さまざまな分野で活躍する“おやじ”たち。彼らがひと息つき、渋い顔を思わずほころばせる……そんな「おやつ」とはどんなもの? 偏愛する“ごほうびおやつ”と“ふだんのおやつ”からうかがい知る、男たちのおやつ事情と知られざるB面とは。連載第31回は、演出家・ディレクターの橋本和明さん

BY YUKINO HIROSAWA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI EHARA

「有吉の壁」「有吉ゼミ」「マツコ会議」では演出を、ドラマ「あいつが上手で下手が僕で」では企画と監督、コント番組「東京03とスタア」では佐久間宣行さんと企画から手がけ、日本テレビに数多くの新しい息吹と名作を生み出した橋本和明さん。彼が手がける作品は、奇天烈であったかい面白さの中に一本筋が通った哲学が、ちゃんとある。2023年に独立し、個人の会社「WOKASHI(をかし)」を立ち上げた。

「会社名のルーツが『いと“をかし”』、“お菓子”つながりということで、取材を受けちゃいました(笑)。お酒をそんなに飲まないのもあって、圧倒的に甘いものが好きなんです」。「『有吉の壁』の場合、ショッピングモールなどお店でロケがある場合は、オープン前に撮り終えます。早朝からぐるぐる歩き回るし、集中し続けているので、体も頭もヘトヘト。撮影後は、とにかく甘いものを欲するから、目ざとく見つけておいたソフトクリーム店やクレープ屋、ケーキ屋さんにいそいそ向かい、急ぎ足で食べます。食いしん坊のシソンヌの長谷川くんとは買い食いのタイミングが一緒らしく、よく鉢合わせ。他の芸人さんからは『お、また食べてますね』と苦笑いされていることも」

 取材中も「HARBS」のミルクレープ、「ピエール・エルメ」のマカロン、「ピエール・マルコリーニ」のチョコレート……愛あふれるおやつ談が止まらない。「甘党なのを知っているスタッフが、誕生日に用意してくれる『キル フェ ボン』の季節のフルーツタルトも好きですね。果物といい、ボトム部分のカスタードといい、幸せをもらっています。クリスマスとか特に混雑する時期だって、“食べられるのならば並びます”の精神で行列へ。その際はおじさんの気配を消しつつ、さらに『差し入れ用でして』的なオーラを放ちます(笑)」

画像: 「季節のフルーツタルト」1ホール(25cm)¥9288(テイクアウト) 橋本さんの甘党好きを知るスタッフ達が、ホールケーキを用意してくれるそう。香ばしいタルト生地には、甘さを控えたカスタードクリーム、春、夏、秋、冬、それぞれの季節に収穫される旬のフルーツをたっぷりのせたジューシー感も魅力。 キル フェ ボン グランメゾン銀座 TEL.03-5159-0605

「季節のフルーツタルト」1ホール(25cm)¥9288(テイクアウト)
橋本さんの甘党好きを知るスタッフ達が、ホールケーキを用意してくれるそう。香ばしいタルト生地には、甘さを控えたカスタードクリーム、春、夏、秋、冬、それぞれの季節に収穫される旬のフルーツをたっぷりのせたジューシー感も魅力。
キル フェ ボン グランメゾン銀座 TEL.03-5159-0605

 橋本さんの経歴はユニークだ。東京大学(文科三類)在学時は、所属していた落語研究会での落語の鍛練のほか、漫才にも明け暮れる。加えてシティボーイズや三谷幸喜さんなどのコントや演劇の面白さにも取り憑かれ、仕掛けやオチを含めて構造を徹底的に研究し、自らも台本を執筆するように。

 大学院では上野千鶴子ゼミで社会学を学んだゆえ、その道の研究者になると思いきや、ひょんなことから一社だけ受験してみた日本テレビに合格し、情報・バラエティ番組の担当に。

 そんな橋本さんの幼少期を聞くと、これまたユニークで、「体より頭を使うことのほうが好きな、少しませた変な子ども」だったそう。小学生の頃から愛読書は江戸川乱歩やアガサ・クリスティなどのミステリー。さらに「徒然草」や「枕草子」、「源氏物語」、「雨月物語」などの古典を原文のまま読み、著者の視点から人間の本質を知ったり、人間観察することの面白さを味わっていたとか。「本の世界に没入しながら、『アポロチョコ』とか『ビックリマンチョコ』、あとは塾の先生だった母が、食事とともに用意してくれた地元大分の『菊家』のケーキなどを食べていましたね」

 幼少期に魅力を知った古典も、大学時代に出会った社会学も、落語もコントも、ジャンルはバラバラ。だけど、点と点は太い線になり、今の仕事に生きている。「さまざまな視点・考えを血肉化し、世の中をどうとらえたら面白いか? どれくらい曲がった角度から世間を見るのか? 自分なりに落とし込む力って作品づくりにはとても必要。例えば、その初動である想像力ってバラエティ番組を作る上で必要な能力で、“○○さんがこんなことしたら? →あんなことが起きるかも!? →絶対面白い→よし、やろう! ”をひとつのプロセスだとしたら、形として目に見える前に、人が考えもしないようなことを妄想できる力は大事なんです。今でも何時間も会議室にこもって企画やタイトルを考え、週末は自室で企画書を書き、編集所ではどんな構成にするかを悩む……。“圧倒的な頭脳労働をしたら糖分を摂る”スタイルは、子どもの頃と何ら変わってなくて、そのまんま大人になった感じです(笑)」

 近頃は、行列に並ぶだけじゃなく、お取り寄せの沼にも足を踏み入れてしまったそうで、感動したのが北海道発のブランド「レクラン ドゥ ルコルテ」の「レーズンサンドグラン」。「いろんなレーズンサンドを食べてきましたが、ほろほろのサブレ生地、レーズン入りのふわっとしたバタークリームが理想の口溶けで『こんなレーズンサンドがあるんだ!』と驚いて。催事で都内に出店する時にもお邪魔するようになりました」

画像: 「レーズンサンドグラン」1個¥300 メルティな口溶けのバタークリームには、ラムシロップに漬け込んだ大粒のレーズンをたっぷり。塩味がきいた軽くて厚みのあるサブレとも好相性。メイド・イン・北海道のバタークリームサンド。 レクラン・ドゥ・ルコルテ TEL.011-887-5555

「レーズンサンドグラン」1個¥300
メルティな口溶けのバタークリームには、ラムシロップに漬け込んだ大粒のレーズンをたっぷり。塩味がきいた軽くて厚みのあるサブレとも好相性。メイド・イン・北海道のバタークリームサンド。
レクラン・ドゥ・ルコルテ TEL.011-887-5555

 日本テレビを2022年末に卒業。安定が約束されているなかで、民放テレビ局員という華やかな鎧を脱いだ。

「テレビ番組は、多くの知力と体力と労力が要るし、ものすごくストイックに番組を作り続けています。培った能力や技術を配信サービスや舞台、デジタル世界……さまざまなプラットフォームとアライアンスを組めば、この時代だからこそ生み出せるものがきっとたくさんある。それが育ててくれた日本テレビへの恩返しにもなるはずだ、と。

 また、SNS上ではどんな企画が人気? とか、Netflixだとどんなコンテンツを作れば? など、自分の中に新天地のノウハウがないから、ひとつひとつ学び、深く考える必要がある。僕としては、マンネリ化することのほうがキツくて、何歳になっても学びがある人生がいいし、豊かだなって思うんです。新しい表現って、追い込んだり苦しんだ中からしか生まれにくくて、どこかで限界がくるかもしれないけれど、まだ新しいものを生み出す場にはいたいと思っていて。苦しめる場所を探して、修行の旅に出てみた感じです。結局のところ、僕は究極のMなんだろうな、と(笑)」

これまでは、会社を退職する=自ずと距離ができるものだが、古巣でも仕事を続けられるのは、橋本さんの人柄でもあり強みでもある。

「現在も日本テレビの仕事には携わらせてもらっていて、僕が失敗したり、みじめな姿も含めて、ワクワクしながら仕事する面を見てもらえたらな、と。若い世代の知見になって、彼らが新分野を切り開き、新しいものを生み出してくれたらうれしいですしね。それが業界の隆盛期を知る僕ら世代の使命でもあるのかな」と。考え方も、人としても、スケールが大きい。

「20・30代の頃は、自己表現の形として、仕事ぶりや生み出した仕事を認められたい欲求は強かったですよ。僕としてはそういう突っ走って周りに多大な迷惑をかけたり、深い傷を追うような時期も大切だと思っていて、それがクリエイターとして育つ時間だから。そこを経て40代になると、ひとつ上のフェーズに入っていくのかな。“誰のために作品を作ってるんだ? 一緒に関わっている仲間も幸せでないと意味がないよね!? 誰かの明るい未来につながるといいよね──”って」

「あと、40代はようやく胆力がついてくる頃。演者さんやスタッフとの強い信頼関係ができ、応援やお金を出してくれる人も現れる。物理的に変える力を備えた僕ら世代が、古い価値観や概念を踏襲せずに新しい作品を生み出せれば、エンタメの明るい未来につながりますし」

 2.5次元俳優と作るシチュエーションコメディ、Netflixでのお笑い番組、インディーズのコント番組……。この先も、やりたいことは、次から次にあるという。「やろうと思えば何だってできる、結局はやるかやらないか、なんですよね。人生って案外短いですし」。目の前の人と真剣に向き合い、情熱を込めて仕事をしているから。だからこそ、社会の空気や時代の流れを敏感にキャッチできるし、自分の心に芽生えた違和感や微細な変化にも気づける。

 仕事で大事にしていることを聞くと、「『仕事してよかったな』『番組に出てよかったな』と思ってもらえること。演者さんもスタッフも、面白い部分や隠れた魅力をくまなく見つけ、正しく仕事をアサインして応援し、能力を最大限発揮してもらう。これがすべての行動原理だし、そこに沿っていれば失敗はしないんですよね」

「この企画イケるな、こんな番組できないかな?って、四六時中考えています。それが“ものづくりをする”ってことなんだろうし、それくらい好きなんでしょうね(笑)。そんな僕だけど、おやつを食べているときは、おやつのことしか考えられなくて。研究好きだし理屈っぽいから、口に入れたら味蕾で味を分解して、全集中してとことん味わう。疲れた脳と心をリカバーしてくれるものでもあるし、何をやっても仕事のことを考えちゃう僕が、そこからトリップできるものなんです。おやつって」

 “肩書きがあるから偉い” “テレビだからスゴい” みたいな時代や社会が作り上げた枠を軽やかに飛び越え、エンタメ界のスターシードとして世の中を自由に泳いでいく。

 橋本和明さんは、とても真面目でアツい人だけれど、発言がいちいちウィットに富んでいて、“声が笑っている”。そんな楽しくて幸せで、でも考えさせられる橋本さんの作品を観よう。画面越しだって、プラスの波動はビシバシ伝わってくる。

画像: 橋本和明(KAZUAKI HASHIMOTO)さん 1978年10月8日生まれ、大分県出身。東京大学教育学部を経て、東京大学大学院人文社会系研究科修了。大学時代には落語研究会に所属し、さらに現在も続く「コント集団ナナペーハー」を立ち上げる。同大大学院修了後、03年に日本テレビ放送網入社。「有吉の壁」「有吉ゼミ」「マツコ会議」といったバラエティ番組の企画・演出をはじめ、18年・21年の「24時間テレビ」での総合演出や、「ヒルナンデス!」の演出も担当。「有吉の壁 カベデミー賞 the MOVIE」で映画監督デビュー。2023年、日本テレビを退社、番組演出やコンテンツスタジオ業務を 継続しつつ、株式会社「WOKASHI」を設立。Netflixでは「名アシスト有吉」などさまざまな配信プラットフォームでも作品を手掛けており、7月からは4つの番組やプロジェクトが動き出す。 公式サイトはこちら ©WOKASHI INC

橋本和明(KAZUAKI HASHIMOTO)さん
1978年10月8日生まれ、大分県出身。東京大学教育学部を経て、東京大学大学院人文社会系研究科修了。大学時代には落語研究会に所属し、さらに現在も続く「コント集団ナナペーハー」を立ち上げる。同大大学院修了後、03年に日本テレビ放送網入社。「有吉の壁」「有吉ゼミ」「マツコ会議」といったバラエティ番組の企画・演出をはじめ、18年・21年の「24時間テレビ」での総合演出や、「ヒルナンデス!」の演出も担当。「有吉の壁 カベデミー賞 the MOVIE」で映画監督デビュー。2023年、日本テレビを退社、番組演出やコンテンツスタジオ業務を 継続しつつ、株式会社「WOKASHI」を設立。Netflixでは「名アシスト有吉」などさまざまな配信プラットフォームでも作品を手掛けており、7月からは4つの番組やプロジェクトが動き出す。
公式サイトはこちら

©WOKASHI INC

▼関連記事

連載・おやじのおやつ 一覧 へ

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.