「まず食べたいものありきで旅先を決める」という贅沢な視点がいま、観光や食のシーンで熱い注目を集めている。日本各地で脚光をあびる大人のためのデスティネーションレストランを、ガストロノミープロデューサー・柏原光太郎が厳選して案内。第6回は、この店でしか味わえないと評判のタイの里山料理で注目を浴びる長野県・伊那谷の「GUUUT(グート)」へ。

BY KOTARO KASHIWABARA

画像: 目玉焼きと野菜のサラダ「ヤムカイダーオ」

目玉焼きと野菜のサラダ「ヤムカイダーオ」

 長野県の伊那谷は天竜川に沿う盆地で、保存食の発達した地域。その一画、箕輪町にタイ料理店「GUUUT」がある。最近は外国人が自国の料理を作る店が地方にも多くできているが、GUUUTは日本人の三浦俊幸さんがタイの内陸部の料理を提供するレストランだ。

 店はJR飯田線沢駅から歩いて5分ほどだが、乗り換えが大変なので、東京からであれば、中央自動車道伊北インターから行くほうがわかりやすいかもしれない。私は今回、中央本線茅野駅からレンタカーを借りて向かった。

画像: 左側に見えるのがレストラン。築150年を超えるビールの貯蔵蔵を改装した

左側に見えるのがレストラン。築150年を超えるビールの貯蔵蔵を改装した

 GUUUTは、三浦さんがこの地方の豪商「小原家」が150年以上前に作ったビールの貯蔵小屋だった場所を手直ししてレストランとして再生。ワンオペで料理もサービスもこなすため、味わえるのは一日一組、最大でも6人である。

 私が三浦さんとはじめて出会ったのは六本木、十年近く前だった。お目にかかる前は三浦さんの経歴は知らなかったのだが、同年代ということもあって、話していくうちに同じ場所にいたことが多々あり、最初から話が弾んだことを覚えている。

画像: 4人掛けのテーブルがふたつあるが、一組のみの営業

4人掛けのテーブルがふたつあるが、一組のみの営業

 三浦さんは伊那市出身だが、上京後、飲食の世界に目覚めた彼を虜にしたのは「バー・ラジオ」だった。バー・ラジオのことを御存知の方はもう少ないかもしれない。尾崎浩司さんが1972年に千駄ヶ谷にオープンし、当時のキラ星のような遊び人が毎日のように足を運んだバーだった。マスコミ人ご用達のバーと思っている人も多いようだが、三浦さんによるともっとハイレベルの人々が集っていたという。

「三宅一生さんや川久保玲さん、田中一光さんなど、私にとっては雲の上のような、洗練された人たちが訪れ、毎晩のようにDRC(註:最高級ワインのひとつ)のボトルが空いた店でした」

 私も80年代に常連の方に連れられてはじめて訪れたが、一緒だった女性が緊張して「私に似合うカクテルを」と頼んだら、「お客様のマニキュアの色にあわせてお作りしました」といって真紅のカクテルが出てきたことを覚えている。とにかくかっこいい店だった。

画像: 伊那市出身の三浦俊幸さんが東京からUターンして作り上げた、唯一無二の店

伊那市出身の三浦俊幸さんが東京からUターンして作り上げた、唯一無二の店

 三浦さんはその後、青山に出来た「セカンド・ラジオ」、西麻布のバー「TSURU」、恵比寿「Q.E.D.CLUB」を経て、1999年にソムリエの成田忠明氏との共同経営で「きつねやさだ吉」を開き、翌年、独立した。

 業態変更や移転を繰り返しながらも六本木でずっと店を経営したのち、店を料理人にまかせ、三浦さんは伊那と東京の二拠点生活をはじめた。畑仕事に精を出したことから野菜の保存方法として発酵を学び、タイやラオスの料理に惹かれ、こちらでも店を構えることになった。そしてコロナ禍で六本木の店を閉めざるを得なくなり、この地で本格的にタイ料理に注力したのだ。

画像: ギタローシャモのおかゆ

ギタローシャモのおかゆ

 現在「GUUUT」は、日本人にもなじみのあるタイ料理を現代風にアレンジした「モダン・タイ料理コース」と、伊那谷の食材を使ったタイ内陸の料理の「里山タイ料理コース」があるが、せっかくここまで来たからには、GUUUTでしか食べられない里山タイ料理を味わうことを強くお勧めする。

「日本人にとっては都会で食べられているタイ料理がスタンダードですが、タイには山岳少数民族の内陸の料理もあります。内陸には冷蔵庫を持たない人々もいるため、保存方法として発酵させた食材を使ったものが多く、これを伊那谷の食材で作ろうと思ったのが里山タイ料理です。伊那谷もかつては同じような環境で、発酵させて保存した食材を使った料理が多かった。それをタイ料理という手法で再現したいと思ったのです」

画像: 鹿のうちももと天龍牛のロース、枝豆のソース

鹿のうちももと天龍牛のロース、枝豆のソース

 この日の里山タイ料理の品数は9種類。一皿ごとにペアリングの酒が出される。日本ワインと日本酒、オリジナルの果実酒など、かつてはバーテンダーだっただけに三浦さんのペアリングは的確だ。

 まずは素揚げにしたもち米のおかきに、タイハーブの「ブアボック」の葉と、醗酵させた茶葉、唐辛子などのペーストを塗ったアミューズを食べ、辛さの耐性を試すことで料理の辛さを調整する。私の場合は、辛さは問題ないと申告し、それぞれの料理に似合った辛さで進めてもらった。

画像: ニジマスの熟れ寿司、桃とディルの花のソース

ニジマスの熟れ寿司、桃とディルの花のソース

 その後の料理はこれまで食べたことのないものばかり。伊那谷で作られているギタローシャモのおかゆにミンチを載せた、日本料理でいえば飯蒸しから始まり、ニジマスの熟れ寿司、チェンマイソーセージのラビオリ、ネームなど発酵食材を使った料理が並ぶ。

画像: チェンマイソーセージのラビオリ

チェンマイソーセージのラビオリ

画像: 豚ひき肉とギタローシャモの手羽のネーム

豚ひき肉とギタローシャモの手羽のネーム

画像: 近くで養殖されるイトウの皮目焼き、リゾット添え

近くで養殖されるイトウの皮目焼き、リゾット添え

 最後に出された肉料理は天龍牛のはねしたを低温調理して、モツの油でコンフィしたもの。冷蔵庫を持たない山岳少数民族の知恵から生まれるものは、こういう味なのかと納得した料理だった。

画像: 天龍牛のハネシタ、モツ油のコンフィ

天龍牛のハネシタ、モツ油のコンフィ

 長年サービス業に従事してきた三浦さんだけあって、一皿ごとの説明は簡潔にして適宜。てきぱきと料理が出される。

画像: パンケーキ、りんごと白イチゴ添え

パンケーキ、りんごと白イチゴ添え

「今年2月にタイの内陸を訪れました。山の部族の料理を食べたときに『これで行こう』と腹がくくれて、都会のタイ料理に未練がなくなりました。これからも、長野の食材を使い、日本人も食べられるタイの内陸料理を再現していきたいと思っています」

 現在のところ、GUUUTを訪れるのは7割が県外から。フーディーと呼ばれる食いしん坊が中心だ。実は伊那谷は隠れた美食地域として知られており、伊那の食材を薪焼きで提供する「食堂 野山」(旧ざんざ亭、夜は「山肴野蔌(さんこうやそく) 」と名を変えてコース料理を提供する)や、やはり伊那の郷土料理や伝統食材を中国料理に仕立てる「中国菜 木燕(ムーエン)」、少し離れてはいるがミシュランも評価する「日本料理 柚木元」などがあるから、GUUUTを核にして美食ツアーを企画するのも楽しい。

画像: 外装は150年の歴史を感じさせるが、中は快適

外装は150年の歴史を感じさせるが、中は快適

「同時代の同じ地域に同じような試みをしている料理人が複数いるのはうれしいですね。彼らとは常にコミュニケーションを取りながら食材の研究やシェアもしています」

 GUUUT経営の合間には、畑や田んぼの仕事もあり、休むひまもないという三浦さん。

「いつまで続けられるかわからないので、これからは人を育て、この料理をずっと残していきたいと思っています」と語るが、その表情は東京にいたときよりも柔和になったと私は感じた。美食だけでなく、高遠城や諏訪湖など、この周辺は観光も楽しい。温泉もあるので、ゆっくりと訪れるのがお勧めの地域である。

GUUUT
長野県上伊那郡箕輪町中箕輪542-1
公式サイトはこちら
※予約は2ヶ月先まで

柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』。

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