サンローランというメゾンのデザイナーの地位を引き継ぐアンソニー・ヴァカレロ。彼なりの流儀で過去を今に結びつける

BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY JACKIE NICKERSON, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 マルセル・プルーストはこう考える。「過去の記憶は、事実のままの姿でとどまっているとは限らない」。まさにイヴ・サンローランにあてはまる言葉だ。ついでに言えば、サンローランはプルーストに傾倒したあまり、彼が所有する城館には、プルーストの作品をテーマにした内装を施した。またルイ・ヴィトンで『失われた時を求めて』の本を入れて運べるモノグラム入りのケースを特注した。誰もが描くイメージとは違って、サンローランはつねに崇められていたわけではない。時代を先取りしすぎた1971年の「40年代ルック」は当時ひどくこき下ろされた。 “イヴ・サンデバークル(イヴの聖なる失敗)”と呼ばれ、そのショーは”悪趣味の快挙”と揶揄されたのだった。

 また、これは周知のことかもしれないが、サンローランで活躍してきた代々の後継デザイナーのうち、デビュー期から成功した人はいない。それぞれが厳しい試練を味わってきた。トム・フォード版サンローランは、一部から軽蔑的な意味で「スリック!(“素晴らしい”のほか “俗受けねらい” の意味がある)」と言われ、ピエール・ベルジェはあからさまにコメントを避け、当時生存していたイヴ・サンローランはショーを観に行こうとしなかった。

 ステファノ・ピラーティ版サンローランは、陳腐なフレンチスタイルと批判され、彼が手がけたフリルスカートはイースターパレードのひよこにたとえられた。スリマンによる初期のサンローランは、「トップショップ」や米スタイリストのブランド「レイチェル・ゾー」風だと嘲笑されることもあった。ヴァカレロは「サンローランのデザイナーは、みんなに嫌われるんだ」と笑う。「でも僕はそういうことにも興味をそそられるし、嫌じゃない。もしかしたらマゾなのかな。このメゾンに宿る情熱が気に入っているんだ。これを好きか嫌いかは、はっきり分かれるだろうけれど」

 ヴァカレロのデビュー・コレクションの批評はまちまちだった。彼はフランス人が 感嘆したように眉を上げていたと言うが、ほかの国、特にアメリカ有力紙の反応はいまひとつだった。この話を切り出すと「僕のしていることについて、いろいろな反応があるのは嫌じゃないよ」と彼は冷静なトーンで答えた。ベルジェが気に入ってくれたように見えたのが、ヴァカレロはうれしかったらしい、「ベルジェは、イヴ・サ ンローランの世界ときちんとつながったものが好きなんだよ」と彼は言った。

 サンローランとヴァカレロの間には、一見何のつながりもないように見える。彼の感性はイタリア人には「ベルギー人的すぎる」と言われ、ベルギー人からは「イタリア人的すぎる」と批判されてきたという。オリヴ ィエ・ティスケンスも通っていたベルギーの国立美術学校「ラ・カンブル」在学中に、現代デザイナーのひとりを研究することになり、ほかのベルギー人学生が、脱構築スタイルで知られたベルギー人、アン・ドゥム ルメステールや、ミニマリストのヘルムート・ラング をテーマにするなか、彼はトム・フォードを選んだらしい。その後、ローマの「フェンディ」にて、カール・ラガーフェルドのもとで働いてから、ヴァカレロは2009 年に自身のブランドを立ち上げる。アズディン・アライアやトム・フォード風のボディコンシャスなラインと、改造したようなディテールが効いた彼のセクシー なミニドレスは注目を集めた。2014年からはドナテラ・ ヴェルサーチに見いだされて、「ヴェルサス ヴェルサーチ」のデザインも担当したが、ここでも自身のブランドと共通のスタイルを提案していた。

 こんな彼の経緯を見ても、サンローランでの就任はやはり予想外の展開に思えてしまう。ヴァカレロ自身、 このケリンググループからのオファーなど予想もしていなかった。「いくつかのメゾンから声をかけられたことはあるけど、いつも答えはノーだった。自分のブランドを見放したくなかったから。たとえば、そう、今回のような話をもらうまでは」。ヴァカレロは、大理石のアルコーブにはめ込まれた姿見を見やると肩をすくめた。「ここに来たのは、僕が礼儀正しい人間だから。 もちろん最初は、“ノー、ノー、ノー!”って感じだったよ。でも深刻になるのをやめてこう考えたのさ。“自分のブランドを休止してもいいと納得ができて、興味をもって仕事に取り組めるメゾンがあるとすれば、それはサンローランしかない”って」。彼がサンローランからの正式なオファーを受けてから、世にはあらゆる噂が飛び交ったが、2016年4月の公式発表までヴァカレロは数カ月間、沈黙を守っていた。

 

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