BY MASANOBU MATSUMOTO
ダイヤモンドカットが施されたクリスタルドーム。その内側を覗くと、若葉に身をひっそりと隠しながら、ひとり花を開かせようとしているバラが姿を現す。バラは“秘密”の象徴。ギリシア神話において自身の情事が公になることを恐れた美の女神ヴィーナスが、口封じの代わりに、沈黙の神に赤いバラを贈ったことがその由来だ。凛とした輝きを放ちながらも、どこか禁忌的でミステリアス。ヨーロッパ大陸最古のクリスタル工房サンルイの新作ペーパーウェイトは、こうした植物にまつわる物語や神秘的な魅力を賛美する詩的なデザインで、見る者の目を楽しませる。
テーブルウエアやシャンデリア、照明器具など多彩なクリスタル製品を展開するサンルイだが、ことペーパーウェイトは少し特別な存在だ。というのも430年以上にわたるメゾンの歴史において、およそ100年、当時のさまざまな時代背景によりペーパーウェイトの製造が行われなかった時期があった。それが再開されたのは第二次世界大戦後の1953年。職人たちがみずからアーカイブを紐解き、“忘れられていた手仕事”を蘇らせたのだという。
いまでは専用の工房が設けられ、職人たちはその伝統的な手技に加え、新しいテクニックを考案しながらペーパーウェイトの可能性を押し広げている。核となるモチーフづくり、美しい彩色、それを球形のクリスタルに閉じ込める「アンパクタージュ」と呼ばれる作業―― それぞれのプロセスには、的確な技とセンスが求められ、サンルイが年間に製造するペーパーウェイトの数は300を超えることはない。この手のひらサイズの小さなオブジェは、職人たちの技、想像力、時間の賜物なのである。
この秋の新作では、先ほどのバラに加え蘭をモチーフにしたペーパーウェイトも登場する。琥珀色の球体の窓の向こうに見えるのは、花芽をつけ、そして大きく花弁を開かせ、葉の後ろで身を隠しながら閉じていく黒蘭。ライフサイクルにおける3つのシーンを1房のなかで表現した異時同図的なデザインが面白い。
加えてヴェルサイユ宮殿とコラボレーションしたグラスセット《QUEEN'S HALL》も、この秋の目玉だ。ヨーロッパの勢力図を大きく変えたハプスブルク家のマリア・テレジア、ルイ15世時代の王妃マリー・レクザンスカ、言わずと知れたマリー・アントワネット、一説にはフランス最後の王妃と言われるマリー・アメリー・テレーズ。フランスの歴史を彩った4人の女王へのオマージュを込めたデザインで、それぞれ女王たちが生きた時代の息吹が精緻なカッティングで表現されている。
クリスタルの輝きが投影する、植物の神秘性や女王たちの美しき佇まい―― 卓上が時空を超えた物語の入り口になる。
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