今から40年前、川久保 玲は誰よりも早く常識を打ち破りジェンダーレスのメンズウェアを生み出した。彼女はその道を、今も突き進み続けている

BY ALICE GREGORY, PHOTOGRAPHS BY LAURENCE ELLIS, ARTWORK BY GENGOROH TAGAME, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 私たちは会話を続けたが、どこかぎこちなさが感じられた。川久保は、2017年春夏コレクション(テーマは「裸の王様」)が受けるべき称賛を得なかったのが腑に落ちなかったと言う。彼女としては、このコレクションを通してトランスペアレントな服を男性の間に広めたかったそうだ。だがその次あたりのシーズンより、トランスペアレントな素材はトレンドとなり、いくつものショーに現れた(カルバン・クライン、バレンシアガ、オフ-ホワイトなど)。同コレクションの“幽霊のように透明な”PVCニットのように、意表をつく素材を使うことはメンズウェアデザインにおける挑戦であり醍醐味だと川久保は語る。

「唯一彼女が苦手なのはキャンプで着る服のたぐいです。ウォーキングウェアやアウトドアウェア、わかります?」。ジョフィーが言葉を挟んだ。「“アスレジャー”のことですよね(アスレチックとレジャーを合わせた造語でスポーツウェアを採り入れたスタイル)」と私が確認するとジョフィーは頷き、「アスレジャー」と英語で走り書きした紙片を川久保に見せ、「この言葉、知ってる?」と聞いた。彼女はきっぱりと首を振った。「これこそが彼女にとって最もつまらないファッションなんです」とジョフィーが言う。「こういうスタイルのなかに、何か面白い要素があるかを探してみましたが、何も見つからなかったので......」と川久保は言い添えた。

画像: (左)ベストつきジャケット¥175,000、パンツ¥45,000、シャツ¥19,000、タイ¥7,000、スニーカー¥32,000 (右)ジャケット¥138,000、パンツ¥49,000、シャツ¥19,000、タイ¥7,000、スニーカー¥32,000 すべてコム デ ギャルソン (コム デ ギャルソン・ オム プリュス) TEL. 03(3486)7611

(左)ベストつきジャケット¥175,000、パンツ¥45,000、シャツ¥19,000、タイ¥7,000、スニーカー¥32,000
(右)ジャケット¥138,000、パンツ¥49,000、シャツ¥19,000、タイ¥7,000、スニーカー¥32,000
すべてコム デ ギャルソン (コム デ ギャルソン・ オム プリュス)
TEL. 03(3486)7611

 川久保は何よりまず、自分がビジネスウーマンであると主張する(全ブランドの総売り上げは3億ドル(約330億円)。135ある店舗はすべて川久保が所有している)。だが同時に、この呼び方はほとんど滑稽なくらい彼女に似合わない。「大抵ビジネスというのは、いかに収益が増え、発展したかということだけを考えるもの。そういう一般のビジネスとコム デ ギャルソンに違いがあるとしたら、売れるか売れないかだけに左右されないことでしょうね。私たちのビジネスは、クリエーションなので」と彼女は言いきる。もともとメンズを手がけたのは、現実的な理由があったからで、クリエイティブな発想によるものではなかったそうだ。彼女はこう続ける。「クリエーションは、何より難しいビジネスだと何度も感じてきました。単なるアイデアや、誰も見たこともないようなアイデアを売るのは容易ではありませんから」。そう語る川久保は、さまざまなことを「美学的な観点」で取り決めるそうだ。事業形態ですら、そうした見方で決めるらしい。

 彼女自身が気に入っているかそうではないのかわからないが(おそらく前者だろう)、川久保の服は一概にアート作品として購入され、享受されている。街でコム デ ギャルソンの服を着た人を見かけるとこんなことを思う。アートに比べると、ファッションはもっと寛容で、より多くの人々と共有でき、思想まで表明できるものなのだと。ギャラリーで購入して自分の家にだけ飾る絵画作品とは違い、コム デ ギャルソンの服は世界じゅうどこでも目にすることができる。このブランドの服を決して着ることがない人、あるいはそれに手の届かない人とも向き合って彼らを喜ばせたり、たじろがせたり、もどかしさを与えたりするのだ。あの朝、東京で、少なくとも私はそんなことを思っていた。オフィスのショーステージを挟んで、コム デ ギャルソンの社員の向かい側に座っていた私は、彼らに圧倒されると同時に恥じ入っていた。場にふさわしく、自分を引き立てるような服を選んだつもりだったのに、突然、なんの面白みもない身勝手な格好をしてきたような気がしたのだ。自分自身にも、ほかの人にも喜びを与えない服など無駄にさえ思われた。私は、いわゆる普通の人がする“普通のスタイル”をしていて、それは“コム デ ギャルソンを着る人たちのスタイル”とはほど遠かった。

 数日後、川久保にインタビューするためオフィスに再び足を運んだ。先日と違う服を選んだが、パッとしないことに変わりはなかった。彼女が私の服装を気にとめたはずもないが、もしもそうしたなら、ひどくがっかりさせたにちがいない。「その人のために特別にデザインしてみたいけれど、まだその機会がないという男性はいますか」。1時間にわたるインタビューの終わりに私はそう尋ねた。川久保は首を横に振り、「つまらない質問ね」とだけ答えた。

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