天井までのガラス窓の向こうには、濃い緑と瀬戸内海の青が広がる。都心で予約のとれない人気店を営んでいたシェフが、岡山県・牛窓に移住して得たものとは

BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY TETSUYA MIURA

 林の朝は、牛窓の「高祖鮮魚店」から始まる。オープン以来、店の営業日には必ず訪れている店だ。当初は漁協から買うつもりだったが、地元の魚を試そうと高祖鮮魚店を訪れてみて、活きのよい魚と豊富な知識に惚れ込んだ。
「仕入れ担当の高祖多賀子さんの素晴らしい目利きと、息子の豊さんの的確な技術に大きな信頼を寄せています。魚について教わることが多くて」

画像: 魚の目利きでは右に出る者のいない高祖多賀子さん、83歳。奥は息子の豊さん、妻の仁美さん。豊さんがすべての魚をおろす。「僕がやるよりうまいので、下処理はお任せしています。ひとりで仕込むので、ありがたい」 ほかの写真を見る

魚の目利きでは右に出る者のいない高祖多賀子さん、83歳。奥は息子の豊さん、妻の仁美さん。豊さんがすべての魚をおろす。「僕がやるよりうまいので、下処理はお任せしています。ひとりで仕込むので、ありがたい」
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 牛窓の海は一見穏やかだが、底のほうの海流は速いので魚の身が締まり、おいしくなる。塩分が少ないのは南イタリアの海と同じ、と林は言う。この店では、朝捕ったばかりの“とれとれの”魚をさっと洗うだけなので、くさみはいっさいなく、旨みがしっかり残る。「アッカ」のメニューは当日の朝、この店で決まる。林にとって、なくてはならない存在だ。

 東京からの客に「料理が変わった」と言われた。「変わってはいないですね。自分というフィルターは同じですが、素材が替わったので、そう思われるのかもしれません」。だが今、素材との出合いが楽しくてたまらない。築地の魚は「人為的に生かされている」けれど、ここの魚は「さっきまで海で泳いでいた」活きのよいもの。明らかに、味も香りも格段に違う。近くの農家から仕入れる野菜やハーブも、林いわく「うなるほどおいしい」ものが多いという。

画像: 高祖鮮魚店へは毎朝、8時すぎに仕入れへ。この朝、店頭に並んだのは 鯛、ベカ(ベイカ)、ガラ海老、メバルなど ほかの写真を見る

高祖鮮魚店へは毎朝、8時すぎに仕入れへ。この朝、店頭に並んだのは 鯛、ベカ(ベイカ)、ガラ海老、メバルなど
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 メニューは、デザートを入れて9品ほどのおまかせコースのみ。高祖鮮魚店の魚をメインに、店内にある薪窯で焼いた魚や肉を組み入れている。たとえば「小鯛のヴァポーレ」。朝揚がった瀬戸内の小鯛をさっと蒸し煮にし、牛窓産のマッシュルームを薄くスライスしてたっぷりのせた。日本のチーズ工房の草分け、「吉田牧場」のカマンベールを合わせ、牛窓オリーブ園のオリーブオイルを回しかける。マッシュルームの濃厚な香りがまず鼻に抜け、滋味が広がる。小鯛はぷりぷりと弾け、旨みがぐっと迫ってくる。

画像: 「小鯛のヴァポーレ」。「このマッシュルームはトリュフより濃密な香りがします」 ほかの写真を見る

「小鯛のヴァポーレ」。「このマッシュルームはトリュフより濃密な香りがします」
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 このひと皿はすべて岡山の食材で仕上げたが、林は地産地消にこだわっているわけではない。肉は広尾時代と同じ、熟成肉で有名な「中勢以(なかせい)」から。無理に岡山県内でおいしい肉を探し求めるより、気に入って使ってきた食材のほうが、迷いなく調理できるから。塩はあえて精製塩を使う。「塩に旨みを求めてはいません。この塩はサラサラしているので、量をうまく調整しながら肉や魚に塩を打つことができます」。食材のよしあしをしっかり見極め、自分のセオリーに自信をもって 調理している。

 

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