山に囲まれ、豊かな伏流水にも恵まれた愛媛県大洲市で、140年以上続く醤油蔵がある。13代目の梶田泰嗣がこだわるのは丸大豆と小麦、塩だけでつくった醤油。昔ながらの製法に固執したのは、小学校時代、アトピー性皮膚炎に悩んだ体験からだった

BY YUMIKO TAKAYAMA, PHOTOGRAPHS BY BUNGO KIMURA

本誌10月25日号掲載の特集「おいしいひと皿から世界が変わる。」で取材をしたフランス料理「レフェルヴェソンス」のシェフ 生江史伸さんが手がけるブーランジェリー「ブリコラージュ ブレッド アンド カンパニー」。この店のお皿の上を彩るのはすべて、生江シェフが敬愛してやまない生産者たちが、天塩にかけてつくった食材だ。その“おいしいひと皿”をつくる6人の生産者の声を、全6回にわたりお届けする。

第二回は、愛媛・大洲の蔵で、伝統に立ち返り、素材と製法にこだわりぬき、真っ正直に醤油作りに取り組む13代目を紹介。


 愛媛県大洲市で144年以上続く醤油蔵「巽(たつみ)醤油」。麹を丸大豆からつくる昔ながらの醤油や味噌の蔵として、日本料理の料理人をはじめ、フレンチの有名シェフなどが一目置く存在だ。その醤油をつくる若き職人に会いたくて、明治時代に作られた土蔵が残る「巽醤油」を訪ねた。建物の中に入ると、歴史を感じさせる凜とした空気が漂い、醤油の発酵独特の芳しい香りを放つ仕込みの木桶がずらりと並んでいる。真っ黒な壁は長年、良い酵母菌が住みついている証拠だ。

画像: 140年以上続く梶田商店。明治23年頃には、台車で宇和島市の方まで醤油を売りに行っていたという記録が残っている。当時は愛媛県内に230軒もの醤油蔵があった

140年以上続く梶田商店。明治23年頃には、台車で宇和島市の方まで醤油を売りに行っていたという記録が残っている。当時は愛媛県内に230軒もの醤油蔵があった

「丸大豆から醤油をつくる昔ながらの製法に戻ったのは、じつは自分の代からなんです」と13代目の梶田泰嗣。梶田は小学校の頃、アトピー性皮膚炎に悩まされていた。成人したときには完治したが、「どうして自分がアトピー性皮膚炎になったのか」という疑問は、つらかった思い出とともにずっと心に残っていた。農業大学の醸造科卒業後、大手スーパーチェーンに就職。三重県の支店で食品全般を扱うグロサリー部門を担当し、膨大な食品に囲まれる毎日の中、気づいたことがある。1970年代以前、アトピー性皮膚炎はあまり見られなかったという。なぜ近年になって、この症状に悩む人が増えたのだろう。昔と今と大きく変わったことはなんだろう? 思い当たったのが自然環境と食生活の変化だ。

画像: 梶田商店13代目 梶田泰嗣。醤油について話始めると止まらなくなる

梶田商店13代目 梶田泰嗣。醤油について話始めると止まらなくなる

 2002年に家業の醤油づくりを継ぐと決心したとき、父に宣言したのは「自分のつくりたい醤油をつくらせてほしい」ということだった。祖父、父の代は脱脂加工大豆を醤油の原材料に使っていた。脱脂加工大豆は大豆から油分を取り除いているため、たんぱく質の含有量が多い。また、平らにつぶれた形状なので水を吸いやすく、効率的にたんぱく質を分解しやすい。丸大豆に比べてずっとコストが安くて生産効率が良く、できあがった醤油の旨味も強いので、国内の約70%の醤油が脱脂加工大豆からつくられているといわれる。

画像: 仕込んで一年ぐらいの「もろみ」。丸大豆と醤油麹を作ったものに塩水を加えて作る。蔵人は定期的に攪拌し、乳酸菌や酵母菌といった微生物の働きやすい環境を整える。これを搾ると醤油になる

仕込んで一年ぐらいの「もろみ」。丸大豆と醤油麹を作ったものに塩水を加えて作る。蔵人は定期的に攪拌し、乳酸菌や酵母菌といった微生物の働きやすい環境を整える。これを搾ると醤油になる

 けれども梶田がつくりたかったのは、丸大豆と小麦、塩だけでつくる醤油。巽醤油の歴史をさかのぼり、記録を調べ、先祖の製造方法を探った。地元でつくられる無農薬の大豆や小麦を探したが当時は見つけることができず、地元大洲産の慣行栽培の丸大豆を使用した。「人の顔が見える原材料であること、そして地元のものを使いたいという点は譲れなかった」と梶田。新しい製法に変えることで、父からの反発は多少あったものの、父もベテランの蔵人たちも製法についての質問には真剣に答えてくれた。

画像: もろみが仕込まれた杉桶がずらりと並ぶ。おいしい醤油ができるには、豊かな水も重要。梶田商店では地元の伏流水を使用している

もろみが仕込まれた杉桶がずらりと並ぶ。おいしい醤油ができるには、豊かな水も重要。梶田商店では地元の伏流水を使用している

画像: もろみは時間の経過とともに色が濃くなっていく。壁の黒さは良い酵母菌が住み着いている証拠

もろみは時間の経過とともに色が濃くなっていく。壁の黒さは良い酵母菌が住み着いている証拠

 醤油は大豆と小麦で醤油麹をつくり、食塩水と掛け合わせて杉桶に仕込む。1年から2年のあいだ、じっくりと発酵、熟成させて醤油が完成する。初年度は父から「自由にしていい」といわれた一桶だけ仕込み、試作を重ねた。その結果、できあがった醤油は香り高く、味わいもシャープ。自分の中では満足のいく味わいだったが、何軒かの日本料理店に試食してもらったところ、「醤油がうますぎる。料理が負けるから使えないね」という料理人の言葉にショックを受けた。その人がわかっていないだけだと思いたかった。また、原価がかかるため、従来の巽醤油の2.5倍の価格設定というのも売り上げが伸び悩む原因となった。

 

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