BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
近年、日本ワインの発展には目覚ましいものがある。日本各地に意欲あるつくり手が現れ、栽培される品種も多彩になってきた。日本ワインの市場は活性化し、海外においても少しずつ注目を集め始めている。この礎石ともいえる役割を担ったのが山梨県の勝沼町だ。日本の固有品種・甲州がこの地で発見されたのは718年とも1186年とも伝えられ、明治時代からワインづくりがなされてきた歴史ある土地でもある。
だが、日本のワインづくりの歴史は決して平坦なものではなかった。1980年代、日本にワインブームが起きたものの、人気の主流はフランスワインで、日本には外国産のワインが大量に輸入されていた。そんな中、勝沼の生産者たちは日本ワインの未来に危機感を抱き、「甲州の品質向上を」という信念を掲げて「勝沼ワイナリーズクラブ」を87年に立ち上げた。その目的を次のふたつ「勝沼町のまちづくりの一翼を担い、ブドウの景観の保持に努める」「甲州の品質の向上をアピールしていく」とした。その8年前には、勝沼町はフランスのA.O.C.(原産地呼称制度)にならい、勝沼独自のワインに関する条例を全国に先駆けて制定している。
現在、地元資本の8社のメーカーが「勝沼ワイナリーズクラブ」に所属、勝沼ブランドの向上のために日々努力を続け、日本ワイン牽引の一端を担っている。近年の勝沼の変化について、クラブ会長の神藤亜矢氏はこう語る。「日本ワインに関する関心は、年々高くなっていると感じます。消費量もそうですが、私たちがお受けする取材の数も増えました。ただ、まだ一般消費者の方々には日本ワインと国産ワインの違いが明確に浸透していないので、そこもきちんとお伝えしなくてはいけないと思っています」
リアルに感じるのは「観光客が多くなったこと」と語るのは、「原茂ワイン」専務取締役の山崎紘央氏だ。「近年、わざわざ勝沼を目指して訪れる外国人の方も多く見受けられます。東京から電車で一時間と近いのもアドバンテージになっているのでしょう。山梨・勝沼が、日本を代表するワイン産地として認識されはじめていると感じています」
ブドウ品種やワインのスタイルの変化については、「丸藤葡萄酒工業」代表取締役の大村春夫氏が話してくれた。「甲州種以外に、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、プティ・ヴェルドなどの品種をつくるワイナリーも増えてきました。また、時流を反映してか、オレンジワイン※1も登場してきました」。「シャトー・メルシャン」チーフ・ワインメーカーの安蔵光弘氏はこの言葉を受け、「オレンジワインに関しては、勝沼で勉強会も開きました。世界最古のワインともいわれるジョージアワインが昨今話題となっているので、こうした栽培や醸造技術の情報のアップデートは欠かせないものだと思っています」と話す。
また、ブドウ農家との新たな関係性を教えてくれたのは「白百合醸造」代表取締役の内田多加夫氏。「日本のブドウは生食用のほうが高く売れることもあり、ワイン専門のブドウ農家は多くはない。以前はこちらの要望を伝えることが難しかったのですが、今はワインづくりに意欲的な農家も増えて、自分たちから育ててほしいブドウの状態についても発言できるようになりました。これはワインの品質向上にとって大きな進化だと思います」。
「くらむぼんワイン」代表取締役の野沢たかひこ氏は、こう続けた。「地理的表示制度はWTOに認められた日本唯一の制度。品質も保証されたGI勝沼ができることで、勝沼の甲州ワインのブランド力が高まり、日本のみならず世界に対してアピールしていけるのではと期待しています。それがひいては甲州ブドウの買取価格を引き上げることにもつながり、農家と連携しながら勝沼という産地を守っていくことになるでしょう」
「中央葡萄酒(グレイスワイン)」代表取締役の三澤茂計氏は、勝沼が目指すべき未来の“GI ※2(地理的表示)”についてこう話す。「2013年には国税庁によって『GI山梨』が認められました。これは世界に向けて山梨のワインをアピールするには喜ばしい一歩でした。日本ワインの産地はますます明確になってきています。それを鑑みると、サブ・リージョン(土地の個性ごとに、さらに小さく分割した生産地区)をつくって、よりワイン産地の魅力を際立たせることが急務なのではないかと考えます。今、私たちは『GI勝沼』の認定を目指して頑張っているところですが、なんとか、これを実現できたらと願っています」
「錦城葡萄酒」代表取締役社長の高埜よしみ氏も三澤氏と思いを同じくするひとりだ。「これは、私たちにとっても、これからの大きな課題だと思っています。甲州はもちろんのこと、勝沼はマスカット・ベーリーAの品質も高い。『GI勝沼』の実現によって、勝沼産ワインの品質の高さをアピールできたら幸せですね」
最後に、「蒼龍葡萄酒」代表取締役社長の鈴木卓偉氏が、こう語ってくれた。「ちょうど今、勝沼は世代交代の時期を迎えています。意欲的な若い人がどんどん出てきて、頼もしい限りです。研究熱心で、酵母の使い方ひとつにしても、山梨大学と一緒に研究を積み重ねています。勝沼には、世界的に評価が高いワイナリーも数多く存在します。日々精進を重ね、より高品質のワインを生み出していきたいと思っています」
※1:オレンジワイン…… 白ブドウを赤ワインと同じ醸造法で製造したワイン。果皮や種子からタンニンなどのポリフェノールが抽出され、オレンジに近い色合いになるためこう呼ばれる
※2:“GI”(地理的表示保護制度)……“GI”とは「Geographical Indication」の意。地域ブランド品を保護する制度で、世界100か国を超える国で運用されている