身にまとうものには、その人の思いや考え、ときに主義や信条や、生きる時代の空気までも映し出されるもの。自他ともに認める稀代のモード愛好者、ファッションライター・栗山愛以が、自らの装いや物欲の奥にあるものを、ゆるゆると紐解き覗き込む

TEXT AND ILLUSTRATION BY ITOI KURIYAMA

 今回は、2月末〜3月頭にパリコレクションを取材した際に活躍したアイテムについてご紹介したいと思います。それは、耳の形をかたどったグッチのイヤークリップです。

画像1: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.2  グッチの「耳」クリップ

 スパイク付きのアクセサリーなども登場し、パンキッシュな味付けが好みだったシーズンのもので、裏2箇所に付いているクリップで固定するタイプ。左耳全体をゴールドに輝く耳で覆うというインパクトのあるデザインに心を奪われて手に入れました。
 身につけているとたびたび「聞こえますか?」と尋ねられますがちゃんと聞こえます。ただ、電話はさすがに難しい。ぎこちなく右耳で受ける必要があります。

画像2: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.2  グッチの「耳」クリップ

 さて、そんなアクセサリーがなぜ取材に必要なのか?と疑問を抱かれたかもしれません。パリコレとは半年先に発表される新作を取材したり、買い付けをするイベントですが、わざわざ世界中から足を運ぶ人々は、着飾るのがデフォルトのファッション好きがほとんど。その様相は「祭り」と言ってよく、参加するにはいつもよりちょっと盛りすぎくらいがちょうどいいのです。そこで、こちらのイヤークリップが最後の一押しに大いに役立ちました。たとえば、黒のニットドレスにボンバージャケットを羽織り、ジーンズの足元を切り取ったようなシュールなブーツを合わせたものの、顔まわりに何かパンチが足りないかも、といった時など。

画像3: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.2  グッチの「耳」クリップ

「ファッション祭り」では互いの服装をチェックし合うのが常ですが、パリでは「祭り」とは関係ない通りすがりの人々もよく服装についてコメントをくれます。今回は地下鉄の車内で「そのアクセサリーいいですね、どこのですか?」と聞かれました。ファッションがコミュニケーションの一環だと思っている私にとって、反応があるのはうれしいものです。

 ちなみにパリコレ最終日はそんな出会いもあった地下鉄を利用することができなくなってしまいました。年金改革法案の反対を訴えるストライキが開始されたからです。現地にお住まいの方によれば、利用客も理解があり、「仕方ないね、自転車移動かリモートワークにしましょうか」という感じのよう。タクシーやUberもつかまりにくく、おまけに自転車に乗れない私にはレンタサイクルという選択肢もなく死活問題でしたが、一方で本当に全く動かなくなるのはすごいな、と感嘆してしまいました。幸い鈍感なので気づかなかったのですが、この日からごみ収集もストップしていて、街のゴミ箱が山積みになりかけていたとか。公共交通機関の運営やごみ収集のありがたみを思い知らされるし、政府も動かざるを得なくなりそう。このくらいの気合いでやるならストも効果がありますね、と思ったのでした。

 ひょっとすると見知らぬ人に服装の感想をフランクに伝える、ということと、徹底したストには「行動力」といった点でかすかに関連があるんでしょうか。いろんな反応を憶測して一歩踏み出せないことが多々ある日本人が学ぶべき姿勢なのかもしれませんね…そんなことを思い巡らしながら帰国した次第です。

栗山愛以(くりやまいとい)
1976年生まれ。大阪大大学院で哲学、首都大学東京大学院で社会学を通してファッションについて考察。コム デ ギャルソンのPRを経て2013年よりファションライターに。モード誌を中心に活動中。Instagram @itoikuriyama

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