BY AATISH TASEER, PHOTOGRAPHS BY ROE ETHRIDGE, STYLED BY CARLOS NAZARIO, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO
今、明らかなのは、彼自身とブランドが華麗な躍進を遂げた“狂乱の時代”は過ぎ去ったということだ。まるで栄枯盛衰の訓話のように、エネルギッシュに勢力を拡大してきた彼のキャリアは、利益減少、店舗閉鎖、ダッフィーの退任(円満ではあったが)と非運が続き、静けさと陰りを帯びている。現在「マーク ジェイコブス」は、NYに3店舗、ロサンゼルスに1店舗、パリに1店舗、その他世界各地に5店舗残るのみだ。だがもちろん軌道修正は行っている。まず2018年に「ペリー・エリス」で手がけた伝説のグランジ・コレクションを復刻。誕生から25周年を記念したこの「レダックスグランジ・コレクション1993/2018」では、オリジナルにほぼ忠実な26ルックを蘇らせた。また、2019年5月には新ライン「ザ マーク ジェイコブス」を発表。「マーク バイ マーク ジェイコブス」の新バージョンと呼ぶべきこのブランドでは、定番アイテムの復刻版や新しいコラボレーションアイテムを提案している(復刻アイテムのチョイスには映画監督ソフィア・コッポラらが参画)。

フェザーのヘッドピース、ソフトオーガンザ製のダリアと葉をあしらったロングドレス(すべて参考商品)/マーク ジェイコブス
マーク ジェイコブス カスタマーセンター
TEL. 03(4335)1711
そして、ここ3シーズンの「マーク ジェイコブス」は大絶賛を浴び、批評家から再び彼は“NYファッションの顔”と称されている。最近のランウェイを見ていると、ヨーロッパの編集者たちが長いこと、彼のショー見たさにNYファッションウィークに飛んできていたことを思いだす。たとえ開演まで何時間も待たされようと、彼らは毎シーズンやってきていた(最近は“大抵の場合”オンタイムで開演している)。プロエンザ スクーラー、アルトゥザラ、トム フォードなど、ヨーロッパやカリフォルニアでショーを開催したブランドもあったが、ジェイコブスはずっとNYにこだわってきた。今でも彼のショーは、この街のファッションウィークでトリを務めている。
最近のショーはミニマルな簡素さが特徴だが、年月を重ねた巨匠としての気迫がほとばしっている(ちなみに彼は巨匠より、賢者という言葉をよく使う)。情熱を呼び覚まし、時代の空気を読みとるジェイコブスのパワーはいたって健在なのだ。今、人々が再びジェイコブスのクリエーションに興味をもつのは、ノスタルジアのせいではない。タガがはずれたようなこの時代に、勢力拡大の基盤さえ失った奇才デザイナーが、いったいどんなものをつくりだすのかと好奇心をそそられるのだ。
「アメリカのデザイナーには、この国のクリエイティブな世界に特有の、粘り強さや積極性があるわ。マークはまさにその両要素の象徴よ」。長いことジェイコブスと仕事をしてきたファッションPR会社KCDの共同経営者ジュリー・マニオンがコメントする。「伝統にとらわれない大胆さも彼の特徴ね」。
ジェイコブスというアーティストの妙技は、時代に合わせて新風を吹き込む感性とキャパシティにある。このブランドのショー会場といえば、10年以上にわたり、NYのレキシントン・アベニューにあるアーモリー(兵器庫)だった。レンガに覆われたボザール様式の第69連隊兵器庫だ。だが2014年からは、アッパーイーストサイドのパークアベニュー・アーモリーに移動した。ルーズベルト家とヴァンダービルト家出身の民兵が多かったため「シルクストッキング(註:上流階級)部隊本部」と呼ばれた、金ぴか時代(註:19世紀後半の産業発展と成金趣味を風刺した名称)の建造物である。
以来ジェイコブスは、何度かの例外をのぞき、ずっとここを会場にしている。かつてのランウェイは奇抜で斬新だったが、最近はどこまでもシンプルになり、会場で目につくのは、モデルと服と観客、そしてマッチ棒を敷き詰めたような、でこぼこした木の床だけだ。2018年春夏のショーは、色鮮やかな60年代風チュニック、ブローチを留めたターバン、バティック風の素材やパステルフラワー柄のワンショルダードレスなどが、水を打ったような静けさの中に現れた。約5km²の会場の外周にずらりと並んだ、座り心地の悪い金属製折りたたみ椅子。そこに腰かけた460人の観客は、きらびやかなジュエリーサンダルを履いて闊歩するモデルの足音と、スパンコールやビーズでずっしりと飾り立てた服がシュッシュッとこすれる音だけを耳にした。そこにはシンプルがゆえの圧倒的な迫力があり、若い頃にまとわりついていたノイズと混乱から解き放たれた、今のジェイコブスの心情が映しだされていた。
彼と最後に会ったのは、クリスマスの約1週間前、暖かな日差しの午後だった。アトリエのレセプションエリアの横には、彼の飼っているブルテリア「ネヴィル」の彫刻がある。私は最近、インスタグラムでこの犬のフォローをするようになった(フォロワーは20万人以上いる)。なんとなく、ジェイコブスがなぜ周囲の人々からこれほど深く愛されるのか、ようやくわかってきたような気がした。「創造性と悲運の神秘的な結びつき」を少しでも感じるタイプの人はみな、彼が漂わせる危うさに心をかき立てられてしまうのだ。
彼とひと言でも話せば、オスカー・ワイルドが『ドリアン・グレイの肖像』の主人公について書いたように、才能という「金襴(きんらん)」に「紫色の糸のような一筋の悲劇が通っている」と感じずにはいられないのである。だから庇護者たちは魅了されてしまう。「彼はとにかくとても美しい人よ」。ジェイコブスの友人で映画監督のラナ・ウォシャウスキーが高らかに言う。彼女は「ショーのあとの燃えつき症候群」だったジェイコブスに、アルベール・カミュの哲学的エッセイ『シーシュポスの神話』(1942年)を手渡した。その結果、ジェイコブスとウォシャウスキーは、この神話をテーマにしたタトゥを一緒に入れることになったのだという。
以前ジェイコブスが、1980年にカプリ島で祖母と撮ったというスライドを見せてくれたことがある。スライドはヴィンテージの赤いプラスチック製フォトビューワー(スライドを見るための装置)に入っていた。そこに写った彼は、タフで近寄りがたいほど魅力的な今の姿とまるで対照的だった。過去と現在、ふたつのイメージは、「無垢と経験」をテーマにした二連画のようである。ビューワーの小さな凸レンズをのぞくと、ひょろっとした17歳のジェイコブスがほほ笑みながら、高級住宅街のアッパーウエストサイドらしいエレガンスをたたえた白髪の祖母と並んでいる。
祖母が着ているのは、ジェイコブスの勧めで買ったという、シルバーの太いストライプが入ったクロード・モンタナの白いニットドレスだ。ジェイコブスは白いパンツに“ドレス風の”メンズセーターを合わせている。このセーターは、アッパーウエストサイドの今はなきセレクトショップ「シャリバリ」で、商品補充係のバイトをして得たお金で買ったものだ。ティーンエイジャーだったジェイコブスと、彼が大好きだった祖母の揃いの白い服は、ふたりの絆の証しである。それから数十年後、ジェイコブスとウォシャウスキーがともに施した、シーシュポスのタトゥと同じように。
神々の怒りを買った男が、罰として巨岩を山頂に押し上げ、再び転落する岩を運ぶという神話は、苦行が続く人生にまといつく孤独と徒労を知る人々から、常に共感を得てきた。ジェイコブスとウォシャウスキーの前腕にあるこの神話を主題にしたタトゥには、5つの単語から成る希望の言葉が刻まれている。「Iwill if you will (あなたがするなら私もしよう)」。逃げ場のない孤独を救ってくれるのが、人と人との温かな心のふれあいなのだ。
MODELS: JANAYE FURMAN AT THE LIONS AND ELIBEIDY DANI AT IMG. HAIR BY AKKI AT ART PARTNER. MAKEUP BY SUSIE SOBOL AT JULIAN WATSON AGENCY. SET DESIGN BY ANDY HARMAN AT LALALAND. CASTING BY MIDLAND.
MANICURE: DAWN STERLING AT STATEMENT ARTISTS. PRODUCTION: HEN’S TOOTH. LIGHTING DESIGN: JORDAN STRONG. PHOTO ASSISTANTS: ARIEL SADOK, KAITLIN TUCKER AND SHEN WILLIAMS. DIGITAL TECH: JONATHAN NESTERUK. STYLIST’S ASSISTANTS: RAYMOND GEE AND ERICA BOISAUBIN. TAILORING: THAO HUYNH. HAIR ASSISTANT: REI KAWAUCHI. MAKEUP ASSISTANT: SASHA BORAX. SET DESIGN ASSISTANT: LEE FREEMAN.