北海道・富良野に奇跡のようなレストランがある。オーナー夫妻が動物たちへ愛情を注ぎ、食材の生産者に敬意を払い、お客さまへ誠心誠意のおもてなしをする。北の国への移住の夢と実現のプロセスをたどる

BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY FUMIKO SHIBATA

 そんな彼らが富良野の森の家に住むことになったきっかけは馬だった。神宮前に移ってすぐ、ケガをして処分される予定の競走馬を夫妻が引き取った。当初は山梨の牧場で飼い、馬小屋を仕切って部屋にし、自分たちもそこに寝泊まりし、世話をした。店の営業後に車を走らせ、昼の営業に間に合うよう東京へ。そんな無謀な生活に体力の限界を感じていた頃、北海道・十勝の牧場が馬を預かってくれることになった。処分が予定されていた馬をさらに引き取り、5頭に。馬たちと暮らしたいという気持ちがふたりの中で次第に高まっていた。

 ちょうどこの頃、ご縁があり、三方を森に囲まれ、馬も安心して暮らせる今の家に巡り合った。当初は牧場として整地し、東京と北海道を行ったり来たりしていた。だんだん二重生活の限界が見え、ついに北海道移住を決意。移住を決めたとき、彼らは50代後半になっていた。
「年齢的に、移住のラストチャンスでした。体力のある50代後半で移住し、改めて60代で思いきり仕事をしたいと思いました」

画像: 古屋だった家をDIYで住めるように。奥に薪窯のある小屋が見える

古屋だった家をDIYで住めるように。奥に薪窯のある小屋が見える

 第二、第三の人生を見据え、ふたりは夢をかなえるスタートラインに立った。
「この家に住んでいると、森に抱かれているような安心感に満たされます」と敬子さんは話す。穏やかな季節には、目の前の小川の水流がきらめき、森の樹々にすがすがしい風が吹き渡る。「この森に住んで、樹にも顔があることがわかってきて。どこにどの樹があるか大体わかるようになりました。樹々には精霊が宿っていると思う」と微笑んだ。

画像: 窓から馬がのぞく。家と牧地との間に柵がないので、まさに一緒に住める空間。こんな場所はそうはない

窓から馬がのぞく。家と牧地との間に柵がないので、まさに一緒に住める空間。こんな場所はそうはない

 いつもは静かな川が氾濫したのは、1週間に3つの台風が北海道を直撃した3年前のこと。牧草地に水が流れ込み、物置小屋も牧草も流され、山からの土砂で入り口の橋が崩落。少し高台にある家は無事だったが、周りは瓦礫に埋め尽くされた。「自然の中で生きていくということは、こうやって大地の洗礼を受け、あっちこっちへはね飛ばされて、一歩進んで二歩下がるみたいな毎日ということかもしれません」と彼女は当時語っている。

 さまざまな紆余曲折を経て、脚本家・倉本聰さんのプロデュースのもと、「新富良野プリンスホテル」敷地内に1軒家のレストランとしてオープンすることに。倉本さんとの出会いは神宮前時代。夫妻はもともとドラマ「北の国から」の熱烈なファン。店にお誘いし、「倉本さんの世界をなぞって生きていいかと、ご挨拶させていただきました」と敬子さん。以来、さまざまな相談にのってもらった。店の物件探しが難航していたときに、倉本さんと縁のあったこのホテルを紹介してもらい、話が進んだ。店舗デザインおよびメニュー監修、命名、ロゴデザインを手がけたのも倉本さんだった。

画像: ホテルからは森の小道を下って。入り口の横に薪窯が見える。希代の左官職人・挟土秀平さんが鉄を用い、富良野の森のクマザサをモチーフに作った作品

ホテルからは森の小道を下って。入り口の横に薪窯が見える。希代の左官職人・挟土秀平さんが鉄を用い、富良野の森のクマザサをモチーフに作った作品

 白樺の森の中、富良野の街を見下ろす丘の上に店はある。窓際の席からは、大塚家の馬たちが草を食む姿が見えることも。健一シェフのスペシャリテは健在だ。新天地での味も登場し、薪窯で肉や魚も焼く。地元の生産者との信頼関係はより堅固なものになった。土地の空気を吸い、匂いを感じとり、食材の本質をつかみとった彼の料理は、輝きがさらに増している。

画像: 北海道の食材の素晴らしさを教えてくれた「天心農場」の北川光夫さん。夫妻が師と仰ぐ

北海道の食材の素晴らしさを教えてくれた「天心農場」の北川光夫さん。夫妻が師と仰ぐ

「東京時代と確実に違うのは、いらしてくださるお客さますべてがとてもリラックスして、ニコニコされていること。私たちも楽しくなるんです」
「40年近くレストランを続けてきて、この職業はなんて素敵なんだろうって、改めて思っています」。そう話すふたりもニコニコだ。インタビューをした今夏は、休みがないほどの忙しさだった。「でも、つらいと思ったことは一度もないです。毎日が楽しくて。朝晩の行き帰り、山々を眺め、空や森や畑を見て、生きていることが楽しいっていつも思える。深呼吸しすぎてる(笑)」と敬子さん。

画像: 「ル・ゴロワ フラノ」の前に立つ大塚健一さん・敬子さん夫妻と犬たち。軽井沢育ちの健一さんも動物好き、自然好き。「けんちゃん」「けいちゃん」と呼び合い、「お互いがいてこそのル・ゴロワ」と話す。料理のおいしさはもちろん、敬子さんの心のこもったサービスも客を惹きつけている

「ル・ゴロワ フラノ」の前に立つ大塚健一さん・敬子さん夫妻と犬たち。軽井沢育ちの健一さんも動物好き、自然好き。「けんちゃん」「けいちゃん」と呼び合い、「お互いがいてこそのル・ゴロワ」と話す。料理のおいしさはもちろん、敬子さんの心のこもったサービスも客を惹きつけている

 夢がかなってよかったですねと言えば、「私は夢をかなえるまでの道のりが好き。まだまだやりたいことがたくさん。店で朝食も出したいし、雪に閉ざされた真冬の富良野の素晴らしさも伝えたい。冬限定でステーキ丼やアップルパイ、ミートパイなどのカジュアルなメニューを出したいし、ジャムなど保存食作りもしたい。やりたいことだらけ。夢が多くて、これから楽しみがたくさん」と敬子さんは笑う。彼女にはもうひとつの夢がある。愛馬に牽いてもらった馬車に犬たちと乗り、自分が焼いたパンやお菓子を子どもたちに届けられたら......。幼い頃から抱いてきた小さな夢だ。筆者の目には、彼女のそんな姿も浮かぶ。その夢の実現も案外すぐかもしれない。

ル・ゴロワ フラノ
住所:北海道富良野市中御料 新富良野プリンスホテル敷地内
電話:0167(22)1123
営業時間:ランチ12:00〜13:30(LO)、ディナー17:30〜19:30(LO)
定休日:月・火曜(定休日は変更の場合あり)
公式サイト

 

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