グッチのクリエイティブ・ディレクター、アレッサンドロ・ミケーレは、わずか3年間のうちに、ファッションの流れを大きく切り換えた。世の中の価値やジェンダーの概念、さらにアイデンティティにまで、新しい視点をもたらしながら

BY FRANK BRUNI, PHOTOGRAPHS BY MICHAL CHELBI, FASHION STYLED BY JAY MASSACRET, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 パラッツォでは何を着ればいいのだろう。ミケーレは何十ものクリスタルをちりばめたホワイトレザーのサンダルに、厚手のソックスを合わせ、擦りきれたジーンズをはいている。分厚いチェックのシャツの上には、それと対照的なシルクのスカーフを巻いている。スタイリッシュではあるが、木でも伐(き)りに行くような格好にも見えるし、ヒップスター風でもある。そのうえ彼はブレスレットもネックレスも重ねづけするほどのジュエリー好きで、キツネやオオカミモチーフの存在感のあるリングなどを親指以外の指全部にはめている。まるで、ごてごてと飾り立てたクリスマスツリーみたいに。こうしてみると彼の外見はモザイクのようだ。マンハッタンの街と同じく、あらゆる要素が混在しているのに、何か特別な魅力が漂っている。

 それはミケーレが手がけるグッチそのものだ。多様なエレメントと、パターン、時代、隠喩といったものを、見たことがないような方法で混ぜ合わせる。メンズシャツにフェミニンなリボンタイを結び、パワースーツにバブーシュカ(あごの下で結ぶスカーフ)を、ロングドレスにスニーカーを合わせる。ストライプとチェックをミックスし、レトロとスペースエイジを掛け合わせる。色を自在に操り、ストライプを好きなだけ採り入れ、フラワーやアニマルプリント、企業ロゴを、熱に浮かされたように乱用する。

1994年から10年の間、トム・フォードが牽引したグッチの世界は、ミニマリストで息を呑むほどグラマラスだったが、ミケーレのグッチは混沌としていて徹底的に常識破りだ。ミケーレのクリエーションを見ているとふと思う。彼は、ファッションジャーナリストのボキャブラリーから“シック”という言葉を奪い、“カササギ(註:英語で、何でも集める人の意味)”という言葉を広めるために、この世に遣わされたのではないかと。

画像: NYのベドフォードにて撮影。特集中のグッチのアイテムは gucci.com からも入手可能 オーストリッチの羽根をあしらったシルクオーガンジーのベルスリーブのドレス(参考商品)、ライオンヘッドのチョーカー¥96,000 グッチ ジャパン カスタマーサービス(グッチ) フリーダイヤル:0120-88-1921

NYのベドフォードにて撮影。特集中のグッチのアイテムはgucci.comからも入手可能
オーストリッチの羽根をあしらったシルクオーガンジーのベルスリーブのドレス(参考商品)、ライオンヘッドのチョーカー¥96,000
グッチ ジャパン カスタマーサービス(グッチ)
フリーダイヤル:0120-88-1921

「美に制限はない」とミケーレは言う。「それにルールもない」。クリエイティブ・ディレクターに就任した当時のことを彼は回想する。「ファッションは現実とかけ離れたことを語っていた。すらりとした脚線美とキラキラなびくヘアが自慢の、アッパークラスの女性みたいな。だけど僕はヒューマニティについて語りたかった。ジェットセットなんかじゃなく、ストリートに新しいエナジーを見いだしたかったのさ」。ストリートといってもグッチの服はそれなりの値段はする。ただミケーレが言いたいのは、物腰とか、趣味のよさとか、そんなものはどうでもいいということだ。ジャレッド・レトは「ミケーレに白羽の矢が立ったという展開はもちろん、彼が成し遂げたことは革命的だよ」と話す。レトはそんなミケーレのことを「ファッション界のスティーブ・ジョブズ」と呼んでいる。

2017年9月、グッチの2018年春夏コレクション(ウィメンズとメンズの合同)のイメージソースとなり、カプセル・コレクションでコラボレートを行なったエルトン・ジョンは、ミケーレの鮮烈さはジャンニ・ヴェルサーチさながらだと称賛する。ヴェルサーチ亡きあと、エルトン・ジョンはもう心を奪うような大物デザイナーなど現れないと思っていたそうだ。「これほど素晴らしいデザイナーが出てくるとは想像もしていなかったよ」

 2018年、キャリア最後のツアーを行うエルトン・ジョンは、「ユーモアのある服」を作るミケーレに衣装製作を依頼した。「ミケーレは、服のサイズなんかに左右されない人たちの服をよくデザインしているからね。有名なバスケットボール選手や、ナショナル・フットボール・リーグのスターといった人向けの。これは大事なことだよ。なぜって、大半のデザイナーはネクタイピンみたいにガリガリな人向けの服ばかり作っているからね。でもミケーレは違う、誰もが着て楽しめる服を作っているんだ」

 ふたりは親しく、ジョンはミケーレのことをよく知っている。彼いわく、ミケーレはモード界でめったに見ないタイプの人物だそうだ。「ファッション界は、自信過剰でお高くとまった人が多いことで有名だからね」とジョン。「話なんてしたいと思わないデザイナーばかりだよ。たった5分でもね。90パーセントのデザイナーがそんな感じさ。でもミケーレは違う。彼は地に足がついた人間なんだ」

 だがエルトン・ジョンもジャレッド・レトも、2015年以前はミケーレのことなど知る由もなかった。これまでのキャリアで、ミケーレは帰属していたブランドの外ではほとんど無名に等しかったからだ。ミケーレはまずイタリアのニットメーカー「レ・コパン」で、その後「フェンディ」で経験を積んだ。続いて入社した「グッチ」では、トム・フォードのもとでバッグをデザインしていたが、フォード退任後フリーダ・ジャンニーニのアソシエイト・クリエイティブ・ディレクターに昇格。その後いきなり、この大ブランドのクリエイティブ・ディレクターとして大抜擢されたのだ。これは、ここ四半世紀のファッション史上、もっとも驚くべき、衝撃的な一大事である。

 トム・フォードのグッチ、それは快楽主義やハイパーセクシュアリティ(性欲を制御できない症状)をほのめかすセンセーショナルな世界だった。それはビル・クリントン政権を定義する“繁栄とリビドー(性的欲求)の時代”にぴったりのモードとも呼べた。だが2005年から2014年までジャンニーニが導いたグッチでは声望も輝きも、存在感も話題性も薄れ、何より、時代を象徴するメッセージは何も感じられなくなっていた。一方、ミケーレのグッチは常に生き生きと、ときに深遠に時代の精神を映し出している。時代の空気を読み取り、独自の視点を加えて、彼はファッション界に大革新をもたらした。

そんなミケーレは、若者たちがソーシャルメディアで自分の世界観やビジュアルを披露していると知れば、同じことをする。彼らがジェンダーや性的アイデンティティ、人種、国籍などの古いルールを解き放ち、打ち砕こうとするなら、ミケーレはその旅に同伴し、ときにその導き手にもなる。そして彼らのユニフォーム、つまり考えを表明する“ビジュアルメッセージ”を提供しているのだ。彼はこんなふうに、人々の精神面においてもビジネス面においても大きく貢献してきた。自分らしさを探す人々を後押しし、ファッションに思想を宿らせ、“ラグジュアリーグッズ”と呼ばれてきたものを、もっと多くの人が求めるものに変えた。ミケーレの繰り広げるパーティに、埃をかぶった高級品など似合わないのだ。

 

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