「レコール」が開催する3つの希少なジュエリー・エキシビション。そのひとつ『ある愛好家の目線』では、世界的に有名な蒐集家・有川一三氏のコレクションから厳選された、アールヌーヴォー期の傑作を目にすることができる

BY HIROKO NARUSE

「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」はフランスのハイジュエリー メゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」が支援する、パリおよび世界各地で開催される“ジュエリーの学校”だ。ジュエリーの文化的背景や歴史、原石の神秘、職人の手仕事の技などについて学ぶことができる。文化としてのジュエリーの深い魅力を伝え、多くの人にジュエリーを愛し、楽しんでほしいという思いで、一般に広く門戸を開いている。またそこには、メゾンの持つサヴォアフェール(独自の技術とノウハウ)を次世代に伝えたいという強い思いも込められている。テクノロジーが飛躍的に進歩した現代こそ、人間の手で創りだされた美が人の心に訴えかけるものは大きいように思う。  

画像: Vivienne Becker(ヴィヴィアン・ベッカー) 宝飾史研究家、作家、ジャーナリスト。ロンドン在住。20冊以上の著作があり、『Art Nouveau Jewellery』 は宝飾関係者の教科書と称されている。「サザビー」誌のコラム執筆や、専門誌、雑誌への寄稿でも知られる。ルネ・ラリック展を始めとする数々の展覧会のキュレーションを担当。世界中で講演活動を行っている

Vivienne Becker(ヴィヴィアン・ベッカー)
宝飾史研究家、作家、ジャーナリスト。ロンドン在住。20冊以上の著作があり、『Art Nouveau Jewellery』 は宝飾関係者の教科書と称されている。「サザビー」誌のコラム執筆や、専門誌、雑誌への寄稿でも知られる。ルネ・ラリック展を始めとする数々の展覧会のキュレーションを担当。世界中で講演活動を行っている

 現在、東京で開催中のレコールでは、定員制の講義(受付終了)と同時に、誰もが無料で観覧できる3つのエキシビションが公開され、話題を呼んでいる。それぞれの展示が異なる世界観を持ち、選ばれた希少なジュエリーが、見る人に夢を語り、新しい美意識と知性の世界へと誘う。個人蒐集家・有川一三秘蔵のアールヌーヴォー期の傑作が並ぶのは、『ある愛好家の目線』と名付けられたエキシビション。キュレーションを手がけたのは、アールヌーヴォー・ジュエリー研究の第一人者であるヴィヴィアン・ベッカー氏だ。レコール開催前日、準備を終えたばかりの展示室で彼女に話を聞いた。今回のキュレーションで最も苦心したことは何かと尋ねると、身ぶり手ぶりを交え、目を輝かせながら答えてくれた。

「有川一三氏のプライベートコレクションは世界有数と言われ、高名な美術館に匹敵するクォリティを備えています。一点一点がすべて、“ジュエリーは人の感情を呼び起こす芸術作品である“という彼のポリシーに従って選ばれた、深い思い入れのあるものばかり。その気持ちを共有しつつ、素晴らしい作品を直に手に取りながら、その中からどれを展示するか選ぶという作業は、人生最高の喜びと悩みが同時に訪れるような、かつてない経験でした」

画像: 「ヘーゼルナッツのヘアコーム」ルネ・ラリック<1899~1900年頃> 自然のままの本物のヘーゼルナッツの実と、それを取り巻く繊細な金細工。日本髪に用いる笄に着想を得たものと思われる。ふたつの文化の融合をリアルに感じられる稀少な作品。やわらかな曲線を描く葉と櫛は、牛の角でできている

「ヘーゼルナッツのヘアコーム」ルネ・ラリック<1899~1900年頃>
自然のままの本物のヘーゼルナッツの実と、それを取り巻く繊細な金細工。日本髪に用いる笄に着想を得たものと思われる。ふたつの文化の融合をリアルに感じられる稀少な作品。やわらかな曲線を描く葉と櫛は、牛の角でできている

 彼女は私をまず「ラリック」のヘアコーム(櫛)のところへ案内してくれた。「この作品には日本とフランス、ふたつの文化の融合が顕著に見られます。アールヌーヴォーとは20世紀初頭にフランスで誕生した、新しい美のかたちを求める運動です。実は印象派の画家をはじめ、この運動に関わったアーティストたちは日本美術に大きな影響を受けているのです。アールヌーヴォーはフランスと日本の美の架け橋であること。それを今回の展示の軸にしました」

画像: 「冬の森林のペンダント」ルネ・ラリック<1898年頃> 左右非対称の形と遠近法を用いた構図、さらにガラスとエナメルの氷のような色彩が、冬の森の厳かな静けさを表現するペンダントは、ラリックの連作のひとつ。繊細なテクニックで自然のたたずまいを主役に据えた詩的な冬景色には、日本の自然観の影響が感じられる

「冬の森林のペンダント」ルネ・ラリック<1898年頃>
左右非対称の形と遠近法を用いた構図、さらにガラスとエナメルの氷のような色彩が、冬の森の厳かな静けさを表現するペンダントは、ラリックの連作のひとつ。繊細なテクニックで自然のたたずまいを主役に据えた詩的な冬景色には、日本の自然観の影響が感じられる

 1900年にパリで開催された万国博覧会では、明治維新で鎖国を解いた日本からの美術品や装飾品、着物などが展示された。かつて見たことのない美意識とその表現は、西欧の多くの芸術家たちの創作に影響を与えただけでなく、“日本趣味(ジャポニスム)”として一般の人々の間でも流行し、社会現象となったのだと彼女は語る。

「それまで西欧では、現実を見たままに再現する写実主義が主流でした。自然を表現する際も、自然そのものを正確に模倣することに重点が置かれていました。ところが、日本美術では、自然を感情で表現する。“すべての生き物の命の価値は同じ”という、自然への敬意とのびやかな生命観が、無駄をそぎ落とした線とフォルムに凝縮され、芸術へと昇華されています。当時、西欧で流行していたダイヤモンドのジュエリーは、満開の花を複雑な装飾を用いて、高い完成度で緻密に再現したもの。多くは実物に忠実なディテールを持ちながらも、生命の輝きが感じられないものでした。そこへ日本からもたらされた自然観や美意識が、ジュエリー職人たちを刺激したのです。命の循環や、連綿と続く死と再生の営みの中に新たな美を見出し、ジュエリーは装飾品から芸術へと変容していきます」

 米国の大学に進学する以前、15歳の頃からロンドンのアンティーク・マーケットでアルバイトをしていたベッカー氏は、そこに集まる研究家も顔負けの深い知識をもったオーナーやユニークな蒐集家たちから、ジュエリーにまつわるさまざまな話を聞いたのだという。そしていつしかアールヌーヴォーのジュエリーに魅了され、まだ文献が少なかった中、独自のリサーチを積み重ねた。そんな彼女がこの時代の美に魅かれる理由は、もうひとつあると言う。

画像: 「サロメまたはサランボー、ヴェールをまとうニンフのペンダントブローチ」ルネ・ラリック<1903~05年> フロベールの小説『サランボー』に着想を得たと思われるペンダント。ヴェールをまとった妖精と、頭と尻尾を絡ませた2匹の蛇が、カメオガラスとプリカジュール・エナメルで表現されている。後ろから光があたると、半透明の布をまとう妖精の姿がドラマティックに浮かびあがる。「当時、脚光を浴びたダンサーのロイ・フラーの姿も彷彿とさせますね」とベッカーさん PHOTOGRAPHS: COURTESY OF VAN CLEEF & ARPELS

「サロメまたはサランボー、ヴェールをまとうニンフのペンダントブローチ」ルネ・ラリック<1903~05年>
フロベールの小説『サランボー』に着想を得たと思われるペンダント。ヴェールをまとった妖精と、頭と尻尾を絡ませた2匹の蛇が、カメオガラスとプリカジュール・エナメルで表現されている。後ろから光があたると、半透明の布をまとう妖精の姿がドラマティックに浮かびあがる。「当時、脚光を浴びたダンサーのロイ・フラーの姿も彷彿とさせますね」とベッカーさん
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF VAN CLEEF & ARPELS

「この時期は、女性の社会進出が始まった時期とも符合します。女性の芸術家や科学者が登場し、女性が自立し、自身の意思で主体的に行動し始めた時代です。ウィング(翼)を持った女性の姿は、自由を求めて世界に羽ばたく新しい女性を象徴しているのです。アールヌーヴォーのジュエリーには、時代の波と女性のメタモルフォーシス(変容)がみごとに表現されているのです」

 アールヌーヴォーが誕生したのは、まさに時代の変革期。ジュエリーは時の流れを宿し、人の意識や文化を映しだす。レコールの会場を訪れて、静かでありながら雄弁なその語らいに耳を傾けてみてはいかがだろうか。

「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」
日本特別講座 エキシビション
「ある愛好家の目線」有川一三氏 コレクションにおけるアールヌーヴォー ジュエリー
会期:2019年2月23日(土)~3月8日(金)
場所:京都造形芸術大学 外苑キャンパス
住所:東京都港区北青山1-7-15
営業時間:11:00~18:00
入場料:無料
フリーダイヤル: 0120-50-2895(レコール 日本特別講座 事務局)
公式サイト

 

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