BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
インタビューした日は、“平成”最後の4月30日。グレゴワール・ブッフは満面の笑みを浮かべてこう言った。「平成最後の日に日本にいられてうれしいよ。じつは昨年の7月、新しく即位される天皇陛下がフランス・リヨンにいらして、ある日本料理店で『雷』の燗酒を口にしてくださったそうなんだ。友人のソムリエがお出ししたんだけど、光栄のひと言に尽きるね」
彼はフランス初の本格的酒蔵「昇涙酒造」のオーナーで、「雷」は彼の酒蔵の銘柄のひとつ。この4月から日本にも輸入されるようになった。現在、「昇涙酒造」が展開するのは「暁」、「風」、「浪」、「雷」、「一心」の5銘柄で、そのいくつかは現在フランスの「トロワグロ」、「ベルナール・ロワゾ―」、「ピラミッド」といった星つきレストランでもオンリストされている。
ブッフが日本酒に興味を持ったのは2013年の夏のこと。父や従兄と日本を旅行中に奈良の「風の森」のしぼりたて酒に出会い、たちまち魅了されたという。「帰国する時、スーツケースに日本酒を詰め込んだよ(笑)。その後、日本酒の輸入業をしているフランス人と知り合い、日本酒に関するさまざまなことを学んだ。すると彼が、当時日本からフランスに来ていた鳥取の梅津酒造の梅津社長を紹介してくれて。社長から酒蔵での修行の誘いを受け、日本できちんと酒づくりを学ぼうと決心したんだ」
それまで、彼は実験的に日本酒を少量だけつくっていた。発酵の室もなかったため、PCのルーターの上で麹を発酵させたこともある。「でも、その酒は極めてまずかった(笑)。器具は大切だと痛感したよ」。「梅津酒造」では日本酒づくりを一から学び、発酵の何たるかを突き詰めて考えたという。そしてたどり着いたのは、「発酵とは、パン、ワイン、味噌、醤油など、人々の生活になくてはならない、人を幸福にするもの」という考えだった。
「僕がつくる日本酒もそうありたいんだ。ていねいに仕込んで、人においしいと喜んでもらいたい。日本とフランス、土地は違ってもおいしい日本酒はつくれると信じている」。現在は、初代杜氏である若山健一郎の哲学や手法を受け継いだ杜氏の田中光平とふたり、ローヌ・アルプの地で日本酒づくりに精を出す。
米は鳥取の山田錦、五百万石、雄町などをセレクト。つくりたい味をきちんと考えて酒米を選んでいる。肝心の水は、アルプスの雪解け水を源流とするローヌ・アルプの天然水。地下の岩場を流れてくる間にほどよくミネラルが抜け、やわらかになって、いい仕込み水になるという。
最後に、彼に「昇涙酒造」の名の由来を聞いてみた。「“昇”は日が昇る国、つまりは日本のこと。“涙”は、パリで日本酒の普及に貢献された故・黒田俊郎さんの著書にある『酒は酵母の最後の涙』という言葉から。我ながらいい名前だと思うよ。いつも日本と繋がっているように思えるからね」
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