サンローランというメゾンのデザイナーの地位を引き継ぐアンソニー・ヴァカレロ。彼なりの流儀で過去を今に結びつける

BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY JACKIE NICKERSON, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像: 1970年秋冬のシルクのシャンティレースを用いたドレス © FONDATION PIERRE BERGÉ – YVES SAINT LAURENT, PARIS / ALEXANDRE GUIRKINGER

1970年秋冬のシルクのシャンティレースを用いたドレス
© FONDATION PIERRE BERGÉ – YVES SAINT LAURENT, PARIS / ALEXANDRE GUIRKINGER

 さて、こんな偉大な人物といったいどう 向き合えばいいのだろう。「正直なところ、いろいろ考えすぎないようにしていたよ」。ヴァカレロは飾らずに答えた。

「ここに来てまず僕は、ピエール・ベルジェに会ったんだ。メゾンについてはもちろん、イヴ・サンローランがどういう人物だったのか、そのエスプリをきちんと理解したくてね。僕が何よりまず話を聞きたい、会いたいと思ったのがベルジェなんだ。そのあとは資料室に行って、頭の中にあるイメージを明確にしていった。頭にイメージが浮かんだものは、すべて本物の服を見て確かめたかったんだ」

 ここ半世紀のファッションに関心をもってきた人なら誰でもできるだろうが、僕はサンローランの代表的スタイルをすべてそらで言える。ピエト・モンドリアンの絵画モチーフのドレス、スモーキング、つまりタキシード、ロシアバレエ・コレクション、1971年発表のボリュームの あるグリーンのファージャケットといった具合に。僕がこれらをひとつずつ挙げていくと、ヴァカレロもうなずいていた。

「自分の頭の中にあったイメージをすべて取り出して、一週間かけてこれらの服全部を実際に目にしたんだ。驚くほど素晴らしかったよ! それから考え始めたんだ。こうやって理解したサンローランを、僕はいったいどう表現しようかと。前任デザイナーたちと、いったいどう違いを出そうかって。僕は現実的なものより、夢を見られるものが作りたかったんだ。イヴ・サンローランは最初の頃、リアルクローズを作っていたけれど、今やリアルクローズはどこの店にも、ザラにだってあるからね。そして誰もが、彼が70年代に予見したとおりのスタイルをしている。だから僕はピーコートやトレンチコート、サファリルックといったものは採り上げなかった。資料室で見たそのままのスタイルを参考にするんじゃなく、いろいろな要素をコラージュみたいに組み合わせた服が作りたかったから」

 この話を聞けば、サンローランにおける彼のデビュー・コレクションの根底にあるものが理解できる。「それぞれの服は、サンローランの歴史的なデザイン要素を集めたものなんだ」と彼は説く。1982年のドレスのたっぷりしたギャザースリーブ、 1991年のリボン飾り、ジャンルー・シーフの写真で有名な、1971年のドレスに施されたレース装飾......すべてをミックスして、ヴァカレロは今らしいスタイルを再構築したのだ。まるでグーグルイメージで「YSL」とタイプして、出てきた要素をいくつか選び取ってデザインするみたいに。こうしてヴァカレロは、ショート丈、挑発的なムード、すらりとしたレッグライン、 80年代風の誇張したショルダー、ずり落ちたように見えるアームといったディテールが特徴のコレクションを作り上げた。ヴァカレロの服が語るのは、クチュールというよりクラブカルチャーだ。ビロードやレザーのスクープネック(深くえぐった襟ぐり)のドレスの 一部は、丈をカットしてトップスにした。その下には、あのイヴ・サンローランに「できれば自分で発明してみたかった」と言わしめた唯一のアイテム、ジーンズを組み合わせる。また、ヴァカレロはサンローランのアイコン的なミニオブジェをあちこちに加えた。シノワズリー・コレクションを彷彿させるタッセル飾りはイヤリングに、カサンドラがデザインしたYSLロゴはピアス やヒールにあしらった。

画像: サンローランのデビュー・コレクションで、ヴァカレロは過去のデザイン要素をコラージュ風に組み合わせたドレスを発表した ©SAINT LAURENT

サンローランのデビュー・コレクションで、ヴァカレロは過去のデザイン要素をコラージュ風に組み合わせたドレスを発表した
©SAINT LAURENT

「それぞれの人に、その人なりのイヴ・サンローランのイメージがあるからね」と彼は不満そうにため息をついた。「サンローランはあれだけ多くのものを創り出したんだ。しょせん無理な話なのさ」。何が無理なのだろう。期待にこたえること? イヴ・サン ローランの広大な世界を一度のコレクションで表すこと? それとも、すべての人に気に入ってもらうこと? ヴァカレロがデビュー・コレクションのテーマとして、サ ンローランの歴史を代表する名作ではなく、思いがけないスタイルを選んだ理由は、 彼のこんな発言に潜むのかもしれない。「イヴ・サンローランが生み出したスタイルをすべて見ていくと、その数がほかのどのメゾンより膨大だってわかるんだよ」。彼の声が少し弱まった。「フラワーモチーフにしようかと思っても、もうすでにイヴ・サンローランが手がけている。レースの装飾にしようかなと思っても、これも彼がとっくに採り入れているんだ」

 

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