さまざまな分野で活躍する“おやじ”たち。彼らがひと息つき、渋い顔を思わずほころばせる……そんな「おやつ」とはどんなもの? 偏愛する“ごほうびおやつ”と“ふだんのおやつ”からうかがい知る、男たちのおやつ事情と知られざるB面とは。連載第30回は、歌舞伎俳優の坂東彌十郎さん

BY YUKINO HIROSAWA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI EHARA

 どんなお役もきっちりと演じきる抜群の安定感、183cmの堂々たる体躯からほとばしる力強さと躍動感──。歌舞伎俳優としての坂東彌十郎さんの評価は抜群に高い。

 じつは「お酒にも甘いものにも目がなく、美味しいものはみんな好きです(笑)」と言う彌十郎さん、スイスのラクレットチーズが美味しいお店の話、フランスの田舎町で味わうスープ・ド・ポワソンと白ワインの相性が最高だという話。コンビニでは「乳酸菌入りとか血糖サポート系を買おうと向かうのに、酔っぱらうとスイーツ(シュークリーム率高め)を手に取ってしまう」話と続く、続く。かなりの“食いしん坊”と見た。

 彌十郎さんの父親は、銀幕スターとして長く映画界で活躍し、歌舞伎界に戻ってきた坂東好太郎さん。「6人兄弟の末っ子で、僕だけ年が離れていたからずいぶん可愛がられましたね。父の仕事場のほとんどは歌舞伎座がある銀座だったので、見学の帰りには、今はなき『金太郎おもちゃ店』、シュークリームが特に美味しい『エルドール』、最中の『空也』や『銀座千疋屋』など、いろいろ連れて行ってもらって。少し話がそれますが、高校生の頃お付き合いしていた方に教えてもらった、ホイップバターやメープルシロップでいろいろな味わい方ができる『帝国ホテル』の1ドル銀貨パンケーキにも感動しましたねぇ」。まさに、幼少期から“銀座グルメの黒帯”だ。

 歌舞伎俳優になると決意したのは6歳の頃だが、初舞台を踏んだのが17歳。梨園の世界では遅めのスタートゆえ、さまざまな歌舞伎関係者の元で学んだ。「八代目坂東三津五郎のおじも、二代目市川猿翁(三代目市川猿之助)さんも、どちらも食通で。国内外問わず、さまざまな美食を経験させてもらいました。楽屋で三津五郎のおじから分けてもらったのが巴裡 小川軒の『元祖レイズン・ウィッチ』。大人っぽい味で、感動しましたね。今も好物ですし、“まずはそのまま、残りは冷凍庫に入れて完全には凍りきらないサクサク感を味わう”という、自分なりの楽しみ方も増えました」

画像: 「元祖レイズン・ウィッチ」10個入り¥1296 上質なバターや天然のバニラを使った風味豊かなクッキーで、特製クリームと洋酒に漬けたジューシーなレーズンをサンド。紋を施した坂東彌十郎さんのオリジナルの手ぬぐいを敷いて 巴裡 小川軒 新橋店 TEL.03-3571-7500

「元祖レイズン・ウィッチ」10個入り¥1296
上質なバターや天然のバニラを使った風味豊かなクッキーで、特製クリームと洋酒に漬けたジューシーなレーズンをサンド。紋を施した坂東彌十郎さんのオリジナルの手ぬぐいを敷いて
巴裡 小川軒 新橋店 TEL.03-3571-7500

 また、現代歌舞伎の礎を築いた二代目市川猿翁さんは、1980年代にヨーロッパで歌舞伎を頻繁に上演。オペラの演出も手掛けた。「演出助手としてニースまで行かせていただいて。仕事の後に劇場の斜め前にあるカフェで食べたクレームブリュレの美味しさが忘れられず、稽古中の約1ヶ月間、毎日通いました。その味が恋しくて、その後もニースへ渡ったほど(笑)」

 猿翁さんの教えは、食に限らず、彌十郎さんの生きる軸になっていて、「人様に感動を与える仕事。だからこそ美しい景色を見て、美味しいものを食べ、たくさん感動して感性を磨きなさい。あらゆる古典の勉強を怠ることなく、基礎を固めなさい、と教えていただきました」

 師からの教えを胸に、今日も舞台に立つ彌十郎さんには、20年以上続けている楽屋でのルーティンがあると言う。それが “お抹茶を点てること”。「亡き父が点てていたのを見ていたのもありまして。自己流なのですが、幕が開く約1時間ほど前に萩焼の抹茶碗でいただきます。茶筅で点てる音色、立ち上る香り、泡を含めた飲み心地もいいし、『あぁ美味しかった』の後には、気持ちがほっこりしますし、シャキッともする。サウナでいう“整う”でしょうか」。もともとは洋菓子派だったが、「お抹茶に合うおやつも好むようになりまして。糖質の関係で月に数回に抑えてはいますが(笑)、栗きんとんやわらび餅など、特に季節の和菓子は好きですね」

画像: 「栗きんとん」6個入り¥1749 選び抜かれた栗と砂糖だけで作る、滋味豊かな栗菓子。あえて漉さずに少量残した栗の食感が心地よいアクセントに。9月から1月までの季節限定品 栗きんとん本家 すや TEL.0120-020-780

「栗きんとん」6個入り¥1749
選び抜かれた栗と砂糖だけで作る、滋味豊かな栗菓子。あえて漉さずに少量残した栗の食感が心地よいアクセントに。9月から1月までの季節限定品
栗きんとん本家 すや TEL.0120-020-780

 確かな演技力が歌舞伎界の外からも注目も集め、65歳を過ぎてから大河ドラマ「鎌倉殿の13人」やドラマ「クロサギ」に出演。SNS上では放映のたびに役名の “時政パパ” “御木本” がトレンド入りし、2022年の「NHK紅白歌合戦」では審査員に。一方、料理番組では平野レミさんとドタバタクッキングを繰り広げたりも(笑)。

「僕自身は何も変わっていないので、夢の中にいるみたいです(笑)。映像のお仕事はやらせていただくたびに、関わる人も方法も全く異なる。キャストやスタッフには年齢は僕よりずっと年下の方も多いけれど、年齢はただの数であって、経験値はみなさんのほうがずっと高い。だからわからないことは質問しますし、たくさん教わっています」

 決して偉ぶることなく、自然体。新しいことを自分の内側にどんどん吸収して図書館のようにストックし、適切な場面やタイミングでそれをくり出す。その先にあるのは、大きな夢のため。

「映像のお仕事はもちろん、海外で歌舞伎の公演を経験させていただき、歌舞伎を外から見られるようになりました。若い世代にも退屈せずに観ていただきたいですし、“世界に誇れる日本の伝統芸能” だと思うので、定期的に海外公演も行いたい。例えば、アルプス山脈のマッターホルンをバックに『連獅子』、レマン湖をバックにロウソクを灯して踊るなど」。さらに「海外に、花道や回り舞台がある歌舞伎スタイルの劇場を造ること。歌舞伎はもちろん、『シェイクスピア』など海外の古典を上演してみるのも面白いと思うのです」。先述の三津五郎さん、猿翁さん、そして、若い頃から仲良くしていた十八代目中村勘三郎さん、十代目坂東三津五郎さん……。「それぞれ考え方も進み方も違うけれど、歌舞伎への愛は絶大で、目指すところはひとつ。“歌舞伎を広めること”でした。僕なりの方法が、先ほど伝えた海外での公演なのかな、と」

 そこまで心血を注ぐのは、「歌舞伎がすべて、だから。もちろん、今でも “なんて険しい道を歩んでしまったんだ” とか “辛いなぁ” と思うことはあるけれど、職業とかそういう型にはめるものでもなく、人生そのものなんですよ。残りの人生はどうやって歌舞伎に恩返しするか?を考えています」ときっぱり。

「じつは、確定していない事を言葉にするのは申し訳ない気もするのですが、今のペースだと150歳くらいまで生きないと間に合わなくて……。だから、こういう場をお借りして、お伝えするようにしているんです」と苦笑い。

 威厳もオーラも品格も、すべてを兼ね備えた佇まい。その一方で、取材中は、終始おだやかで垣根なく、どこまでもフラット。おやつや仕事論に限らず、趣味の話や、お酒のこと、家族の話……たくさん語ってくれた。彌十郎さんは、“伝統と革新”という言葉がとても似合う人。快進撃は、これからも続く──。

画像: 坂東彌十郎(YAJURO BANDO)さん 1956年5月10日東京都生まれ。銀幕の大スター、初代坂東好太郎の三男。昭和48年5月歌舞伎座「奴道成寺」の観念坊で坂東彌十郎を名乗り、初舞台。昭和58年から15年間、三代目市川猿之助の門下に入り、猿之助一門の若手で構成する21世紀歌舞伎組のメンバーとして活躍。2014年、子息の新悟との自主公演「やごの会」を立ち上げ、2016年にはフランス、スイス、スペインの3カ国でヨーロッパ公演を行う。4月12日まで「新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX」出演中。人柄にも癒されるブログやツイッター、インスタグラムもチェック。公式サイトはこちら ©SHOCHIKU ENTERTAINMENT

坂東彌十郎(YAJURO BANDO)さん
1956年5月10日東京都生まれ。銀幕の大スター、初代坂東好太郎の三男。昭和48年5月歌舞伎座「奴道成寺」の観念坊で坂東彌十郎を名乗り、初舞台。昭和58年から15年間、三代目市川猿之助の門下に入り、猿之助一門の若手で構成する21世紀歌舞伎組のメンバーとして活躍。2014年、子息の新悟との自主公演「やごの会」を立ち上げ、2016年にはフランス、スイス、スペインの3カ国でヨーロッパ公演を行う。4月12日まで「新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX」出演中。人柄にも癒されるブログやツイッター、インスタグラムもチェック。公式サイトはこちら

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