BY ASAKO KANNO, PHOTOGRAPHS BY MISUZU OTSUKA, STYLED BY TAMAO IIDA HAIR BY JUN GOTO AT OTA OFFICE, MAKEUP BY KANAKO YOSHIDA MODEL BY MAE AT BRAVO MODELS, SELECTION OF BOOKS & REVIEW BY CHIKO ISHII, SPECIAL THANKS TO FUJIMI PANORAMA RESORT
そういえばわたしとてよくもこの人を庇い通した─
おもえば氷を水に溶く幾年月。
その年月に涙がこぼれる。
──『岡本かの子全集11』「愛よ愛」より
岡本かの子「愛よ愛」
『岡本かの子全集11』(筑摩書房)所収
ヨーロッパを外遊した経験があり、華やかでドラマティックな恋愛小説『ドーヴィル物語』を書いた岡本かの子が、売れっ子漫画家の夫・一平と、のちに日本を代表する芸術家になる息子・太郎に対する想いを綴っている。かの子と一平の結婚生活は、かの子の愛人である大学生を家に同居させるなど、波瀾万丈なことで知られている。しかし、この「愛よ愛」は、過去の荒波を振り返りつつも静謐だ。一平がかの子に庭の初雪を見せるシーンが深く沁み入る。修羅場をくぐりぬけた大人の男女ならではの枯淡の境地。結びの一文も余韻が残る。
「歴史は習うためにあるんじゃなくて、過去の事実の記録だったわ」
──『欧米の隅々 市河晴子紀行文集』「イギリスとアイルランド」より
市河晴子「イギリスとアイルランド」
『欧米の隅々 市河晴子紀行文集』(素粒社)所収
市河晴子は「近代日本資本主義の父」と言われる渋沢栄一の孫娘として生まれた。ウェールズで見た夕日のきらめく薄紫の湖面、ロンドンで見た気持ちのいい遊びぶりの人々など、異国の風景を活写した旅行記は、豊かな教養に裏打ちされているだけではなく、先入観にとらわれない自由さがある。たとえば、湖水地方でローマ時代のモザイクの床を、民家のなかに探しあてるくだり。歴史書の紙の上の押し花のようだった知識が「霧の彼方の白百合のごとく、ぼんやりと遠い実在として、立体的に浮き上あがって来る」という表現が素晴らしい。
石井千湖(いしい・ちこ)
書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、書評家、インタビュアーとして活動を始める。新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿をはじめ、主にYouTubeで発信するオンラインメディア「ポリタスTV」にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。著書に『文豪たちの友情』(新潮文庫)、『名著のツボ 賢人たちが推す!最強ブックガイド』(文藝春秋)、『積ん読の本』(主婦と生活社)(10月1日発売予定)。T JAPAN webにて連載中のブックレビュー「本のみずうみ」も好評。
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