国内に流通するピーナッツの約9割が外国産という実情のなか、千葉県旭市でオーガニックの落花生を育てている若き生産者がいる。この落花生から生まれる、ピュアな味わいのピーナッツペーストに夢中になる人が後を絶たない

BY YUMIKO TAKAYAMA

 本誌10月25日号掲載の特集「おいしいひと皿から世界が変わる。」で取材したフランス料理店「レフェルヴェソンス」のシェフ 生江史伸さんが手がけるブーランジェリー「ブリコラージュ ブレッド アンド カンパニー」。この店の皿の上を彩るのはすべて、生江シェフが敬愛してやまない生産者たちが手塩にかけてつくった食材だ。その“おいしいひと皿”をつくる6人の生産者の声を、全6回にわたりお届けする。

第三回は、九十九里浜のある千葉・旭市で落花生を無農薬栽培で育て、ピュアでやさしい味わいの絶品ピーナツペーストを作る、若き生産者を紹介。


「Bocchi Peanut(ボッチピーナッツ)」のピーナッツペーストを初めて食べたときの衝撃は忘れられない。透明感のあるピーナッツの油分と芳醇なコク、やさしい甘み。繊細な味わいは、今まで食べてきた“ザ・アメリカン”なピーナッツバターとはまったく異なる。原材料はピーナッツとてんさい糖、塩のみだ。

「千葉の旭市に無農薬で落花生を栽培している若者がいるんです」とフレンチレストラン「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフから聞いて取り寄せたのが、Bocchi Peanutのピーナッツペーストだった。生江シェフが手がけるベーカリーカフェ「ブリコラージュ&ブレッドカンパニー」では、看板メニューのオープンサンドにも使われている。

画像: 代表の加瀬宏行。2015年からスタートした、オーガニックの自社栽培の畑にて PHOTOGRAPH BY YUMIKO TAKAYAMA

代表の加瀬宏行。2015年からスタートした、オーガニックの自社栽培の畑にて
PHOTOGRAPH BY YUMIKO TAKAYAMA

 その生みの親である加瀬宏行(37歳)はピーナッツの卸問屋、株式会社セガワの三代目。父親の代から加工業がスタートし、もの心ついたときからピーナッツが周りにあったという。しかし、時代とともに落花生(ピーナッツ)農家の後継者が激減し、生産量は下降する一方で、「自分の代で何ができるのか、跡を継ぐプレッシャーはありました」という。

 第一子が産まれてから数年がたった頃、近所にある落花生畑で大量の除草剤を使用しているのを目の当たりにしてショックを受けた。雑草がまったく生えていない畑。「子供たちに安心して食べさせられるピーナッツを作りたい」という強い感情が沸き起こったのはそのときだ。

画像: 5月の落花生の芽吹き。楕円形の葉は夜には閉じるという習性がある COURTESY OF BOCCHI

5月の落花生の芽吹き。楕円形の葉は夜には閉じるという習性がある
COURTESY OF BOCCHI

 落花生の全国生産量の約75%を占める千葉県で、生産地としてよく知られているのは八街市だが、じつは明治時代に千葉県で最初に落花生を作り始めたのは加瀬が住む旭市。八街市や富里市などの内陸に比べると畑面積に対する生産量は落ちるが、九十九里浜の潮風と強い日差し、ミネラルを含む火山灰土でできた土壌が、味のよいピーナッツを育むと言われている。

「『アメリカでは、ピーナッツは国民食とも言えるぐらいポピュラーで、落花生農家出身の大統領もいる(注:ジミー・カーター元大統領)』と生江シェフから聞いて、自信につながりました。日本でも、おいしいピーナッツを作れば支持してくれる人たちはいるんじゃないか」

画像: 落花生の生産地特有の秋の風物詩。収穫した落花生を根がついたままで重ね、天日干しする COURTESY OF BOCCHI

落花生の生産地特有の秋の風物詩。収穫した落花生を根がついたままで重ね、天日干しする
COURTESY OF BOCCHI

 コンビニやスーパーマーケットなどで見かけるピーナッツ加工品の原料のほとんどが輸入に頼っているという実情のなか、「ピーナッツの本当のおいしさをいろんな人に知って欲しい」と、加瀬は2015年にブランド「Bocchi Peanut」を立ち上げた。“ボッチ”とは収穫した落花生を乾燥させるために畑に積み上げて稲わらをかけた野積みのことを指す、この地域ならではの方言。同時に、自社畑の半分を有機農業、残りを低農薬で落花生の栽培をスタート。初年度は草取りに追われ、落花生の天敵であるコガネムシに葉や根を食い荒らされ、収穫は予想よりもずっと減ってしまったという。「農業は初心者ですから、専門家に聞いたり、ネットで調べたりと試行錯誤の連続です」

 加瀬と一緒に畑へ向かった。落花生の葉は一枚一枚楕円形に近く、どこかユーモラス。掘り起こした早生の落花生の小さな粒を口に運んでみる。クリーミーかつ爽やかで、フレッシュなアーモンドミルクに近い味わいだ。

画像: 育てている品種は、在来種の千葉半立、ナカテユタカ、郷の香の三種類。除草剤を使用していないため、草取りをまめに行う COURTESY OF BOCCHI

育てている品種は、在来種の千葉半立、ナカテユタカ、郷の香の三種類。除草剤を使用していないため、草取りをまめに行う
COURTESY OF BOCCHI

 できあがった落花生は丁寧に殻むきをし、乾燥させるために一カ月ほど野積みして地干しする。その後、最適なピーナッツを何度も選別し、焙煎、薄皮を剥がし、ピーナッツペーストに加工する。今の味わいになるまで、さまざまな飲食店関係者や料理家に試食してもらい、試作を重ねたという。
「ある有名ベーカリーのオーナーの方に、自信作のピーナッツペーストを持っていったんです。そしたら、“朝食ではこれは食べないね”と言われました。味がくどすぎたんです。目覚めたあとに食べたくなるピーナッツペーストとはどんな味わいだろう……と行き着いたのが今の商品です」

 加瀬は販売に問屋を介さない。「Bocchi Peanut」の製品を扱いたいと連絡が入ると、実際にその店に足を運んで話をしてから取引を開始する。「“なぜそんな手間のかかることをするのか”と周りからは言われるけれど、販売する人たちの顔や店を知りたいし、彼らに生産者のことも知って欲しい。今は100軒以上のお店と取り引きがあります」

画像: 目でピーナッツペーストに使用するピーナッツを識別する COURTESY OF BOCCHI

目でピーナッツペーストに使用するピーナッツを識別する
COURTESY OF BOCCHI

 自社の有機栽培の畑は年々規模を増やし、現在はスタート時の倍の6反歩に。けれどもまだまだ理想の集荷量には満たない。最近、有機農業で落花生を育て始めた千葉県内の若い農家と知り合って意気投合し、来年から取り引きできることになった。そうして自分が目指す方向へ舵をとると、おのずと仲間が集まってくる。そのつながりがうれしい、と加瀬は話す。

画像: ほのかな甘みのあるピーナッツペースト「SUGAR」<120g>¥972 ほかに、クランチな食感の「CRUNCH」<120g>、ピーナッツ100%の「PLAIN」<120g>各¥972がある BOCCHI TEL. 0479(67)3566 公式サイト COURTESY OF BOCCHI

ほのかな甘みのあるピーナッツペースト「SUGAR」<120g>¥972
ほかに、クランチな食感の「CRUNCH」<120g>、ピーナッツ100%の「PLAIN」<120g>各¥972がある
BOCCHI
TEL. 0479(67)3566
公式サイト
COURTESY OF BOCCHI

 次の挑戦は、オーガニックのピーナッツオイルの搾りかすを使ったお菓子を考案すること。25kgのピーナッツオイルを得るためには100kgのピーナッツが必要で、うち75kgが搾りかすになる。今まで廃棄されていた部分だが、東京・代々木八幡にあるフレンチビストロ「PATH」の後藤裕一シェフパティシエに話をしたところ、彼自身、フードロス問題に関心が高く、商品開発に協力してくれることになったという。

「地元の子供たちに、有機農業ってかっこいい! って思ってもらえるようなピーナッツ生産者になりたい。そしていつか、そのなかから料理人や飲食業に関わる人が出てきて、“地元のピーナッツを使いたい!”って言ってもらえたら本望です」と、キラキラと瞳を輝かせて話す加瀬の笑顔が印象的だった。

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