今から40年前、川久保 玲は誰よりも早く常識を打ち破りジェンダーレスのメンズウェアを生み出した。彼女はその道を、今も突き進み続けている

BY ALICE GREGORY, PHOTOGRAPHS BY LAURENCE ELLIS, ARTWORK BY GENGOROH TAGAME, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 川久保は、コム デ ギャルソンの男性客は、主に学生とクリエイティブな仕事に就いている人だと話す。「自由がきかない仕事をしている男性は、きっとわれわれの服を着ないでしょうね」。彼女自身、メンズウェアの制約(落ち着いたカラー、スーツ用の素材、仕事に適したデザイン)があるからこそ、その創作は面白いと認めている。見たこともない新しい服を創ることを常に自らに課している川久保のようなデザイナーにとって、取り組みがいのあるクリエーションなのだろう。「洋服のベースは、メンズファッションにありますから」と川久保は説いた。

「コム デ ギャルソンの服でいちばん優れていると思うのは、服が体にフィットすること。見た目は変わっているけれど、実は体にしっくりとなじむし、デザインもかなり実用的なんだ」とウタカは説明する。彼にお気に入りの一着があるか尋ねると、「2012-’13年秋冬コレクションの驚くほど見事な黒のコート」だと教えてくれた。「一見、誰でも作れるんじゃないかと勘違いしてしまうかもしれない。まるで二枚の布をささっと縫い合わせただけの服に見えるから」。ウタカが言及したのは、「二次元(The Future’s in two dimensions)」というテーマのコレクションの服だ(コレクションには毎回テーマがあり、それに即した服が創られる。だが川久保が文字どおりに解釈するテーマは、抽象的な概念のように感じられることが多い)。この服の特徴はその視覚的なパラドックスだ。フラットに見えるのにボリュームがあり、肩は丸みを帯び、ウエストはくびれ、ヒップは角張っている。まるでペーパードールのために作ったパーカーのようだ。ウタカはこの服のドレーピング(立体裁断)技術とラペル(下襟)のつくりが素晴らしいと言う。コートの構造はシンプルに見えるが、そのテクニックはシンプルとはほど遠いものなのだ。

画像: 2019年春夏コレクションで川久保はスーツのシルエットと構造を崩してクレイジーなタキシードや複雑なひねりを効かせたセットアップ、縮めているのに。オーバーサイズなシルクスーツなどを披露した (左)ジャケット¥168,000、パンツ¥149,000、シャツ¥19,000、スニーカー¥32,000 (右)ジャケット¥149,000、パンツ¥43,000、シャツ¥21,000、スニーカー¥32,000 すべてコム デ ギャルソン (コム デ ギャルソン・ オム プリュス) TEL. 03(3486)7611

2019年春夏コレクションで川久保はスーツのシルエットと構造を崩してクレイジーなタキシードや複雑なひねりを効かせたセットアップ、縮めているのに。オーバーサイズなシルクスーツなどを披露した
(左)ジャケット¥168,000、パンツ¥149,000、シャツ¥19,000、スニーカー¥32,000
(右)ジャケット¥149,000、パンツ¥43,000、シャツ¥21,000、スニーカー¥32,000
すべてコム デ ギャルソン (コム デ ギャルソン・ オム プリュス)
TEL. 03(3486)7611

 コム デ ギャルソンの服に潜む“実用性”は、おそらく川久保のデザインにおける“最も伝統的なメンズウェアの特徴”だろう。このブランドの服を着る人はよく、新調した服でも、新品のように感じないと言う。タグがついた服を試着したときでさえ、それがすでに何年も、自分のクロゼットにかかっていた服のように思えるそうだ。ミュージシャンで、カナダのロックバンド「ベアネイキッド・レディース」のキーボード奏者であるケヴィン・ハーン(49歳)は、長いことコム デ ギャルソンの服を愛用している。「川久保の服には音楽を感じるよ。それぞれのアイテムがそれぞれ違う歌のようでね。彼女の服は世界に彩りと喜びとクリエイティブなパワーを与えている」と称賛する。私たちが話をしたその日、彼は最近買ったという黒のスリッカー(長めのゆったりしたレインコート)を着ていた。それはゴアテックス製で、死に神がかぶるような不気味なフードがついていた。川久保の服には遊び心があると言うハーンは、話を続けた。「でもこのスリッカーに限ってはまったくふざけたところがないんだ。エレガントで使い勝手よくデザインされている。あるべきところにポケットがあり、あるべきところに紐がついている。川久保は遊んでなんかいない、真剣そのものだよ」

 男性たちがこのブランドに傾倒する理由のひとつとして、「ジェンダーフルイド(ジェンダーの流動性)」にアプローチしたデザインを評価しているということが考えられる。ここ数年でこの流れをくんだデザインはかなり一般的になったが、それまで数十年間にこうした試みを行なったのは川久保ほぼひとりだった。彼女はスーツのジャケットをシャネルジャケットの丈に縮め、ギャバジンの“ハンサム”なスカートを提案し(ハンサムという形容詞が最も合う)、会社向けの白いシャツのボタンダウンカラー代わりに、女子生徒風のラウンドカラーをのせた。川久保はこうして、男性たちが社会に身を置きながらも、そこからこっそりと抜け出す方法を与えたのだ。これまで約1世紀の間、実用的な不朽のスタイルを、控えめな一定のリズムで保ってきたメンズウェアには、革新的変化などないに等しかった。突如そこに魔女のごとく現れた川久保は、男性がもっと自由な、新しい姿で世界に飛び出せる方法を編み出したのだ。これはモード界だけでなく、男性らしさという観念にもわずかながら変化をもたらした。川久保がメンズウェアを手がけ始めて40年、現在トム・ブラウン、ラフ・シモンズ、クレイグ・グリーンをはじめとする数多くのデザイナーが彼女のフィロソフィを受け継いでいる。今ようやく、次の世代が出現したのである。

「あなたのお父さまはどんな服を着ていましたか」。インタビューも半ばにさしかかった頃、私は彼女に尋ねた。ジョフィーが私の言葉を訳すと、川久保は彼に20、30秒ほど日本語で何かを言った。「彼女には質問の意味がわからないそうで」とジョフィーが返ってきた。そして彼は笑い出したが、川久保は笑わなかった。彼女が私の質問に答えたくないということは、暗黙のうちに理解できた。

 

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