BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY TAMEKI OSHIRO
25歳で挑む、“祖父の当たり役”という高いハードル

──ウィリアム・シェイクスピアの悲劇の最高傑作である『ハムレット』に挑まれるお気持ちをお聞かせください
片岡千之助(以下、千之助) 最初にお話をいただいたときは、ただただ「演れるんだ」という嬉しさ が大きかったですね。祖父(片岡仁左衛門)がかつて演じていた役でもあるので、昔から写真でその姿を見ていて、憧れのような漠然としたものがありました。自分の中では“ハムレット=祖父”という印象が強かったんです。祖父は20歳を過ぎた頃には、後に 当たり役とされる数々の演目にすでに挑戦しています。年齢という物差しでは測れない努力や経験値というものがあって、僕が祖父と同じ歳に同じことをできないとは思っていますが、そのいっぽうで高いハードルにチャレンジしたいという気持ちもあります。今、25歳という年齢でその役に挑むことができることに、素直にワクワクしていますし、ハムレットという祖父の当たり役のようなものを僕が演らせていただけるということへのうれしさが募ります。
──今回の上演台本を読んだときの印象はいかがでしたか?
千之助 正直、想像を超えてくる本当にすごい作品だと思いました。膨大な物語の密度と厚み、どこをとっても抜け目がない緻密な構成。翻訳を担当された松岡和子先生の日本語もとても深くて、読めば読むほど引き込まれ、溺れていくような感覚があります。本当はフルで演りたいという思いもありましたが、公演時間のことを考えるとカットせざるを得ない部分があるという、そのご判断には納得しています。もしかするとカットすることで伝わり方が変わることもあるかもしれませんが、最終的に『ハムレット』という作品を通して伝えたいことにキャストが一丸となって臨めたらと思います。
──これまでに『ハムレット』の舞台や映像をご覧になったことはありますか?
千之助 実は祖父が演じた『ハムレット』を映像でも観ることができました。今年の初めに、祖父が昔の舞台稽古の映像を僕のために用意してくれて「せや、これを見てみなさい」と渡してくれたのです。祖父は3回、ハムレットを演じているのですが、約40年前の映像が残っていたんです。もちろん、画質はよくないのですが、当時の祖父の声がちゃんと聞こえましたし、たまに顔も映っているので、それは本当にうれしかったですね。その姿が、今も目に焼き付いています。ほかにも蜷川幸雄さんが演出の 藤原竜也さん主演の舞台や吉田鋼太郎さん演出の柿澤勇人さん主演の舞台、ローレンス・オリヴィエ版などの映画も観ました。
ハムレットに自己投影をするように、役に向き合う

──舞台の映像や映画をご覧になって、何か気づきを得られましたか?
千之助 歌舞伎であれば祖父の当たり役を勤めさせていただくことがあればもちろん祖父に習ったり、祖父の映像を観て真似をしたりするのですが、今回演じるのは歌舞伎ではありません。祖父が演じるハムレットを同じように真似てそこから得られるものもあるのですが、お稽古期間を経て、まずは“片岡千之助のハムレット”というものを見つけなければならないと思っています。何かに固執することなく、いろいろな解釈や表現の仕方を体験して、その中から自分がしっくりくる感覚を探します。あとは自分の心がいかにハムレットという人物の心とリンクしたり、シンクロしたりすることが大事だと思っています。無理に寄せていくのではなく、うまく導かれてハマっていくといいですね。そういう意味で僕自身のチャレンジの仕方としては、今までとは少し違う方法に取り組んでみます。
──今回の演出を手がける彌勒忠史(みろく・ただし)さんについて、印象を教えてください
千之助 彌勒さんはとても優しい方で、まだ本読みの段階ですが、役者一人ひとりの表現を尊重してくださる印象があります。カウンターテナーとしてもご活躍されているので、発声や身体の使い方など、ぜひ教えていただきたいことも多いですね。今回の翻訳は僕が松岡先生を提案して採用していただいたのですが、そうした意見が通る現場でもあるので、僕もバランスを見ながら思ったことを発言できたらと思います。これから作品を「共に作る」作業が楽しみです。
──ハムレットという人物を、今どのように捉えていますか?
千之助 真っ直ぐで、強さはありながらも弱さゆえの怒りもある。本を読んでなんとなく理解しているハムレットと、お客様にわかりやすくて楽しんでいただけるかという軸で考えるハムレットでは人物像が変わってくるので、まだ「これだ」と決めきれてはいません。ハムレットの心情というものは、一本道ではないからだと思います。けれど、僕自身が彼に共感できる面も確かにあります。ハムレットは、王子という宿命の中で、自分が生きる意味、自分の生き方を模索する。僕自身も 、歌舞伎の家に生まれたという背景や役者としての立場の中で、「自分とは何か」を常に問い続けています。だからこそ、自己投影に近い感覚でこの役に向き合っているのかもしれません。ハムレットを通して、これからの自分の役者人生をかけている部分もあって“千之助はどう切り抜けていくのか”、と自身に問いかけている感じです。ですから、ハムレットを演じることで絶対に見えてくるものがあると思っているので、その先にある景色を追い求めたいと思います。
──同じハムレットを演じた仁左衛門さんからは、映像だけでなく何か直に言葉で教わったことはありますか?
千之助 「物語の筋として、人間がずっと同じ心情というものはないんだよ。いろいろな解釈もあるし、同じ人間でもさっき話していたことと次に話す時には全く違う発言をする。人間とはそういうもの」と、食事をしている時に言われて、確かに人にはこういう人というベースがあっても、それを表にアウトプットの出方は時と場合によって違う。たとえば朝起きた時の機嫌と夜の機嫌では違いますよね。そう聞くと、ハムレットを読む上でも、この時はこういう心情で、こうだからこういう人間だと決めつけるものではないのだなと思いました。祖父の言葉には人物の捉え方のヒントとしてとても納得しましたし、「歌舞伎でも同じだよ」とも言われました。

──現代劇に立つことは、歌舞伎役者としてどんな意味を持ちますか?
千之助 歌舞伎と現代劇はジャンルで言えば別物ではありますが、僕にとってはどちらも「芝居」であって、どちらか一方という意識はあまりありません。どちらもできなければならないと思っているので、歌舞伎で学んだことが現代劇に生きることもあれば、現代劇の経験が歌舞伎に還元されることもあります。大事なのは、その場その場で、自分の表現をどう立ち上げていくか。その意味では、今回西洋演劇という歌舞伎とは異なる土俵で、ちゃんと勝負したいと思っています。
──歌舞伎俳優としてではなく、一人の俳優として挑むということですね
千之助 そうですね。もちろん「歌舞伎俳優の千之助がハムレットを演じる」という見られ方をされることもあるとは思います。でも、舞台上では「ハムレットとして生きること」に集中したいです。そのために必要な表現を一から組み立て直す。そういう覚悟を持って臨んでいます。
僕は毎回そうなのですが、自分自身を見ることが苦手で、ちゃんと見られるようにしなければならないと思っています。最もわからないことは、“自分がどうなのか”ということで、他人の悩みにはアドバイスができるのに、自分には冷静な答えが見つからないですし、見つかったとしても、その答えの通りすぐに行動できるかといえばできません。そんな自分ができるのは“今”を積み重ねること。過去も未来も不確定要素しかないので、“今”しかないと思って、やれるだけのことをやりたいと思います。
──日々の生活の中で、どのように気分転換をされていますか?
千之助 本当にごく普通ですよ。Netflixでドラマを見つけて観ていますが、特に海外のドラマが好きです。ご存じの方からすると出遅れていると思われますが、『ストレンジャー・シングス』に一気にハマって、どっぷりと浸かっています(笑)。6月に配信が始まった『イカゲーム』のシーズン3も楽しみです。海外の作品はスケールが大きくて、日本の作品も負けていない部分はありますが、海外の作品を観ていると、自分の仕事に対しても夢を持てるんです。Jリーグの選手が海外のチームに入ってチャンピオンズリーグで優勝したいという気持ちに似ています。
サッカーも好きで、日本代表やJリーグもチェックしていますし、役者仲間とオンラインゲームで遊んだりすることもあります。あとは、寝るのが下手なので、つい深夜まで海外のサッカーの試合やドラマを観てしまって……(笑)。
──今回の『ハムレット』で、千之助さん自身が得たいものは?
千之助 今はまだ、「これを得たい」と明確には決めていません。でも、この作品を通して、自分の中に何かしらの“光”のようなものを見つけられたらいいなと思っています。ハムレットがいかに自分らしく生きるか、自分で自分の人生を決断するというプロセスが、今の自分にも効いてくるのではないかと思います。何が正解なのかはわかりませんが、最終的には、自信を持って「やり切った」と言えるようになれたらいいなと思います。そのためにも、今はとにかく、やれるだけ全力でぶつかるだけです。

片岡千之助(かたおか・せんのすけ)
2000年生まれ、東京都出身。片岡孝太郎の長男。祖父は片岡仁左衛門。2003年に大阪松竹座『男女道成寺』の所化で初お目見得。2004年に歌舞伎座『松栄祝嶋台』で初代片岡千之助を名乗り初舞台。2011年、戦後初となる祖父と孫での『連獅子』を仁左衛門と実現させる。2012年より自主公演「千之会」を主催する。青山学院大学に在学中。
ヘアメイク/丸谷美樹 スタイリスト/李 靖華
ジャケット¥14,990・パンツ¥10,990/UNFILO
オンワード樫山
TEL. 03-5476-5811
シャツ¥44,000/NAHYAT
NAHYAT
TEL. 050-8893-1171
その他/スタイリス私物

PHOTOGRAPH BY YUSUKE ABE
舞台『ハムレット』
出演者:片岡千之助/花乃まりあ、高田翔、山本一慶、朝月希和/福井晶一
(東京公演)
会場:新国立劇場 小劇場
日程:2025年9月3日(水)〜9日(火)
(京都公演)
会場:先斗町歌舞練場
日程:2025年9月13日(土)〜15日(月祝)
問合せ:アーティストジャパン TEL. 03-6820-3500
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