サンローランというメゾンのデザイナーの地位を引き継ぐアンソニー・ヴァカレロ。彼なりの流儀で過去を今に結びつける

BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY JACKIE NICKERSON, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 サンローランのふたつめのメゾンはベルシャス通りにある。かつて大修道院、続いて元国防庁として使われたこの建物が、メゾンの企業本部になる予定だ。多くの大手ラグジュアリー企業の業績見通しが暗いなか、サンローランは逆境を乗り越えてきた。2016年の売上高は前年比25パーセント増、年間売上高は2年立て続けに10億ドル(約1,125億円)を超えた。5 年前に比べて約3倍の増収である。サンローランの株式の過半数は複合企業ケリンググループが所有しているが、グループ傘下の数あるラグジュアリーブランドの中で、サンローランは2016年に2番めの地位を誇ることになった。

 巨額の富を有する、文字どおり建て直し中のメゾン。こんな状況のなかでヴァカレロは、2016年9月にファースト・コレクションを発表した。会場には複数のスポットライトが設けられ、約10メートル大のYSLロゴのネオンがクレーンでつり下げられていた。見る人によって、あるいはその人のシニカルさの程度によって、それはベッドメリー(※ベビーベッド用モビール)にも、餌をつけた釣り針にも、ダモクレスの剣(※王の栄光を羨んだダモクレスを天井から剣を吊るした玉座に座らせ、栄華の陰に危険が潜むことを伝えた故事)にも見えた。ちなみに、この改装工事現場がヴァカレロとの会見の場というのもありえなくはなかった。

 三つめのメゾンが位置するのは、マルソー大通り5番地。ユニヴェルシテ通りのメゾンが創作の拠点で、ベルシャス通りのメゾンがビジネス面での本部なら、ここにはサンローランの魂が宿っている。世界の最も裕福で、最も洗練されたセンスの顧客たちの服をあつらえた、かつてのオートクチ
ュールハウスはここにあったのだ。建物は当時のままだが、イヴ・サンローランが2002年10月に引退して以来、そのアトリエは扉を閉じた。以来、ここはピエール・ベルジェ― イヴ・サンローラン財団の本部として使われてきた。財団はイヴ・サンローランの関心事や彼の作品とつながりのあるアートやモード展を催す慈善団体である。だがここも2016年4月に閉鎖した。この秋、大幅な改修工事を経て、これまでより少し端的な名称の「イヴ・サンローラン美術館」に生まれ変わるのだ(マラケシュにも同館がオープンする。所在地はイヴ・サンローラン通りだという)。

画像: メゾンの壁に掲げられたイヴ・サンローランの写真

メゾンの壁に掲げられたイヴ・サンローランの写真

 マルソー大通りのこの場所には、イヴ・サンローランの歴史が詰まっている。服、アクセサリー、デザイン画、サンローランに関するオブジェなど合わせて2万点以上のものがここに保管されているのだ。かつてのアトリエに配されているのは、オートクチュールの服と保存管理部のオフィス。スタッフ用のカフェテリアだった場所には、帽子に靴、そしてジュエリーが、美術館並みの厳重な管理下にて所蔵されている。デザイン画の所蔵室に鎮座するのは、高圧ガスのシリンダーだ。火災時にはこれらが爆発して部屋を蒸気で満たし、デザイン画を火から守るらしい。オープンを控えたイヴ・サ
ンローラン美術館の館長オリヴィエ・フラヴィアーノは、シーズンごとに分類され箱に保管された、これら何千枚ものデザイン画が何よりも大切だという。「なにしろイヴ・サンローラン本人の手で触れたものですからね」と彼は強調した。この建物は、いわばモード界の“ツタンカーメンの墓”なのだ。

 イヴ・サンローランにとって“歴史”、つまり“歴史と継続性”には重要な意味があった。彼は生涯で4匹のフレンチブルドッグを飼ったが、 4 匹とも名前はムジークで、一匹が世を去ると、すぐさま別のそっくりな犬を飼った。メゾンの後継デザイナーについても同じことがいえる。イヴ・サンローランがまだメゾンの舵取りをしていた頃、レディス・プレタポルテのデザインは、のちにランバンのデザイナーとして名を馳せるアルベール・エルバスに譲り、メンズは若手フランス人のエディ・スリマンに委ねた。 スリマンはいったんこのメゾンを去るが、2012年にまた舞い戻り、クリエイティブ・ディレクターとしてメンズ・レディスの全ラインを統括した。それ以外の期間はデザイナー兼ディレクターのトム・フォードや、イタリア人ステファノ・ピラーティがメゾンを取り仕切った。2016年の春、スリマンは再びこのメゾンを立ち去った。その後継者が、ベルギー生まれのまだ若きイタリア人、ヴァカレロだ。彼らのコレクションはおおよそ共通して、イヴ・サンローランの輝かしい歴史をモダンに解釈したものだった。

 

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