今から40年前、川久保 玲は誰よりも早く常識を打ち破りジェンダーレスのメンズウェアを生み出した。彼女はその道を、今も突き進み続けている

BY ALICE GREGORY, PHOTOGRAPHS BY LAURENCE ELLIS, ARTWORK BY GENGOROH TAGAME, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 ニューヨークを拠点にするアートスクール風(美術学校の学生のような奇抜で独特なテイスト)のブランド「エコーズ・ラッタ」は先頃行われたショーで、画家や妊娠中のモデル、パフォーマンス・アーティストを登場させた。だが川久保はそれよりずっと以前に、ジャン=ミシェル・バスキア(1987年、米グラフィティ・アーティスト)、フランチェスコ・クレメンテ(1989年、伊画家)、ジョン・マルコヴィッチ(1990年、米俳優・映画プロデューサー)、デニス・ホッパー(1991年、米俳優・映画プロデューサー)、マット・ディロン(1991年、米俳優)といった人物をメンズショーのモデルに起用している。1993年には米美術家のロバート・ラウシェンバーグをランウェイに登場させたが、そのときの彼は泥酔状態だった。コム デ ギャルソンの熱烈なファンである著名な男性ももちろん数多く存在する。たとえば1992年に、46歳でパリのショーに登場した米映画監督・脚本家のジョン・ウォーターズ。ピエロ風キュロットを衝動買いしたことがあるという米作家のデビッド・セダリス。『コム デ ギャルソン』という曲を発表したR&Bシンガーのフランク・オーシャン。ほかには米俳優・ミュージシャンのジャレッド・レト、バスケットボール選手のジェームズ・ハーデン、ラッパー兼俳優のダビード・ディグス、カニエ・ウエストなどがいる。

「コム デ ギャルソンの服は、“どうしてこんな服?”ではなく、“どうしたらこんな服が!”という視点で見るのがいい」。こう語るのは、ニューヨーク在住の48歳のフリーランスのパタンナーで日本人のウタカ・ケン氏。もともと日本で暮らしていた彼は15歳のときからコム デ ギャルソンの服を着ているそうだ。「肝心なのは“どうして”こんな奇妙な服を作るのかっていうことじゃなく、“どうしたら”こんな独創的な服が作れるのだろうっていうこと」

画像: コム デ ギャルソン・オム プリュスの2019年春夏コレクションのテーマは「クレイジースーツ」。服の丈を縮め、ラテックス製ヘアピースをつけて“男性らしさ”とスーツの常識を覆した。ヘアピースをデザインしたのはショーのヘアスタイリストとして川久保と長年コラボレーションをしているパリのジュリアン・ディス (左)ジャケット¥119,000、パンツ¥37,000、シャツ¥38,000、スニーカー¥32,000 (右)ベストつきジャケット¥230,000、パンツ¥117,000、シャツ¥23,000、スニーカー¥50,000 すべてコム デ ギャルソン(コム デ ギャルソン・ オム プリュス) TEL. 03(3486)7611

コム デ ギャルソン・オム プリュスの2019年春夏コレクションのテーマは「クレイジースーツ」。服の丈を縮め、ラテックス製ヘアピースをつけて“男性らしさ”とスーツの常識を覆した。ヘアピースをデザインしたのはショーのヘアスタイリストとして川久保と長年コラボレーションをしているパリのジュリアン・ディス
(左)ジャケット¥119,000、パンツ¥37,000、シャツ¥38,000、スニーカー¥32,000
(右)ベストつきジャケット¥230,000、パンツ¥117,000、シャツ¥23,000、スニーカー¥50,000
すべてコム デ ギャルソン(コム デ ギャルソン・ オム プリュス)
TEL. 03(3486)7611

 川久保に会う際に、私が尋ねたいと思っていたのは次のようなことだ。メンズウェアをデザインする際、どんなアプローチをとっているのか。現代の、つまり2018年における“男性らしさ”をどう捉えているか。メンズとレディスをデザインするうえで、どのような違いや共通点があるか。メンズウェアはドレスコートが厳しいからこそ、よりクリエイティブで面白いものを生み出せるのかどうか、といったことだ。とはいえ、別に意義深い、はっきりとした答えを望んでいたわけではない。川久保は、格言的な言い回しが得意で(“肝心なのは拒絶すること”といった発言のように)、時空を超えたような、いかにも天才肌の人物として知られているのだ。あるとき、ジャーナリストが質問すると、彼女は紙に円を描いてその場を立ち去ったという逸話さえある。

 だが意外にも、彼女の態度はよそよそしくも堅苦しくもなかった。夫でコム デ ギャルソン社のCEOでもあるエイドリアン・ジョフィーが通訳を務めるなか、彼女は控えめながらまっすぐなプロ意識を感じさせた。だが、女性と男性を比べる話になると、熱のこもった口調になった。

「この頃は、男性のほうが新しいものを試す勇気があるようです。これは日本だけでなく世界共通のことではないでしょうか」と川久保は切り出した。なぜ女性はこんなにおとなしくなってしまったのか、なぜ最近ショーピースを買ったり着たりするのは男性だけなのかと、次々と疑問を並びたてた。女性が男性より保守的になってしまったことについて彼女は「がっかりしています」と嘆いた。「その深層にある理由がわかればぜひ教えてください。仕事に役立てたいので」

 彼女が若かった頃、特に1980年代、若い女性たちは高価な服のリストにコム デ ギャルソンの名を加え、その服を買うために長時間並ぶことをいとわなかったという。だが最近は「むしろ男性が行列をして物を買う傾向がある」と話す。「女性はなぜそういうことをしなくなったのでしょうか。シュプリームやナイキの店に、どうして女性は並ばないのでしょう」。私は自分なりの考えを伝えてみた。デジタルストリーミング世代にとって、かつてのレコード収集に代わるのがストリートウェアなのではないかと。ニルヴァーナのEP盤やカニエ・ウエストの初期のミックステープ(DJによるリミックス曲を収録したテープ)の代役となるのがストリートウェアで、それが男性特有のマニアックなコンプリート欲(徹底的な収集欲)を刺激しているのではないかと。これに対する川久保のリアクションは特になく、言葉は返ってこなかった。

 確かに女性のなかにもコム デ ギャルソンの熱烈なファンはいる(1980年代、彼女のファンたちは黒に夢中で“カラス族”と呼ばれていた)。だが男性のファンには、もっと特別な思い入れがあるようだ。「これまでいろんな服を見てきたけれど、いちばんやみつきになったブランドだよ」。気鋭のブランドを集めたコンセプトストア「トトカイヨ」ニューヨーク店の店員、レーン・スポデク(28歳)はそう語る。

 話を聞いた多くの男性と同様に、スポデクも、コム デ ギャルソンを着ると自身がアート作品になったような気持ちになると言う。彼は自由に使えるお金をすべてコム デ ギャルソンの服につぎ込み、日本に行くための貯金もしている。日本への旅は彼にとっての“巡礼”らしい。

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