東京・成城に、老若男女に愛される甘味処がある。つやつやの小豆は絶品、地野菜たっぷりの定食も評判だ。繰り返し食べたくなるやさしい味の作り手を訪ねた

BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY MASANORI AKAO

 お店が40年も続いた理由について、「お客さまに恵まれたんです」と森田さんは言う。お昼すぎにお店に伺うと、ひとりで、友人同士で、親子でと、ゆったりした時間を楽しんでいる様子が伝わってくる。「櫻子」のお昼には、限定13~15食の「おきまり」と呼ぶ定食がある。野菜が10種類ほども入るお味噌汁に季節のご飯、野菜中心の主菜、おひたし、小さな茶碗蒸し。ふりかけや漬け物まで、すべて手作りだ。

 野菜は主に毎朝、森田さんが調達してくる喜多見のものを使う。閑静な住宅街に小さな畑が点在し、直売所が設けられている。同居している長女の智子さんの運転で、8、9カ所の直売所を回る。「置いてある野菜が農家さんごとに違いますし、それぞれ得意なものがあるんです。夏になると、トマトで有名な農園は朝5時から並ぶほどの人気です。その日のおいしそうなものを手に入れてから、お店へ向かいます」。こんなにおいしくて新鮮な野菜、ぜひともお客さまに召し上がっていただきたい。それが「おきまり」を出し始めたきっかけだった。

画像: 森田さんの信頼する「永井農園」。「ここの畑はお母さんが丹精こめて野菜を育てています。野菜作りの名人なの」と、永井美代さんと。永井さんは、フランス菓子店、下高井戸「ノリエット」のオーナーパティシエ永井紀之さんのお母さま。このあたりは代々の農家が多く、住宅街なので農薬もほとんど使わずに育てている

森田さんの信頼する「永井農園」。「ここの畑はお母さんが丹精こめて野菜を育てています。野菜作りの名人なの」と、永井美代さんと。永井さんは、フランス菓子店、下高井戸「ノリエット」のオーナーパティシエ永井紀之さんのお母さま。このあたりは代々の農家が多く、住宅街なので農薬もほとんど使わずに育てている

画像: 「ここの畑は土地が肥えていて、どの野菜も味が濃いんです」。今日のお買い上げは、ふき、スティックブロッコリー、春菊。買ってからメニューを考える

「ここの畑は土地が肥えていて、どの野菜も味が濃いんです」。今日のお買い上げは、ふき、スティックブロッコリー、春菊。買ってからメニューを考える

 朝、掘り上げた筍はすぐにゆでて筍ご飯に。青菜をはじめ、なすやオクラ、トマトはおひたしに。にんじんや大根、ごぼう、さつまいも、里いもなどは小さく刻んでお味噌汁に。具材からうまみが出るので、味噌はほんの少し。「味を強くすると素材そのものの味が消えてしまうから」と、どれも調味料は最小限にとどめている。「ひと口めではなく、ごちそうさまのときにおいしかった、と思っていただけるように味を決めています」と森田さん。手を加えすぎないので、素材そのものの味が感じられる。

画像: この日の「おきまり」¥1,200 (右手前から時計回り) 10種類の野菜のお味噌汁(菜の花、にんじん、大根、里いも、さつまいも、ごぼう、しいたけ、こんにゃく、なめこ、三ツ葉)、漬け物2種とふりかけ、筍ご飯、ミニ茶碗蒸し、りんご、初夏の煮物(なす、みょうが、オクラ)、菜の花のおひたし。喜多見の野菜次第でメニューが替わる。これを目あてのお客さまも多く、開店と同時に売り切れることも

この日の「おきまり」¥1,200
(右手前から時計回り)
10種類の野菜のお味噌汁(菜の花、にんじん、大根、里いも、さつまいも、ごぼう、しいたけ、こんにゃく、なめこ、三ツ葉)、漬け物2種とふりかけ、筍ご飯、ミニ茶碗蒸し、りんご、初夏の煮物(なす、みょうが、オクラ)、菜の花のおひたし。喜多見の野菜次第でメニューが替わる。これを目あてのお客さまも多く、開店と同時に売り切れることも

「料理が好きなんですね。店で一日立っていても、帰宅すると簡単な夕食を作り、食後には翌朝のごはんの下ごしらえをしたり、お店の下準備をしたり。農家さんからフルーツが届けば、ジャムやピールを作ったりすることもあります」。お疲れになりませんかと尋ねると、「だって、楽しいじゃありませんか」と微笑んだ。

 40年も前からずっと同じ場所で、同じ味を出してきた。安心安全で、身体にやさしく、お財布にも響かない食事。ファストフード全盛の昨今、奇跡のような存在かもしれない。その味を愛する、著名人のお客さまも多い。俳優の水谷豊さんは長年の常連さん。TV番組でたびたび「櫻子」の甘味を紹介している。江國香織さんの小説には、「櫻子」で蜜白玉を楽しむシーンが出てくる。毎日通われて、森田さんの料理で元気をチャージしている人も。先日は、小さい頃に通っていたという20代の男性が来てくれた。

 幅広い年代の人たちから愛されている理由は何だと思いますか、と森田さんに尋ねた。しばらく考えて、「うちの食事は、お母さんのごはんだからでしょうか。店でも家でも、同じ気持ちで作っています。私の意識の中で、お客さまは家族なんですね。だから、食材はなるべく安全なものを使っています。材料費をかけすぎ、と税理士さんに言われていますけど(笑)」

画像: 「櫻子」を切り盛りする森田さんは、1941年東京生まれ。使いやすいよう、整頓されたこの厨房でずっと味を守ってきた。元気の素は、台所に立つこと。これも母のしつけの賜物(たまもの)なのか、いつもスッと背筋が伸びている。森田さんの言葉は、40年もの料理人としての経験と知恵に基づいていて、すとんと腑に落ちる

「櫻子」を切り盛りする森田さんは、1941年東京生まれ。使いやすいよう、整頓されたこの厨房でずっと味を守ってきた。元気の素は、台所に立つこと。これも母のしつけの賜物(たまもの)なのか、いつもスッと背筋が伸びている。森田さんの言葉は、40年もの料理人としての経験と知恵に基づいていて、すとんと腑に落ちる

 世界中が厳しい状況の今、親しい人たちとの温かな食事がどれほどかけがえのない時間なのか、改めて感じている人も多いことだろう。森田さんは今日もいつものように、お客さまの顔を思い浮かべながら、だしをとり、野菜を刻み、小豆を煮る。森田さんが作る母の味、お客さまと織りなす楽しい会話、穏やかに流れる時間......。そんなお店「櫻子」が存在していることを、多くの皆さんに知ってほしい。

 お店には常連客からよくハガキが届く。返事を兼ね、最近の状況で外に出られず、つらい思いをしているひとり暮らしのお客さまへ、森田さんは励ましのハガキを送った。「お元気ですか。落ち着いたら、ぜひ食事を召し上がりにいらしてください」

櫻子(さくらこ)
住所:東京都世田谷区成城6-10-2 成城ハナビル 3階
営業時間:10:30〜18:00(現在は〜16:00)
定休日:日・月曜、祝日
電話:03(3483)5296
Facebookページ

 

This article is a sponsored article by
''.