔色ひとつ変えず、辛抱強く何度でも教えてくださいます。自分だったら、「えー、また忘れちゃった?」と思わず口に出してしまいそうなものですが。

 申し訳なく思いつつも、この歳になって「学ぶ」楽しさを知ったこと、そして未知の世界を覗かせてくれる師匠がいることを、とても嬉しく思うのです。そして「お稽古」をする自分が、幼少期の自分と重なることにすらときめきます。知らないことだらけで、毎日が驚きに満ちていたあの頃。入門後の世界は、遠い記憶の中に眠っていた童心のようなわくわく感を思い出させてくれます。亀の歩みで進んだ先に、何が見えるのか。その景色を楽しみに、奈良への通い路を続けていけたらと思います。

菅野麻子 ファッション・ディレクター
20代のほとんどをイタリアとイギリスで過ごす。帰国後、数誌のファッション誌でディレクターを務めたのち、独立し、現在はモード誌、カタログなどで活躍。「イタリアを第2の故郷のように思っていましたが、その後インドに夢中になり、南インドに家を借りるまでに。インドも第3の故郷となりました。今は奈良への通い路が大変楽しく、第4の故郷となりそうです」

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