さまざまな分野で活躍する“おやじ”たち。彼らがひと息つき、渋い顔を思わずほころばせる……そんな「おやつ」とはどんなもの? 偏愛する“ごほうびおやつ”と“ふだんのおやつ”からうかがい知る、男たちのおやつ事情と知られざるB面とは。連載第7回はTORIBA COFFEE代表 鳥羽伸博さん

BY YUKINO HIROSAWA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI EHARA

「トリバコーヒー」の店舗は、銀座のど真ん中にありながら、カフェでもなく喫茶店でもなく、豆の販売のほかはテイスティングコーナーのみ(ちなみにB1階はコーヒーの貯蔵庫、2階は3台の焙煎機を配したロースター、3階はコーヒーを研究するためのラボ)。また、中華の名店「ミモザ」の南シェフが考案した豆花を提供する「明天豆花」、現代美術家の加賀美 健さんとコラボした「コーヒーコーヒーうるさい」など、毎月展開される多彩なポップアップイベントは、食やファッション、音楽などさまざまなジャンルが絡み合い、予想外のギミックであふれ、訪れるたびにワクワクが止まらない! その仕掛け人が鳥羽伸博さんだ。

 父親は長らくコーヒーに携わってきた経営者。その次男である鳥羽さんは、小さい頃から超多忙な父の背中を見ながら、東京・尾山台ですくすくと育った。「僕が小学生だった頃は、父の会社が急成長しているときで、お中元やお歳暮などが自宅にたくさん届きましたし、世間一般にいう“ごちそう”を口にする機会もありました。とはいえ、母はなんだか地味な人で、とりたてて贅沢をするわけでもなく、普段の食事もいたって普通でした。自宅がある尾山台は、当時は大型のスーパーマーケットもなく、駅周辺にあったのは昔ながらの商店街。『中村屋』と『サーティワンアイスクリーム』はあるけど、『不二家』はない…… という独特のミックスカルチャーの町でしたね」

 昭和56年、そのエリアに新風を吹き込んだのが、日本におけるフランス伝統菓子のパイオニア「オーボンヴュータン」だ。「地元で唯一のケーキ屋さんだった、というだけですが、父と2人でパティスリーまで歩いて行き、父はコーヒーを飲み、僕はケーキを食べるというのが休日の習慣でしたね。『カシスとかフランボワーズって何だ!? なんだかすごくおいしいぞ』と思いながら(笑)」。

 高校卒業後はロンドンへ留学、8年滞在した。「まだ自分の味覚も成長段階だったし、当時のロンドンは、食への意識や関心が高まる以前で、あまりおいしいものがなかったような気がします。だからこそ、電車に乗って友人たちと訪れたパリで、日本未上陸だった『ラデュレ』のマカロンや、『ピエール・エルメ・パリ』の白トリュフが入ったデザート、『ピエールガニェール』のチョコレートケーキを目にし、口に入れたときの驚きと感動といったら! おいしすぎてマカロンなんて1人で1回に20個くらい食べたんじゃないかな(笑)」。まるでアートように視覚に刺激を与え、口の中に新世界を吹き込んだファンタスティックな食体験は、「オーボンヴュータン」での少年時代の思い出とどこか似ているという。

 ところで、鳥羽さんは2年ほど前から動物性食品を口にしない食事法・ヴィーガンを実践し始めた。「海外でこれでもか! というくらい塊肉を食べたので、その反動なんでしょう。肉はもちろん、卵も乳製品も食べないので洋菓子もダメ。なので、甘いものが欲しくなったら、植物性の材料で構成されている和菓子を口にすることが増えましたね。体に変化は起きたかって? 今、体調がよくなったというよりは、以前はものすごく悪かったんだということに気づきました」

画像: 「栗苞」6個入り¥1,580 松月堂 フリーダイヤル:0120-08-3008 www.syogetsudo.jp

「栗苞」6個入り¥1,580
松月堂 
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 何かとお世話になっているsacaiのデザイナー、阿部千登勢さんからいただいたのが、本格的な栗きんとんの「栗苞」。「もともと僕は、ホクホクした食感があまり得意ではないのですが、これは滋味豊かな栗きんとんを、ぷるぷるの葛がおおらかに包み込んでいる。立て続けに4個たいらげ、ご本人にもすぐに『おいしい!』とLINEしたほど魅了されました」。鳥羽さんにとっておやつは“友達”。3階にある事務所のデスクで、作業をしながらほおばることが多いそう。

 

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