バレンシアガを手がけるデムナの、挑発的で、カルチャーの根幹を揺るがすようなクリエーションは、彼自身を映しだす自伝でもある。ときおり姿を隠そうとしても、その服は彼の過去と現在をありのままに物語る。バレンシアガでの快進撃が続くなか、彼はどのような決意をもってものづくりに挑んでいるのか。作品に映し出されるものをたどりつつ、パリのアパルトマンにも彼を訪ね、現在進行形の思いを聞いた

BY NICK HARAMIS, PHOTOGRAPHS BY LISE SARFATI, STYLED BY SUZANNE KOLLER, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

デムナ、かく語りき①~③はこちら>>

 バレンシアガでのミッションをひとことでたとえるなら「十字架を背負ったイエスが味わったこと」だとデムナは言う。「メゾンには素晴らしいレガシーがあるし、得るものも多いけど、同時に重い責任も感じる」。2015年にバレンシアガに就任したとき、「パリは眠っているみたいだった」と彼は当時を回想する。同年グッチに着任したアレッサンドロ・ミケーレと同じように、デムナは周囲から何を期待されているのかよくわかっていた。「僕の役目は人々の欲望を刺激すること。この役目は就任時から今までずっと変わっていない」。だからといってミケーレもデムナも、ただ売るために、やみくもに「セックス」をテーマにしないのはさすがだ。ミケーレのエデンの園では官能よりロマンスをたたえ、デムナはキンクをテーマにしながら、行為そのものより、カップルの主従関係を描く。デムナが就任して4年後の2019年、バレンシアガの年間収益は10億ユーロ(約1,400億円)を突破し、過去最高を記録した。

 大手ラグジュアリーメゾンのデザイナーであれば誰でも財政面の責任を負う。利潤をもたらすだけでなく、「カルチュラル・モーメント」(註:文化・社会的に重要な出来事や現象)となるような服を創ることも求められる。そしてデムナは過去10年間にこうした期待に応えるコレクションを数多く発表してきた。バレンシアガの2020年冬のショーでは、創設者クリストバルが手がけた礼拝用のドレス(侯爵夫人に依頼されて制作したベルベットのドレス)を奇妙に曲解した、錯乱の世界を描いた。会場には嵐の音が響き、天井のスクリーンが映す空には幾筋もの稲妻が光り、ランウェイはパリの灰色の再生水で水浸しになっている。モデルたちは貞操帯や、白目まで真っ黒にするコンタクトレンズをつけ、祭服のようなローブのドレープを風になびかせ、水を蹴りながら前進していった。バレンシアガの2021年秋のショーは、新型コロナウイルスの流行初期で開催できなかったため、エピックゲームズ社と共同制作したビデオゲーム「アフターワールド:ザ・エイジ・オブ・トゥモロー」の中で最新のルックを披露した。数年後の未来世界で戦うアバターたちは、中世の鎧を思わせるブーツ、NASAのロゴがついたアウター、シグネチャーである赤のダウンジャケットなどに身を固めていた。2022年夏のショーは「レッドカーペット」を舞台に、バレンシアガの最新作を着てショー会場内のレッドカーペットに現れるセレブリティたちを撮影し、そのライブ映像をエディターやバイヤー、ファンたちがいる劇場内で放映するというユニークな形式をとった。そこでは特別短編「ザ・シンプソンズ/バレンシアガ」もプレミア上演され、なんとアニメの中でもバレンシアガのショーが催された。マージとバートがモデルを務めるためにパリにやってくるというストーリーで、アニメのモデルたちも全身バレンシアガで決めていた。

画像: 趣向を凝らしたコンセプチュアルなショーを得意とするデムナ。以下の写真はすべてバレンシアガのショー。2021年秋のコレクションはビデオゲーム「アフターワールド:ザ・エイジ・オブ・トゥモロー」の中で披露 COURTESY OF BALENCIAGA

趣向を凝らしたコンセプチュアルなショーを得意とするデムナ。以下の写真はすべてバレンシアガのショー。2021年秋のコレクションはビデオゲーム「アフターワールド:ザ・エイジ・オブ・トゥモロー」の中で披露
COURTESY OF BALENCIAGA

画像: 2022年夏は「ザ・シンプソンズ」の特別短編を公開 COURTESY OF BALENCIAGA

2022年夏は「ザ・シンプソンズ」の特別短編を公開
COURTESY OF BALENCIAGA

 デムナには多くのファンがいるが、もちろん批判的な見方をする人もいる。ヴェトモンの服を「絶望的な世代のための粗悪品」と表現する書き手や、最近22万4,400円で限定販売された、バレンシアガの穴が開いたダメージ加工スニーカーを「一部の家の月々の家賃より高いのに、ろくに履くこともできない靴」と批判するジャーナリストもいた。デムナはその反応に驚く。「ただの汚い靴に見えるかもしれない。でも僕がデザインしたのは“土の中から掘りだしたばかりのスニーカー”なんだ」

 批評家が彼をとがめる理由はわからなくはない。時折デムナは、私たちが消化しきれないくらい大量のアイデアをいっぺんに提案しすぎているような気がするからだ。だがデムナというデザイナーは、アイデンティティにまつわる複雑な問題(グルジアの難民で、インポスター症候群〔註:成功しても自己を過小評価してしまう心理傾向〕のアウトサイダーで、ゲイであり、身体的な悩みももつ)と向き合いながら、あらゆる感情を創作的に表現し、ファンの消費行動に合わせたコンテンツを創りだそうとしているのだ。ファンたちが次から次へと、何百万ものタブをクリックし続けられるように。これまでにデムナが成し遂げてきたことをまとめると「セルフィ」と「スナップショット」にたとえられるだろう。彼がインターネット文化の真髄を最初に理解したデザイナーであることを知らしめたという点で「セルフィ」であり、混沌としたデジタルワールドの一断面を切り取ったという点で「スナップショット」なのだ。

画像: (左)イケアのショッピングバッグ「フラクタ」に着想を得たアリーナラムレザーの「キャリー ショッパー L」(2017年発売) (右)今年初めに発売された「パリ ハイトップスニーカー」のエクストラ デストロイド・バージョン

(左)イケアのショッピングバッグ「フラクタ」に着想を得たアリーナラムレザーの「キャリー ショッパー L」(2017年発売)
(右)今年初めに発売された「パリ ハイトップスニーカー」のエクストラ デストロイド・バージョン

 また「アイデアの切り貼り」を得意とする彼は、ロゴやミーム(註:ネット上の流行ネタや画像)を脱文脈化し、再び文脈化してみせる。その一例が、イケアの99セントの大きな青いプラスチック製トートバッグを着想源にした、2,145ドルのレザーバッグ(バレンシアガ)。2016年米大統領選挙キャンペーンでバーニー・サンダースが使ったロゴをモチーフに取り入れたレインコート(バレンシアガ、2017年秋冬メンズ・コレクション)。そして今はなきレストランチェーン「プラネット・ハリウッド」の架空の店舗を宣伝するTシャツ(ヴェトモン、2020年春コレクション)。彼はこのように新たなロゴを生んでは新たなミームを拡散してきた。無限ループのように繰り返すファッションを揶揄しながら、どこかでその流れにも乗っているからこそ、デムナは変わらない人気を保っている。また「どんな平凡なものでもコピーする価値がある」という考えも、彼をユニークな存在にしている。多くのデザイナーは美しいアート作品や風景からインスピレーションを受けるが、デムナが惹かれるのはインダストリアルで、質素で、ありふれたもの。「ラグジュアリーだからといって必ずしも、裕福さを見せつけるものにしたくはない。僕自身、“ブルジョワ気取りの成金”が持つようなバッグなんて欲しくないし」

画像: 2020年夏は議事堂のようなセットに COURTESY OF BALENCIAGA

2020年夏は議事堂のようなセットに
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 メゾン・マルジェラ、ルイ・ヴィトン、バレンシアガ……高級ブティックが軒を連ねるモンテーニュ通りを抜けて、デムナがパリで新しい生活の拠点にしている8区のアパルトマンを訪ねた。夫ゴメスとチューリッヒ郊外にマイホームを購入し(今は母親エリヴィラも同居中だ。『あの家はニュートラルカラーとベージュで統一しているんだ』と彼はほっとしたような笑顔を浮かべた)、デムナがパリを離れて6年になるが、仕事柄、一年のほぼ半分をここで過ごしている。壮麗な大理石の階段を数階上がり、彼のアパルトマンに着くと、わずかな生活の気配以外ほとんど何もない、殺風景なほどストイックな空間が広がっていた。玄関からヘリンボーン寄木細工の長い廊下を通り抜けるとバルコニーに突きあたり、そこからセーヌ川越しにエッフェル塔が一望できる。廊下には、バレンシアガのブランケットをきっちり束ねたテヨ・レミ作のベンチ、NY在住アーティスト、オースティン・リーが青いエアブラシで描いた、親が子を抱きしめている絵《Hold》(2022年)、そして黄菊とカーネーションを挿した花瓶を載せたアンティークのコンソールテーブルが配されていた。

 廊下の右手にあるダイニングルームの、アルコーブ(註:壁のくぼみ)の棚にはダイアナ元妃の小さな磁器像が6個と、バレンシアガのスニーカー型の施釉陶器、それに貯金箱といった雑多なオブジェが並んでいる。彼のあとについて白い箱型のキッチンに入ると、水の入ったボトルとバカラのクリスタルタンブラーをふたつ、テーブルに運んできてくれた。デムナはふっと息を吐くと「いい意味で空っぽな気分だな」と微笑んだ。デムナにとって二度目となるバレンシアガのクチュールショーと、神経を擦り減らすディナーパーティを終えた翌朝だったこともあり、彼はすっかりリラックスした様子だった(この日ヴェトモンのショーがあったが、2019年にブランドを離れたデムナは見に行かないことに決めていた。クリエイティブ・ディレクターは昨年から彼の弟が務めている。デムナは『手放すことを学ばなきゃ。もう自分の物語ではないからね』と言うが、気持ちにケリをつけるまでほぼ一年かかったらしい)。前日のクチュールショーの会場は、かつて創設者クリストバルがサロンを構えていた、ジョルジュ・サンク大通り10番地。そこで披露されたのは、ウェットスーツのように体にぴったりフィットしたネオプレンのブラックドレスや、ヴィンテージ・レザーウォレットをアップサイクルしたパンツ。ジャージ素材の間にアルミニウムの芯材を挟んで、シワや形状をキープするシャツ。そして250mのチュールを用い、7,500時間もかけて刺しゅうを施した、圧倒的なボリューム感があるベルラインのウェディングドレス。エディターやクライアントは心奪われたようにそれぞれのルックにうっとりと見入っていた。デムナはこのコレクションを「ヘリテージから生まれた未来のエクストラバガンザ(註:華やかな祭典)」と形容する。プレタポルテのフィッティングであれば普通はひと型につき3、4回で終わるが、今回のクチュール・コレクションではそれぞれ10回ほど行なったそうだ。

 ショーの数週間後、ニコール・キッドマンは電話越しにこう言った。「デムナは、ジョン・ガリアーノ、ジャン=ポール・ゴルチエ、カール・ラガーフェルド、アレキサンダー・マックイーンといったデザイナーたちと同じ立ち位置にいると思います。彼はファッションを通じて、世界の今を伝えようとしている」。デムナには映画監督スタンリー・キューブリックに通じる部分もあるらしい。「スタンリーからいつもこう言われていました。『私を決して偶像化しないでくれよ。私は悪いことをしたいし、間違いだって起こしたいんだ。でなければ死んだも同然だから』」

 だがデムナの胸を熱くさせたのは、ディナーパーティでナオミ・キャンベルから贈られた讃辞だった。彼はその言葉を一言一句覚えていた。「あの構築的な襟のドレスを仕上げるとき、ミリ単位でピンを留めてシルエットを創っていく手さばきを見て、あなたにとってこのドレスを美しく仕立てることがいかに大事で、どれだけ心血を注いでいるかがわかった。ただ“クリストバル風の襟をつけたドレス”にするのではなく、“クチュールとは何か”をきちんと理解していることも」。デムナは補足する。「キャンベルは『こんなふうに感じさせるデザイナーに出会ったのは、アズディン以来のこと』とも言ってくれたんだ」。アズディンとはもちろん、フランスで活躍し2017年に他界したチュニジア出身のクチュリエ、アズディン・アライアのことを指す。

 と、そのとき、デムナの目から涙がこぼれ落ちた。謝りながらスウェットの袖で涙を拭っている。彼は普段、仕事の場面でこういった弱さを見せないのだが。「僕は売れるスニーカーづくりだけが得意なデザイナーって思われているから」。デムナはモード界で受けている批判を嘆いたのだが、そのどこかで、長い間彼の心の奥底を疼かせてきた“拒絶されることの痛み”を訴えているようにも聞こえた。彼をいじめたクラスメート、愛情を返してくれなかった男性、敵対視してきた親類たち。少しして気持ちを落ち着けたデムナは、椅子に座り直して姿勢をピンと伸ばした。「僕は自分自身にファッションを進化させるというミッションを課したんだ。常に疑問をもち、決して現状に満足することなく、既存の概念と、ここ100年間にわたって押しつけられてきたあらゆるルールを打ち壊しながら」

「僕が創る一部の服に見られる粗削りな感じと辛辣さ、それとショーの雰囲気には、自分自身の人生と経験が映しだされていると思う。心の中にある痛みや喜びは、言葉で伝えるより、作品を通したほうが表現しやすいから」。だがそう言う彼は「言葉で表す」努力もしている。先日のクチュール・コレクションでは、BGMが響きだす前に一篇の詩が流された。デムナが作家のソフィー・フォンタネルとともにフランス語で書いた詩だ。AIで生成された声が、デムナの言葉を読み上げていく。「愛しています。30年の間、ずっとあなたを愛してきました。10歳のときからずっとあなたを待ち……目を閉じて、あなたのことを思っていました」。それは愛の詩であると同時に切望の詩でもあった。そして、ランウェイにモデルたちが登場し始めた。

MODELS: SHIVARUBY AT STORM MANAGEMENT, TONI SMITH AT ELITE, BLESSING ORJI AT IMG MODELS AND BARBARA VALENTE AT SUPREME. HAIR: GARY GILL AT STREETERS. MAKEUP BY KARIN WESTERLUND AT ARTLIST USING DR. BARBARA STURM. SET DESIGN BY GIOVANNA MARTIAL. CASTING BY FRANZISKA BACHOFEN-ECHT

PRODUCTION: WHITE DOT. MANICURIST: HANAГ GOUMRI AT THE WALL GROUP. DIGITAL TECH: DANIEL SERRATO RODRIGUEZ. PHOTO ASSISTANTS: FRANВOIS ADRAGNA, JACK SCIACCA. HAIR ASSISTANTS: TOM WRIGHT, REBECCA CHANG, NATSUMI EBIKO. MAKEUP ASSISTANT: THOMAS KERGOT. SET ASSISTANTS: JEANNE BRIAND, VINCENT PERRIN. STYLING ASSISTANTS: CARLA BOTTARI, ROXANA MIRTEA. ALL PRODUCT IMAGES IN THIS STORY COURTESY OF BALENCIAGA

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