変化し続ける
芦田多恵の現在地

TJ People Vol.3 ー TAE ASHIDA
女性らしさを際立たせるだけでなく、そこに躍動感を与える服を作り続けるデザイナー、芦田多恵。デビューして27年目を迎える彼女が、いま変化のときを迎えている

BY ASATO SAKAMOTO

画像: TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。 ヴィスコースシルクで作られたジャパネスクなムードのドレス。ビッグシルエットだが軽量。着心地も忘れない PHOTOGRAPH BY YUSUKE MIYAZAKI(SEPT)

TAE ASHIDAの2018/2019秋冬コレクションより。
ヴィスコースシルクで作られたジャパネスクなムードのドレス。ビッグシルエットだが軽量。着心地も忘れない
PHOTOGRAPH BY YUSUKE MIYAZAKI(SEPT)

 彼女のクリエーションが変化していった理由にはもう一つ、50歳という節目の歳を迎え、改めてこれまでの活動や自分自身を振り返る機会を得たことにもあった。

「ちょうど父(芦田淳)が会社創立から50周年を迎えたタイミングでした。大規模な展覧会の準備で忙しく、50歳になったという実感がまるでなかった。でも翌年、51歳の誕生日に初めて自分の歳に向き合ったとき、自分の思い描いていた50歳とあまりに違っていることに気づいたんです」

「思い描いていた50歳とは、どこか違ったのですか?」と訊ねると、「すべてです」と即答が返ってきた。キャリアとしても実力としても揺るがないものを持ち合わせているように思える彼女の、思いがけない言葉に驚く。

 高度成長期の真っただ中、東京オリンピックが開催された年に、日本のプレタポルテを先導してきたデザイナー・芦田淳の娘として生まれた。アメリカでファッションを一から学び、在学中からクリスチャン・ラクロワなどのもとで修行を積む。帰国後、父のブランド「miss ashida」を引き継ぐと、父のjun ashidaとはまた違う世界観を持つブランドとして確立。2012年に自身の名前を冠した「TAE ASHIDA」を発表してからは、さらにそのクリエーションを加速させていった。上質な素材にこだわり、エレガントでありながら着心地の快適さも忘れない彼女の服は、国内外を問わず多くのセレブリティたちに愛されている。また、コレクションを発表するだけでなく、ホテルや学校の制服も多く手がけ、日本人宇宙飛行士の山崎直子氏の船内服をデザインしたことでも注目を浴びた。名実ともに日本を代表するデザイナーのひとりである彼女は、しかし「これまでずっと自分が嫌いだった」と語る。

「でも、自分自身を『これは絶対に違う!』『これじゃだめだ』と思った51歳の誕生日、いま変わらなければいけない、と強く思ったんです。ずっと自分が苦手でちゃんと向き合ってこなかったけれど、これが最後のチャンスだと」。

 そうして始めたのが、前述のインスタグラムだ。

画像: 齊藤工監督によるドキュメンタリー映画『Embellir(アンベリール)』は、現在はホームページで観ることができる。芦田多恵がコレクションやショーの制作現場で日々奮闘する姿がとらえらえている COURTESY OF TAE ASHIDA

齊藤工監督によるドキュメンタリー映画『Embellir(アンベリール)』は、現在はホームページで観ることができる。芦田多恵がコレクションやショーの制作現場で日々奮闘する姿がとらえらえている
COURTESY OF TAE ASHIDA

 さらにデビュー25周年を迎えた2016年、そのキャリアと彼女のもの作りに対する思い、“芦田淳の娘としての葛藤”を、俳優であり映画監督でもある齊藤工氏が1本のドキュメンタリー映画にまとめた。それもまた、さらなる進化のきっかけとなった。

「齊藤工さんが半年にわたって私の制作現場やショーのバックステージに密着して撮影をしてくださった、『Embellir(アンベリール)』という作品です。ショーの演出家との雑談のなかで生まれたアイデアで、自分が言い出したことではあったのですが、本当に制作することになるとは(笑)。私はもともと、自分の姿を撮られたりするのが極端に苦手なのです。ですので、この撮影は神様に首根っこを掴まれて『自分の姿をちゃんと見なさい!』と言われているような気分でした。気付くのが本当に遅すぎると思うのですが、自分のことをちゃんと見つめ直さなくては、もっと大切にしなきゃいけないと、そのときに思ったのです」

 

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