サンローランというメゾンのデザイナーの地位を引き継ぐアンソニー・ヴァカレロ。彼なりの流儀で過去を今に結びつける

BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY JACKIE NICKERSON, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 ユニヴェルシテ通りにあるヴァカレロのオフィスは、 以前彼が使っていた“アトリエ全体”に相当する広さがある。そこには、彼が次の3月のショーに採り入れる予定の、さまざまな要素がピンで留められている。それは布でもスケッチでもない。山のようなビジュアルが重ねられ、束ごとに“ビッグ・ブラック・スパン コール”とか“アニマル・エンブロイダリー”と名前 が付けられている。彼自身のブランドのデビュー・コ レクションで見たような、80年代風パーティドレスと ファーコートが多いようだ。なかには、1980年にサンローラン・オートクチュールで発表された、ジャン・ コクトー作の詩『バトリー(Batterie)』の一文を刺しゅうした有名なジャケットの写真もある。その横に並ぶのは、メッセージ T シャツを着た、米ミュージシャン、 デボラ・ハリーの写真だ。「これは出発地点でしかないから」。ヴァカレロはこの写真の上をコンコンとたたきながらつぶやいた。「まだどんどん変わっていくんだ」

画像: アンソニー・ヴァカレロ

アンソニー・ヴァカレロ

ヴァカレロは、メンズラインを手がけないという選択をしていた。彼自身がメンズのデザインが得意でないことを認めていて、メンズのビジネス面にもそれほ どかかわっていないようだ。サンローランのキャンペ ーン広告にはメンズモデルも登場するが、一般的に彼らには、女性モデルのアクセサリー的な役回りしかない。タッセルのイヤリングやロゴモチーフのヒールと似たような役割だ。ビジュアルはヴァカレロにとって重要な意味をもつ。コレクションは一度しか手がけていないのに、キャンペーンのビジュアルはすでに3回撮影している。

最初のキャンペーンビジュアルは、ジーンズだけをまとってポーズをとる、ほぼヌードに近 いモデルたちを撮影したコリエ・ショアの作品。二番めはイネス・ヴァン・ラムスウィールド&ヴィノード・ マタディンのデュオによる写真で、デビュー・コレクションのプレビューとして2016年10月に雑誌に掲載された。このキャンペーンで、モデルのアンジャ・ルービックはショルダーラインを誇張したレザーのミニドレスをまとっていた。三番めはコレクションのフルラインを紹介するもので、この春、雑誌に掲載される。再びコリエ・ショアの撮影だが、10月に展開されたシリ ーズとはがらりとイメージが変わるようだ。

「サンローランというメゾンにとって、ビジュアルはコレクショ ンより大事だって感じるときがあるんだ」。ヴァカレロ ははっきりそう言った。「大事なのは服そのものというより、雰囲気や感情、生き方や動き方のような気がしてね。ジャケットを買うよりも、雰囲気を添えるバッグを買うような、そういう感覚だよ」

 ビジュアルで人を引きつけるテクニックにかけては、サンローランというメゾンの右に出る者はいない。初のメンズ用香水の宣伝のために、イヴ・サンローラン本人のヌード写真を撮り下ろした話は有名だ。また、香水「オピウム」は、「イヴ・サンローランに溺れたい人のために」というキャッチフレーズが物議をかもしたが、結局、莫大な人気を博すことになった。同様に 前任デザイナーのスリマンも、ビジュアルキャンペー ンの力を見せつけた。彼の手がけたウェア自体の評判 は芳しくなかったが、洗練されたビジュアル広告とブランドイメージの全面的な見直しのかいもあって、売り上げは好調だった。ヴァカレロにとっての“リトマス紙試験”もここにある。つまり、彼の存在を示す、 明確なアイデンティティを打ち出せるかどうかに、すべてはかかっているのだ。こう考えると、ヴァカレロ のデビュー・コレクションは、前任スリマンが手がけたイブニングドレスのラインと明確な違いがあったとはいえないかもしれない。

  究極を言えば、成功は売り上げで決まる。イヴ・サンローランの歴史や、資料室に秘蔵された何千種もの服についてあれこれ騒ぎ立てたところで、そもそもレガシーなど大事なのだろうか。モード界にこれほど尊重され、もてはやされ、崇拝された名高いメゾンの文化的財産に、普通の客たちがどれほど興味をもつのだろう。ヴァカレロのコレクションを理解するには、イヴ・サンローラン美術館に足を向けなくてはならないのだろうか。

 ヴァカレロのコレクションには、一目瞭然のロゴ使いによって、イヴ・サンローランの世界と露骨に結びつけられた点がいくつかある。けれど、こうした明確な点だけではなく、それぞれの服がヴァカレロの説明どおり、“多様な要素のコラージュ”だと分析できて、 メゾンの伝統に結びつけられる人も多少はいるのかもしれない。でも単に、着る喜びを味わうのに、こんな分析など無用ではないか。その昔、イヴ・サンローラン・オートクチュールの輝かしい顧客の顔ぶれは、それぞれの知性と教養が反映された服を選んでいたという。彼女たちは、キュビスムやシェイクスピアといった、イヴ・サンローランの着想の源が理解でき、彼の情操を高く評価していたそうだ。つまり、当時と今とでは、状況がまったく違うのだ。

「僕の役割はサンローランのアイデンティティを変えることじゃないんだ」とヴァカレロは説明する。彼の任務は「今らしく作り替えること」だそうだ。これは、つねに落ち着く間もないデジタル時代の、まったく新しいファッションへのアプローチ方法なのかもしれない。この新しいモードにおいて、過去の歴史は探さなければ見つけ出せない、奥深いところにしまい込まれている。

 プルーストの言葉を言い換えればこうなる。“求めようとする人だけが、失われた時を見いだせる”。

 

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