モード界の最先端を独走してきたマーク・ジェイコブス。文化の流れを予知する非凡の才能と、彼のデザインに触れるすべての人に深遠な感情を呼び起こす力―― 波乱万丈の人生の軌跡とともに、唯一無二の魅力の源を探る

BY AATISH TASEER, PHOTOGRAPHS BY ROE ETHRIDGE, STYLED BY CARLOS NAZARIO, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 インフルエンサーや、ソーシャルメディアマネジャーが活躍するはるか昔から、ジェイコブスは自らがブランドの象徴になるべきだと気づいていた。そして長きにわたり、彼は“ゲイカルチャーの社会学”を体現してきた。まず2005年前後には理想の肉体美を追求した。たるんだ体と乱れたロングヘアの蛹(さなぎ)から脱皮し、筋骨隆々のインスタ映えするボディを披露したのは有名だ。ほかには、セックスポジティビティ(註:健康で安全なセックスの重要性を強調する社会運動)、リハビリ(註:ドラッグなどの依存症が原因でリハビリ施設に入所したことがある)、ウェルネス、そして同性婚まで、あらゆることを実践した。今回のインタビューでも、ジュエリーストーンで飾ったネイルに、ラインストーンのバレッタをつけたヘアで、ジェンダーフルイディティ(ジェンダーの流動性)を具現していた。

画像: (左)エナメルのボタンとバックルがアクセントに なったロングジャケット¥415,000、ハイウエストのパンツ¥172,000、ブラウス¥100,000、セーター¥79,000、フェドーラ(中折れ帽)、¥172,000(参考価格) (右)レザーのトレンチコート、ベスト、ブラウス、パンツ、カウボーイハット(すべて参考商品)/マーク ジェイコブス マーク ジェイコブス カスタマーセンター TEL. 03(4335)1711

(左)エナメルのボタンとバックルがアクセントに なったロングジャケット¥415,000、ハイウエストのパンツ¥172,000、ブラウス¥100,000、セーター¥79,000、フェドーラ(中折れ帽)、¥172,000(参考価格)
(右)レザーのトレンチコート、ベスト、ブラウス、パンツ、カウボーイハット(すべて参考商品)/マーク ジェイコブス
マーク ジェイコブス カスタマーセンター
TEL. 03(4335)1711

 NYの伝説的ディスコ、スタジオ54に初めて行ったのは、ジェイコブスが15歳のときだった。ボタンダウンのシャツに小さなボウタイを合わせ、女優のモリン・ステイプルトンと、ウィンザー公爵夫人も顧客にしていた帽子デザイナーのミスター・ジョンと一緒に、パーソンズ美術大学行きのバスで向かったのを彼は覚えている。それまではまったく冴えないタイプで、ゲイであることをカミングアウトしたこともなかったそうだ。スタジオ54に通い始めてまもなく、彼はクラブ「フラー」のオーナー、ロバート・ボイキンとつき合いだした。

「フラー」はアッパーウエストサイドにある、ロックとニューウェイブを初めてフィーチャーしたクラブで、ボイキンはジェイコブスより17歳も年上だった。彼のおかげでジェイコブスは歌手のデボラ・ハリー、デヴィッド・ボウイ、アンディ・ウォーホルなどと知り合いになった。「マークは物知り博士みたいだった」。1980年代に、ダウンタウンにあるエレベーターなしの建物の4階をジェイコブスとシェアしていたセルビンは言った。「ファッションのあらゆること、ファッション界のあらゆる人を知っていたからね」

 1980年代末、9年半つき合ってきた恋人のボイキンはエイズを患い、人生の最期を迎えるためにアラバマ州に帰郷した。性的退廃の時代は幕を閉じようとしていた。それまで誰もがドラッグを使い、気軽に誰とでもセックスを楽しんでいたが、ジェイコブスの言葉によれば「なんてことだ。エイズが出現し、仲間たちみんなが感染し、どんどん蔓延している。もう従来どおりにはいかない」と状況は急変した。セルビンいわく、この頃のジェイコブスは「色気とは程遠かった」らしい。

 だが潰瘍性大腸炎の治療のために運動をし、食事にも気を配ったところ、2005年頃には21%の体脂肪率が6.5%にまで落ちた。「腹筋が割れていたし、腕をちょっと動かせば、力こぶだってできた。そうしたらジムの男たちの視線を集めるようになって」。ジェイコブスももちろん見られることを楽しんだ。だがそれから、退廃的な生活を送るようになり、彼特有の悪のサイクルに陥ってしまう。いろいろな話を聞いていた私には、その負の連鎖が想像できた。ジェイコブスはボルテージを上げて、エクスタシーを飲んでは一晩じゅうイビサ島のクラブで大騒ぎをした。

画像: ランウェイのラスト、挨拶のために登場したマーク・ジェイコブス。 (左から)2007年、2009年、2016年、 2019年 PHOTOGRAPHS BY FERNANDA CALFAT / GETTY IMAGESRANDY, BROOKE/WIREIMAGE / GETTY IMAGES, RANDY BROOKE/WIRE IMAGE / GETTY IMAGES(2016,2019年)

ランウェイのラスト、挨拶のために登場したマーク・ジェイコブス。
(左から)2007年、2009年、2016年、 2019年
PHOTOGRAPHS BY FERNANDA CALFAT / GETTY IMAGESRANDY, BROOKE/WIREIMAGE / GETTY IMAGES, RANDY BROOKE/WIRE IMAGE / GETTY IMAGES(2016,2019年)

「そのうえGrindrが登場したんだ。あの頃は、Grindrを通じて次々とデートをするのが楽しかったし、ルックスがいいパートナーに出会いたくて。相手の中身なんてどうでもよかった。セックスさえできればね」。恋人としてつき合っていたのは、実業家のロレンツォ・マルトーネや、アダルト映画のスター、ハリー・ルイスといった美しいブラジル人たちだった。ルイスの傑作といえるビデオはオンラインで入手可能だが、その中にはルイスがヨガさながら果敢に下半身を動かしながら、喉につっかえるものを取り払うようなシーンもある。だがジェイコブスは昨年、長年つき合ってきたモデルでインテリアデザイナー、起業家のチャーリー・デフランチェスコ(36歳)と結婚した。「結婚なんて僕にはどうでもよかったんだけど、チャーリーと5年間一緒に過ごすうちに、彼にとっては結婚が大事なことなんだって気づいてね」とジェイコブスはほほ笑んだ。

「幸せ」。これはジェイコブスの友人や同僚が、彼のことを話すときに何度も使った言葉だ。誰もが、今のジェイコブスは本当に幸せそうで、以前よりずっと自然体でいるという。ダッフィーも「マークは、地に足がついた、穏やかで幸せな結婚生活を送っていますよ」と切り出し、ライでの生活についても言及した。「まさかマークが郊外に引っ越すなんて、意外でしたね」(ちなみにジェイコブスはマンハッタンの家も保持したままでいる)。ダッフィーの言葉を聞いた途端、作家V.S.プリチェットの「あの幸せが、彼女の才能に陰りをもたらしたようだ」というフレーズが私の頭をよぎった。これはプリチェットが『イーディス・ウォートン(註:小説家・デザイナー)が結婚後に得た個人的な幸せ』という題で書いた文章の一節である。

 だがこの結びつけ方は間違っていた。2013年以来、マーク・ジェイコブスでスタイリストを務めるケイティ・グランドが私の早とちりを正してくれた。ジェイコブスは、スプリングストリートのアトリエの7階のドアをくぐり抜けた瞬間に「ライでの穏やかな幸福感を失って、心細さと不安を抱き始める」のだという。不安の要素は仕事以外にもあるようだ。まずお金のこと。ジェイコブスは最近、個人的に収集してきたコンテンポラリーアートの収集作品のうち50点以上をサザビーズで販売した。その中にはジョン・カリンやアンディ・ウォーホルの作品も含まれていた。さらに年齢のこと。不安に駆られるのはモード界が新しさばかりを追い求めるからだ。ケイティ・グランドは歯切れよく言った。「マークのクリエーションのプロセスはずっと変わらないわ。プライベートが幸せかそうでないかには関係なくね。いつだって彼は創作意欲にあふれているのよ」

「自分の手の内にある間は、手の内にあるすべてを楽しみたいと思っている」とジェイコブス。「でも限られた時間しかないから急いで楽しまなければっていう恐怖心もあってね。楽しいことは永遠には続かないような気がして。この幸せを誰かに奪いとられるか、消えてしまうか、僕自身が失ってしまうか。いつだって悲運や混乱と隣り合わせでいるような気持ちなんだよ。それが自分の生まれ育った環境だったから」。

 ここ5年間「マーク ジェイコブス」の状況は、思わしいものではなかった。まず2014年にはダッフィーが退任。こうしてモード界で他に類を見ないほど成功した、創造性豊かなビジネスパートナーシップにピリオドが打たれた。2013年にはジェイコブスが「ルイ・ヴィトン」のアーティスティック・ディレクターを辞任。ほぼ同時期にふたりは、ブランド再編が進む「マーク ジェイコブス」の支配権をLVMHに譲渡した。かつては、化粧品や香水の事業のほか、メンズやキッズライン、ブックストアなど、合わせて世界に250以上の店舗を展開していたが、ウィメンズのプレタ以外のほとんどを終了、または縮小することになった。キャンディカラーのバッグ、ブルーのフレアジーンズ、つい手に取りたくなるようなアクセサリーが人気だったセカンドラインの「マーク バイ マーク ジェイコブス」も廃止となった。

 当時の状況の中でダッフィーは自分が脇に追いやられたように感じたと言う。「なぜLVMHがあんな決定を下したか理解できなくてね」。ダッフィーは不満げにつぶやいた。「きちんと儲かるものだったのに、なぜすべて捨て去ったんでしょうね」。

 NY州ハドソンバレーのラインベックに家を購入したダッフィーは、週末ごとにそこでの時間を楽しんでいるそうだ。今はふたりの子どもを育てている。子どもたちのゴッドファーザー(洗礼親)はジェイコブスである。ダッフィーの辞職後、「マーク ジェイコブス」のCEOには、まずジバンシィから移籍したセバスチャン・スールが就任。2017年からはケンゾーのエリック・マレシャルがあとを継いだ。2018年2月、マレシャルが着任後、初めて重要ポジションに採用したのが、アメリカのスポーツウェアブランド「バハ イースト」の共同設立者で元共同デザイナーだったジョン・ターゴンだった。ターゴンはコレクションのデザインチームとジェイコブスのサポート役になったが、わずか3カ月で退任した。「マーク ジェイコブス」のデザイナーは、やはりブランド名でもある本人にしか務まらないのかもしれない。

 

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