世界が注目する刺繍作家、沖潤子。魂を解き放つ作品が生み出される経緯を、作家・光野桃が尋ねる

BY MOMO MITSUNO

画像: 現在制作中のもの。《つばめ》と《ひばり》のジャケットの身頃部分。刺繡糸ではなくミシン糸を用いる。 PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI

現在制作中のもの。《つばめ》と《ひばり》のジャケットの身頃部分。刺繡糸ではなくミシン糸を用いる。
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI

 昨年の夏のこと、ある雑誌の仕事のために、刺繡の作家を探していた。検索を続けるなかで『PUNK』(文藝春秋)という本に巡り合う。それが沖潤子さんの作品集だった。表紙を開けたとたん、身体が吹き飛ばされるような衝撃を受けた。画面いっぱいに迫ってくる赤や白や黄色の渦巻。それらは太陽や曼荼羅や宇宙図を思わせた。地衣類、粘菌、不思議な文字と数式で埋め尽くされた南方熊楠のノートのようにも見えた。溶岩が流れ赤く燃えあがる山、皮膚に浮き出た血管、増殖する細胞、波打つ丘、切腹前の白装束、そして女性器を連想させる、糸で描かれた渦、渦、渦。
 このひとはいったい何者なのか。今すぐ会いたいという衝動にかられた。調べてみると、1週間後にトークイベントがあると知る。8月2日、猛暑の中を下北沢の小さな書店に行くと、黒いローブに身を包み、美しい黒髪を後ろで束ねた神秘的な風貌の女性がいた。そのひとはゆっくりと、ふんわりと、優しげな声で話した。温かな印象が残り、激しい作品とのギャップに、興味がさらに深まった。

画像: 《midnight》。金沢21世紀美術館の「コレクション展1 Nous ぬう」(終了)より。 PHOTOGRAPH BY SHINTARO YAMANAKA(QSYUM!)COURTESY OF 21ST CENTURY MUSEUM OF CONTEMPORARY ART, KANAZAWA

《midnight》。金沢21世紀美術館の「コレクション展1 Nous ぬう」(終了)より。
PHOTOGRAPH BY SHINTARO YAMANAKA(QSYUM!)COURTESY OF 21ST CENTURY MUSEUM OF CONTEMPORARY ART, KANAZAWA

 それから約1年が過ぎ、やっと作品を観ることができた。21世紀美術館の「コレクション展1 Nous ぬう」に、ゲスト作家として新作が出品されたのだ。それらは『PUNK』で見ていたものよりさらに密度が濃くなっていた。赤と白の布に刺された《midnight》は、火山の赤色立体地図のようであり、ヴィクトリアンジャケットの袖だけが切り離された《つばめ》と《ひばり》は、びっしりと刺された糸によってもはや立体化し、地上に縫い留められた鳥のもがくさまを思わせた。

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