BY MIKA KITAMURA
スペイン・バスク地方。数回訪れたが、とにかく「美味しかった」という思い出ばかり。三ツ星レストランから食堂、バルまで、ぎっしりみっちりと美味しいお店が集まっている。マルシェへ行けば、ぴちぴちの魚に骨太な肉類、シャルキュトリー、とれたて野菜やフルーツ、素朴な焼き菓子まで、すべて買い占めたくなるほど。ややシャイで、うちとけるには時間がかかるが、いったん心の扉を開けばその奥にはあふれる優しさを隠し持った人が多い。
だから、バスクの三ツ星レストランが日本に上陸と聞いて、「これは行かねばなるまい」と出かけましたよ。
外苑西通りからテレ朝通りへ抜ける坂道を上がっていくと、右側にモダンな建物が見えてくる。この建物の地下から2階まですべてが「エネコ東京」。バスク地方の都市・ビルバオ郊外にある三ツ星レストラン「アスルメンディ」によるアジア初出店だ。シェフは、エネコ・アチャ・アスルメンディ。2005年に27歳で独立、3年後の2008年に一ツ星、2011年に二ツ星、2013年以降は三ツ星を獲得。現在も星を維持し、スペインで最も若い三ツ星シェフとして、世界の注目を浴びている。
「エネコ東京」では、そんな「アスルメンディ」のエッセンスを肩肘張らずに楽しめる。そこここに楽しい仕掛けが隠されているコースは、わくわく感満載だ。
まず、1階でチェックイン。緑あふれる「グリーンハウス」と呼ばれるコーナーに座り、ピクニックバスケットに入ったフィンガーフードで食前タイム。バスクの白ワイン、チャコリで乾杯できるのが気に入っている。美味しいチャコリを都内でみつけるのは至難の技。仕事の疲れが一気にほどけていく。
2階のダイニングはシンプルでスタイリッシュ。インテリアもサービスも、とてもカジュアルなのがイマドキな感じ。ただし料理には、ガストロノミーの世界がしっかり展開される。コースの最初に出てくる「トリュフ卵」が今回のひと皿だ。
黒いダイヤモンドと呼ばれるトリュフ。かの美食家、ブリア・サヴァランが媚薬としての効能を誉め称えたことでも知られる。怪しい魅力に満ちた深い風味は、何度も食べたくなる中毒性がある(と私は思っている)。エネコシェフがスペインの本店でこれを最初のひと皿として定番にしているのも、トリュフの魔性をよく知っているからだろう。
テーブルにすっと出されるのは、スプーンにのった卵黄。温かい卵黄を口に入れる。ねっとりした卵黄の味わいがじゅわっと広がると同時に、トリュフの濃密な風味が弾ける。そうなんです。トリュフと卵は定番の組み合わせ。古くから愛されてきたペアリングを小さな卵黄に凝縮して、ワンスプーンで食べさせるなんて。卵液をほんの少し抜き、そこにトリュフの香りを抽出した液体を注入。いよッ、芸達者!と合いの手を入れたくなるほど巧妙な美味しさ。
「バスクでは、その長い歴史と地元の食材、これに新しさを掛け合わせて料理を生み出しています」とエネコシェフは話してくれたが、まさにこれもそう。バスクでは、バスクの卵を、日本では日本の卵を使う。もともと食材の味を存分に引き出す調理法なので、同じ料理でもバスクと日本では食感も味も異なる。
最初の1品の後は、5〜8品ほど続き、デザート、プチフールまで、飽きずに楽しめる。ある日のメニューは、「雲丹のテクスチャー 海のブラディマリー」「バスク風キノコ」「仔豚のフリット バジルのエマルション」「本日の鮮魚 小麦のブレーズ 炭火焼きのピーマン ノリ」と続き、メインは「鳩のグリル」。61度で約6分という低温調理で美しくロゼ色に火入れした後、皮だけカリッと焼き上げているから、香ばしくジューシーでミルキーな味わい。料理数は多いが、ポーションが小振りなので、女性でもスルッと入る。
どの料理も、シェフがひと皿ひと皿時間をかけて作り上げた味。エネコ東京は、エネコシェフの信頼厚い磯島仁料理長が厨房を預かる。季節によって、食材によって料理は変わるが、ディナーではこの「トリュフ卵」が必ず登場する。いつかビルバオのお店も訪れよう。遠いバスクの味を夢見ながら、この店に通っている。
ENEKO Tokyo
住所:東京都港区西麻布3-16-28 TOKI-ON西麻布
営業時間:12:00〜14:00LO、18:00〜20:00LO
定休日:年末年始。土・日曜・祝日は要問い合わせ
コースのみ(ランチ¥5,000、¥7,000、
ディナー¥9,500、¥13,000、¥20,000 いずれも税サ別)
電話:︎ 03(3475)4122
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