厳選された天然の原材料と、長く変わらない独自の技法で製造されるビルケンシュトックのフットベッドは、足と健康に対して献身的であり続けた。その実直でピュアなものづくりを、ファッションは常に求めている

BY MASAYUKI OZAWA, PHOTOGRAPH BY YOSHIO KATO

 90年代に入ると、その存在にマーク・ジェイコブスが目をつけたことで、ファッションアイテムとしての認知が広がっていく。1988年、ペリー・エリスにデザイナーとして加わったマークは、その後グランジ・ファッションをランウェイで表現。タータンチェックやフラワー柄、ペールトーンのセクシーでシルキーなドレスの足もとには、モッズの象徴であるドクター・マーチンやロックの象徴であるコンバースのオールスターと同じように、反体制のアイコンとしてビルケンシュトックが選ばれた。ちなみにマークは当時の雑誌のインタビューで、グランジを「ロマンティックなヒッピーとパンクの融合」と解釈している。

画像: フットベッドは5つの層で形成されている。手前からEVA、粗いジュート、天然のコルク・ラテックス、細かいジュート、柔らかな表面のスエード COURTESY OF BIRKENSTOCK

フットベッドは5つの層で形成されている。手前からEVA、粗いジュート、天然のコルク・ラテックス、細かいジュート、柔らかな表面のスエード
COURTESY OF BIRKENSTOCK

 またその頃のビルケンシュトックはライセンス事業にも力を注いでおり、多くのファミリーブランドが増えたことで、日本でもメジャーな存在となっていく。「アリゾナ」や「マドリッド」を模した廉価なサンダルが街中に溢れかえったのは記憶に新しいところだ。しかしグランジファッションのピースとして日本でも認知されたのは、記憶の限りではそれから少したってから。インターネットが普及していない当時ならではの、情報スピードの時差だった。それでも一過性のトレンドに終始せず、今もなお日本で人気を博しつづけているのは、フットベッドの魅力に取り憑かれた顧客が後を絶たなかったからだろう。

画像: 1972年の広告ビジュアル。すでにドイツでは女性の間でも人気を集めていた COURTESY OF BIRKENSTOCK

1972年の広告ビジュアル。すでにドイツでは女性の間でも人気を集めていた
COURTESY OF BIRKENSTOCK

 そして近年、ビルケンシュトックは、スニーカーカルチャーほどの派手な動きこそないが、特にウィメンズでかつてない世界的な盛り上がりを見せている。きっかけは2012年、当時セリーヌのクリエイティブ・ディレクターだったフィービー・ファイロが、ミンクをあしらった黒の「アリゾナ」をパリ・コレのショーのためにデザインしたことだ。リラックスやコンフォートな要素がトレンドを牽引していたなか、知的で実用的なメンズウェアを好むフィービーが、健康サンダルでランウェイを歩かせたことは、ビルケンシュトックを新しいステージに引き上げるのに十分なニュースだった。快適なフットベッドに魅せられた一人であるはずの彼女の功績は、伝統的な機能や製法を大切にしながら、装飾的なビルケンシュトックというものを新たなスタンダードにしたことではないだろうか。

画像: 愛用者の考え方や価値観に焦点をあてたパーソナリティ・キャンペーンがスタート。写真は英国ロイヤルバレエ団のロマニー・パジャックと私物の「アリゾナ」。キャンペーンは 公式サイト で見ることができる COURTESY OF BIRKENSTOCK

愛用者の考え方や価値観に焦点をあてたパーソナリティ・キャンペーンがスタート。写真は英国ロイヤルバレエ団のロマニー・パジャックと私物の「アリゾナ」。キャンペーンは公式サイトで見ることができる
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 ヒッピーに愛され、モードに愛され、リラックスのシンボルとして装飾的にも姿を変えたビルケンシュトック。しかしブランドが自発的にファッションを発信することはなかった。ただただ実直に、変わらない製法で健康的なフットベッドであり続けた純粋な存在だからこそ、ファッションがそれを見逃さなかったのだ。現在、ビルケンシュトックは、天然のコルクを使ったコスメ事業への参入や、愛用者と製品の精神的な結びつきにフォーカスしたキャンペーンの始動など、世界に向けて新たな発信をし始めている。しかしその根底には、フットベッドへの深いこだわりと矜持、そして純粋さが、変わることなく存在しているのだ。

 

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