グッチのクリエイティブ・ディレクター、アレッサンドロ・ミケーレは、わずか3年間のうちに、ファッションの流れを大きく切り換えた。世の中の価値やジェンダーの概念、さらにアイデンティティにまで、新しい視点をもたらしながら

BY FRANK BRUNI, PHOTOGRAPHS BY MICHAL CHELBI, FASHION STYLED BY JAY MASSACRET, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 グッチは、ラグジュアリー複合企業「ケリング」の傘下にある。ケリングCEOのフランソワ=アンリ・ピノーは、ミケーレ就任前のグッチの売り上げは、問題というほどではなくまずまずの状況だったと言う。「ただ、時代の先を行くブランドとしての威光は陰り出していました」と彼は説明する。そのため、ピノーは当時のデザイナーだったフリーダ・ジャンニーニとグッチのCEOを解雇した。当時のCEOはジャンニーニの恋人で、ふたりの間には子どももいるそうだ。

新CEOにはイタリア人ビジネスマンのマルコ・ビッザーリを指名。ジャンニーニの後継者を、型通りに他ブランドの若手デザイナーの中から見つけるのがビッザーリの最初の任務となった。そんな彼は2014年12月末のある日、当時42歳だったミケーレをコーヒーに誘った。だがそれはあくまでもグッチについての話を聞くためだった。「あのとき、僕の名前なんて候補者リストにさえ挙がっていなかったと思う」とミケーレは当時を振り返る。

画像: (左)ドレス、ハット、ネックレス、シューズ(すべて参考商品)、ベルト¥104,000 (右)シャツ、パンツ、ブーツ(すべて参考商品) グッチ ジャパン カスタマーサービス(グッチ) フリーダイヤル:0120-88-1921

(左)ドレス、ハット、ネックレス、シューズ(すべて参考商品)、ベルト¥104,000
(右)シャツ、パンツ、ブーツ(すべて参考商品)
グッチ ジャパン カスタマーサービス(グッチ)
フリーダイヤル:0120-88-1921

 だがふたりの間では、とにかく話が弾んだ。グッチにはもっと陽気なマインドが必要だとか、歴史やアートや人生についてとか、ファッションは単なる商品ではないとか、ふたりは約3時間、絶え間なく話し続けた。しばらくするとミケーレはビッザーリから、もっとゆっくり話をしようと声をかけられる。そのときミケーレは自分が候補者リストに入ったことに気づいたそうだ。

そしてビッザーリは、モード界の伝説に残る、大きな挑戦に臨む覚悟を決める。それは2015-’16年秋冬メンズショーの開催間近で、ジャンニーニが大方の準備を終えた頃だった。ビッザーリの挑戦とは、ジャンニーニのコレクションを撤回して、ミケーレにやり直させるということ。だが、ショーは1週間後に迫っていた。ショーピースの準備(計36ルック)に5日、ランウェイの演出構成には2日しか時間がなかった。だが、ミケーレはモデルのキャスティングからシーティング(座席の配置)にいたるまで、期限内にすべてを準備し直すことができた。

「あのショーを通じて、アレッサンドロにリスクを背負う覚悟があるかどうか見極めたかったんです」とビッザーリは打ち明ける。「私が思い描いていた大刷新を行うには、私と同じように、莫大なリスクや大失敗を恐れない人物が必要だったので。もし彼があのときノーと言っていたら、私は、そんな危険を嫌うような人をクリエイティブ・ディレクターとして選ばかなったでしょうね」。ミケーレが挑戦できたのは、おそらく、グッチのデザインチームの力量と手腕をよく知っていたからだろう。でもいちばんの理由は、自分のしていることを彼自身が“狂気の沙汰”だと思わなかったことにある。「美しいものを創るチャンスを手にして、それを創り出そうとしているとき、プレッシャーなんて感じないからね」とミケーレは説明する。「僕は頭の中に浮かんでくる何かを形にしたいだけで、ほかの人々をあっと言わせるものを創ろうと思っていないから」

 こうして初めてミケーレが指揮をとったメンズショーは、2015年1月中旬に披露された。ふんわりと結んだリボンタイや、ウィメンズウェアから採り入れた意外なアイデアや襟のデザインが目を引いたコレクションだった。男女のモデルと、性別を選ばないショーピースが現れた舞台では、ジェンダーの境界線がぼんやりと霞み、すべてが混然一体となって見えた。スタイリングのアクセントは、ベレーにメガネ、スカーフ。知的でどこか生意気そうなアンドロジナスたちの服はどれも独特なカラーで、過去のグッチよりもっと色で遊びたいと考えているミケーレの意向が伝わってきた。今や周知の鮮やかな“ミケーレカラー”ではなかったが、一般的に存在感の薄いこれらのカラートーンはとても新鮮に映った。暗灰色を帯びたブルー、コッパーブラウンなどの中に、混じり気のない鮮やかなレッドを差し入れ、それぞれの色が一層引き立てられていた。

 新生グッチの幕開けを意味するショー最後の挨拶には、ミケーレひとりでなく、デザインチーム全員が登場した。じつはこのときになってミケーレは初めて緊張したという。「普段はシャイじゃないけど、大勢の前に出るととても緊張するんだ」と彼は言う。「恥ずかしいどころじゃなく、恐怖に近かったかも」。でもそのときに受けた拍手喝采を彼は今もよく覚えている。「あれは、人生で受けたいちばんあったかいハグだったよ」

 このショーのあと、ファッション界には「グッチは気でもおかしくしたのか」と陰口をたたく人もいた。だがピノーとビッザーリは、グッチの世界観に奇抜さとこだわりを掛け合わせたミケーレの才能に感銘を受けた。彼の直観のようなものが、新生グッチに独自の存在感と心を揺さぶる魅力をもたらしているのだ。「ミケーレは、ブランドの規模や威信に動じることなく、“これが自分のクリエーションの指針だ。ブランドのアイコンやシンボルは組み込んでも、あくまでも自分の指針に沿って、新しいものを創り出していく”と宣言できるデザイナーのひとりです」とピノーは絶賛する。「そのうえ彼のやり方は正しかったのです」。

こうしたアプローチがグッチに成功を招いたのを見て、ピノーは今年、ケリング傘下のボッテガ・ヴェネタでも同じような挑戦に臨んだ。ほとんど無名だった32歳のイギリス人デザイナー、ダニエル・リーを同ブランドの新クリエイティブ・ディレクターに抜擢したのだ。「リーにはまず彼の個人的な美学について尋ねました」とピノーは言う。「その後、リーとボッテガ・ヴェネタとの共通点を探りだしてみたのです」

 ミケーレのファーストショーで何より大きく騒がれたのは、「ジェンダー・フルイディティ(ジェンダーの流動性)」のコンセプトだった。「あれには驚いたよ」とミケーレ。彼にとってこのテーマは挑発でも政治的なメッセージでもなかったからだ。「ごく普通のことだと思っていたから」。世の中で起きていることは、ファッションの中でも起きるべきなのだ。「今はもう、ファッションが殻にこもっている時代じゃないよ」。

確かにマスカルチャーの分野では、とうにその殻を脱ぎ捨てている。ショーの1年前にあたる2014年、いち早くトランスジェンダーを扱った米テレビドラマの『トランスペアレント』は、人々の大きな関心を集め、高く評価され始めていた。さらにショーの約半年後には、ケイトリン・ジェンナー(註:元五輪金メダリストで旧名はブルース)が米『ヴァニティ・フェア』誌のカバーで女性化した姿を披露した。また「LGBT(Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender)」という略語は、長くなったり(註:性的少数者の総称queerを加えた「LGBTQ」や複数形の「LGBTs」など)、裁判ざたになったりしたのを受けて、最近はもっと包括的な「クィア」や「ジェンダークィア」という名称が使われるようになってきた。だがそれと同時に性別を男女二分類にすることがタブー視され始めてもいる。こうしたことを認識しようとしないファッション界と違って、ミケーレは直観的に知的に、そして俯瞰的に現実を見つめている。

MODELS: MARYEL SOUSA AT THE SOCIETY, WILLIAM DE COURCY AT FUSION, TIANNA ST. LOUIS AT NEW YORK MODELS AND ALEECE WILSON AT ELITE. HAIR BY JONATHAN DE FRANCESCO AT LGA MANAGEMENT. MAKEUP BY SEONG HEE PARK AT JULIAN WATSON AGENCY. SET DESIGN BY JILL NICHOLLS AT BRYDGES MACKINNEY. CASTING BY SAMUEL ELLIS SCHEINMAN.

LOCATION SCOUT: ANDREA RAISFELD. LIGHTING TECH: DARREN HALL. PHOTOGRAPHER’S ASSISTANTS: ALEX HERTOGHE AND DAVIS McCUTCHEON. HAIR ASSISTANT: ERICA LONG. MAKEUP ASSISTANT: SUHYUN PARK. SET ASSISTANTS: MIKE WILLIAMS, TODD KNOPKE, NOELLE TOCCI, CAMERON MICHEL, ESTHER AKINTOYE AND JAY JANSEN. STYLIST’S ASSISTANT: OLIVIA KOZLOWSKI. LOCAL PRODUCTION: JENNIFER PIO. ON-SET COORDINATOR: CAROLIN RAMSAUER. PRODUCTION ASSISTANTS: FRANK COOPER AND BOBBY BANKS

アレッサンドロ・ ミケーレはこうしてグッチと、
ファッションの定義を革新した<後編>

 

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