BY HIROFUMI KURINO, PHOTOGRAPHS BY YASUTOMO EBISU, STYLED BY TAMAO IIDA, EDITED BY SATOKO HATAKEYAMA
真珠は問う――ひとは気高く生きられるのか
2020年、1月22日。パリ・ヴァンドーム広場にあるクラシックな建物の2階で「ミキモト コム デ ギャルソン」というプロジェクトの発表が行われた。文字どおりミキモト社とコム デ ギャルソン社とのコラボレーションによる新作パールネックレス群の企画である。
基本的にジュエリーは鉱物由来。長い時間をかけて地球に堆積された鉱物物質が宝石の原石となり、その稀少性と美しさゆえに人類は宝石に魅了されてきた。だが真珠はいわゆる鉱物ではなく動物由来。貝が体内に取り込んだ異物を核として自ら作り出す“生体鉱物”という物質が真珠となる。古代から人類は真珠の美しさに惹かれ、それを身に纏(まと)ったり、薬として使用したりもしてきた。日本では縄文遺跡からすでに糸を通した痕跡のある真珠が発掘されている。真珠はその輝きや神秘的な生成過程から呪術的な意味合いももつ。人類にとって母胎的ニュアンスのある“海”の中の貝から真珠が生まれるという事実に単なる貴石以上の価値を感じてきたことは不思議ではない。慶事・弔事どちらの場合も身につけられる背景はそこにもあるのだろう。真珠はひとの喜怒哀楽とともに存在してきた。
ヴァンドーム広場に面した一室で開催されたプレゼンテーションはシンプルながら力強いものだった。7種類のネックレスが“ボディ”に掛けられ展示されていたが、その“ボディ”とはマネキンを製作する際に素材を流し込む、今は使われていない型(モウルド)であり、男女の肉体をかたどったもの。使用されたボディはつまり一種の疑似肉体である。ミキモト コム デ ギャルソンが提案したのは白いパールのネックレスのシリーズだが、その原案は半年前の2019年6月に発表されている。コム デ ギャルソン・オム プリュスの2020年春夏のコレクションとして“オーランドー”のテーマのもとに発表されたコレクションの中で男性モデルたちはパールのネックレスを身につけていた。『オーランドー』の原作者であるヴァージニア・ウルフ自身のポートレートも着想源と思われるが、400年を生き男性から女性となり母となり作家としても成功するファンタジックな小説はフェミニスト作家の始祖といわれるヴァージニア・ウルフ自身を色濃く反映したもの。川久保玲はこの“オーランドー”をメンズ及びウィメンズ両方のコレクション・テーマとしたが、発端はウィーン国立歌劇場のオペラ『オーランドー』の衣装を依頼されたところから始まっている。
同劇場150年の歴史上初の女性作曲家による新作オペラであるという点に共感して引き受けたと川久保は語るが、“オーランドー”とコム デ ギャルソンとの親和性は強い。そもそも“男の子のように”というブランド名自体“コ ム デ ギャルソン”の世界観や美学を明確に表しているが、同ブランド50年の歴史とは常に既成のジェンダーや美学や服の常識を超えた挑戦でもあり、男装的な女性服は言うに及ばず、男性のスカート姿にリアリティを与えたのもコム デ ギャルソンといえる。今春のコレクションは男女共通した“オーランドー”というテーマによってブランドの集大成を具現化した結果となっているが、次に川久保玲が向かうのはその先のヴィジョンやファッションをカタチにすることであり、それはよりヒューマンなものであり、ファッションの本質に迫ったものではないだろうか? と予感された。