ロエベと自身の名を冠したブランド、「JW ANDERSON」の両方でクリエイティブ ディレクターを務める、 デザイナーのジョナサン・アンダーソン。彼はヨーロッパ・ファッションの老舗を、生き生きとしたリアルなものに変身させた立役者だ

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY KRISTIN-LEE MOOLMAN, STYLED BY SUZANNE KOLLER, TRANSLATED BY HARU HODAKA

画像: コート(参考商品)、帽子¥141,000 ロエベ ジャパン カスタマーサービス(ロエベ) TEL. 03(6215)6116

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ロエベ ジャパン カスタマーサービス(ロエベ)
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「根底にある衝動は服の場合と同じだ。“それ自体に意味のある何か”を作るためだから」とアンダーソンは言う。彼はウィリアム・ステート=マレー作の、細くて背の高い灰色の石の壺に向かってそう言った。マレーはイギリスで愛されてきたスタジオ・ポタリー(註:1920〜30年代イギリスの陶芸運動)の陶芸家で、第一次大戦後に活躍し、ヘップワースやムーアなど、セブン・アンド・ファイブ・ソサエティ(註:1919年に創設されたロンドンに拠点をおく芸術家グループ)に属する先進的なアーティストたちと親交があった。「あの作品を見て。ものすごくシンプルだけど、きわめて複雑でもある」と彼は言う。「日常的に使うために作られたものだけど、同時にはっとするほど美しい」

 アンダーソンは陶器に夢中だが、編み物、組みひも、織物、包装など、ありとあらゆるクラフトに入れ込んでいる。最近では、人々が並んで畑を耕している光景を刺しゅうした18世紀の小さな作品をオークションで購入した。アーティストが針遣いだけで、人々が哀しく抑圧されている様子を描いたことにシンプルに驚嘆したからだった。

 アンダーソンと話していると、別の時代や別のアート表現の話題に次々に切り替わっていく(彼は特に1980年代のニューヨークに魅了されており、ジャンルの垣根を越えて多方面で活躍したアーティストのデイヴィッド・ヴォイナロヴィッチらの作品に夢中だ)。だが彼の本心には、中世から産業革命以前の時代の英国のクラフトのもつ独特の気品や、突き抜けた感性を守り抜きたい、という思いが一番にある。

19世紀後半に起こった新たなルネサンスは、機械生産の台頭や安っぽく作られた装飾品への反作用だ。当時、哲学者でデザイナーのウィリアム・モリスが、装飾アートの分野でアーティストの尊厳を守る十字軍の兵士のような役割を果たしていた。モリスはアンダーソンが最も親近感を抱いている先駆者だ(彼はモリスの意匠を、2017年11月に発表したロエベのカプセル・コレクションに使用した)。モリスはクラフトの知的・社会的地位を守るために闘い、ヴィクトリア時代の産業革命が労働から人間性を奪ったことに意義申し立てをした。モリスが寝室で機織り機を使って布を織る技術を習得したのは有名だ。また、布や壁紙に木版印刷でプリントを施したりした。だがそれらは、質の悪い大量生産品に駆逐されてしまった。オックスフォード・ストリートにあったモリス商会の大店舗で、彼は田舎の小さな工房の伝統的な職人たちが作った作品を売った。彼らが手作りしたガラスや麦わら、綿や紙や溶融金属でできた作品は、それまで工場で生産された安価で派手な模造品に脇に追いやられていたのだ。

モリスはヴィクトリア時代の批評家ジョン・ラスキンの文章に勇気づけられていた。ラスキンは製品が作られる過程と、その国の社会、経済、そして情緒面の健全さには関係があるという説を提唱した。モリスは1880年代に仲間とアーツ&クラフツ運動を立ち上げ、彼の伝記作家であるフィオナ・マッカーシーが「無用の長物がシニカルに増殖していくさま」と呼んだ現象を食い止めようとした。モリスは、日常生活で使うために美しく質のいいものが創造され、製品化されていた時代に再び戻ろうと呼びかけた。作り手たちが自分の生み出した作品と、それを使う人とのつながりを保てるような生産方法を求めたのだ。そのメッセージはアンダーソンにも受け継がれている。彼は10年以上前に、自身のブランドの最初の作品を、アイルランドのアラン諸島で手作りされたフィッシャーマンズセーターをもとにして作った。彼はそのセーターを博物館で見ていたのだ。彼いわく、そのセーターは18世紀に作られてから何百年後かに、美しいままピートだらけの土壌の奥底から掘り出されたという。

 モリスが広めたハンドメイド教は、モリスが1896年に死去した後も、第一次大戦後まで各地で生き延びた。その運動の影響は、カリフォルニア州のパサディナのようなはるか離れた場所にまで及んだ。同地では1920年代に建築会社のグリーン・アンド・グリーンがデザインしたアーツ・アンド・クラフツ風のバンガロー住宅が今も残っている。だが、20世紀中頃までには、デザイン界はシンプルさを信条とするモダニズムを寵愛するようになり、再び、クラフト作品を取るに足らない装飾だと否定するようになった。

だが、ここ十数年くらいの間に、現代イギリスの美意識は、洗練されたミニマリズムの制約を拒絶し、それをはっきりと宣言するようになった。むき出しのエネルギーと遊び心に満ちた知性、その土地ならではの素材と緻密な手仕事の技、英国の美意識はそれらを掲げて、牧歌的で農耕に根差した地域のルーツを人々に思い起こさせた。それはモリスが産業革命以前の職人技術に回帰することを呼びかけたのと同じように、陶芸家や籠細工職人や、テキスタイル・デザイナーたちが、イノベーションと創造性を牽引する役割を担うという考え方だ。英国デザインの精神は、この国の伝統的な建築とまともに衝突しそうな、漂白され研ぎ澄まされた無駄のなさから、無骨だが才能にあふれたナチュラルさへと変革したのだ。

このナチュラルさは、英国の伝統的な建築ともうまくつき合っていけそうに見える。メイフェアに2012年にオープンしたザ・ニュー・クラフツメンのようなショールームの存在は、クラフトの芸術作品をファインアートにまで高めた。イーストミッドランズを拠点とする英国人陶芸家のブロンウェン・グリーブスがその一例だ。彼は、(焼いた粘土を破砕して作る)粘土グロッグを平らな板状にし、コイルのように巻いて中が空洞の器を作る。また、サウスイーストロンドンのカタリナ・リッカボナは紙を紡いで糸にし、それを手で織って壁用のパネルを作る。

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